08話.[笑ってしまった]

「いえいっ、祭りだあ!」


 子どもみたいなハイテンションさで前を歩く燐ちゃんを見て笑ってしまった。

 八月に入ったときは暑いからどうでもいい的な態度だったのにね。


「遅いぞっ」

「そんなに急がなくても逃げたりしないよ」

「うるさいっ、早くしろっ」


 あ、ちなみに決めた通り、両親にはふたりで過ごしてもらうことにしている。

 だからいまはわたしと燐ちゃんのふたりだけ。

 ……この勢いについていけるのかかなり不安だけど、頑張るしかないね。


「ほら」

「え?」

「すぐ疑うだろ、だから手を握っててやるから」

「はは、うん、ありがとう」


 結局あの件はいますぐにはどうにもならないからあの後すぐに終わらせてもらった。

 どうすればそう思わなくなるのかなんて聞かれてもわからないもん。

 それなら課題をやっていた方が遥かに良かったから燐ちゃんを巻き込んでね。


「……誰かと行けるのなんて久しぶりだ」

「そうなの? その好きなお友達と行ったんじゃないの?」

「誰とも行かなかったんだ、母ちゃんが頑張ってくれているのに遊んでいる場合じゃないって考えてな」

「あ、じゃあ……」

「まあそうだな、引っ越す前に一回ぐらいは行きたかったな」


 ほらやっぱりそうだ、その人がいまでも凄く大切なんだ。

 こうしたいのは本当はその人となんだ。


「離して」

「は? なんでだよ」

「……ちゃんと付いていくから」

「はぁ、わかったよ」


 わたしたちを包む空気はともかくとして、お祭りの会場は既に賑やかだった。

 人がたくさんいる。

 いまだけはみんなお祭りを楽しむことに集中していて、一体感を感じられるほどの感じ。


「裕子、焼きそばが食べたいんだけど」

「うん、買おっか」


 別々でとはいえ、ふたりも来るはずだから全員分を買ったりはせず。

 どうせならできたてがいいから買ったら椅子に座ってすぐ食べることに。


「美味しいね」

「ああ、美味しい!」

「ふふ、なんか可愛いね」

「はっ? や、やめろよ……楽しいから仕方がないだろ」

「からかっているわけじゃないよ、楽しそうにしてくれていると嬉しいからいいんだよ」


 あんまりお腹が空いているわけでもないから残りをあげることにした。

 結構食べられることはわかっているから負担になることもないだろう。

 ただ少し気になることがあるとすれば、それは文香のことだ。


「あ、久島だ、あいつともいるな」

「あ、本当だね」


 話しかけるべきかどうか真剣に迷った。

 ふたりだけで来ているのなら、最後までそういうつもりならやめた方がいいかもしれない。

 わたしたちは別に仲がいいわけじゃないし、最後のことを考えれば微妙な空気になることは確定しているようなものだから。

 でも、そう考えていたのはわたしだけだったのか、燐ちゃんは気にせずにふたりのところに近づいてしまった。

 ……焼きそばを食べ終えるのが早すぎると言いたかった。


「おい」

「あ、燐さんたちも来ていたんですね」

「当たり前だろ、それよりちゃんと話し合いをしろ」


 もう終わったことなのになにを話すというのか。

 あと、せっかくお祭りなんだから自ら暗くするのは違う。


「燐さん、私からしっかり裕子ちゃんを守らなければいけませんよ」

「それは大丈夫だ、裕子になにかした際には殺すからな」

「こ、怖いですねぇ」


 嘘だ、どうせそんなことはできない。

 なんだかんだ言って殴ったりもできずに会話だけで終わらせるはずだ。

 でも、そう言ってもらえるのは嬉しいかな、あまりにも過激すぎるけど。


「裕子、ちょっと」

「わたし? わかった」


 さて、桑本さんはなにを言ってくるのか。

 人がいない方に移動すると同じ会場にいるとは思えなかった。

 向こうの照明と音、それがあるからこそマシだけど、そうじゃなければ寂しすぎるそんな場所だった。


「ごめん」

「え、なにに対しての謝罪なの?」

「記憶が曖昧な状態になっていたときにうざいなんて言って」

「ああっ、いいんだよ、わたしは言ってもらえて良かったっていまは思ってるし。ほら、戻ろうよ、せっかく楽しいお祭りなんだからさ」


 そもそも記憶が曖昧だったことすら記憶にないわけだし。

 わたしからすれば作られた物語を教えてもらっているような感じなんだよなと。

 だからどうしても客観的な見方になる、悪いわけじゃないけどね。


「ただいまー」

「おかえり」


 そこからは四人で見て回ることになった。

 文香に関してはなにもかも嘘だったということだよね。

 本人も気にしているのか話しかけてくるようなこともなかった。


「お前らはなにか食べたのか?」

「いえ、来たばかりなので」

「それなら買って食べろ、美味しいぞ」

「「そうですね」」


 燐ちゃんが動いてくれるのは嬉しいけど頼りっぱなしというのも良くない。

 でも、変に仕切ったりするとまた言われかねないから難しいところだった。


「あ、たこ焼き美味しそう」

「それならあたしが買ってくるわ」

「ありがとう、後で払うから」


 たこ焼きか、わたしも食べたいけど高いなあ。

 それにもう桑本さんは行っちゃっているし頼みづらい。

 自分で動けやこらあ! って怒られてしまうかもしれないからやめておこうと決めた。


「裕子ちゃん」

「うん」


 そこで初めて話しかけてきた。

 あのときのような笑みではなく、少々困ったような感じのそれになんとも言えない気分に。

 むかついているとかそういうことではないけど……。


「いまはもう思っていないからね」

「仮に思っていても大丈夫だよ、メンタルもあれから多分強くなれたから」

「そっか」


 たこ焼きを食べたいということでふたりと別れた。

 いや、わたしは別れる気はなかったのに燐ちゃんがどうしてもと止まらなかったのだ。


「なんで意地悪をするの?」

「私はあのふたりが嫌いだ」

「わたしにも原因があったんだよ、それは燐ちゃんがよくわかっているでしょ?」


 面倒くさい人間だということは他の誰よりも知っているだろう。

 父相手にも見せなかったそんなところを全て見せてしまっているから恥ずかしいぐらい。


「そうだな、裕子は無駄に考えて勝手に避けるやつだからな」

「過去はそんなことをしなかった、それどころか迷惑がられていることも知らないで近づいちゃっていたんだよ」


 過去に戻れるなら間違いなく止める。

 未来は変わってしまって燐ちゃんたちと会えなかったかもしれないけど、文香や桑本さんに迷惑をかけなくて済んだわけだから。

 それにそうすれば父もお母さんも大変だけど燐ちゃんの望みは叶う。

 ずっと好きな人の近くにはいられたはずなんだ。


「行くぞ」

「え、そっちは暗いだけだよ?」

「いいんだよ、いいから行くぞっ」


 まあ、食欲もなんかないから助かったけど。

 ただ作業みたいな感じでなにかを食べるのは違うから。


「せっかく楽しみにしていたのにいい……の?」

「……それどころじゃなくなったんだよ」


 それでまた膝の上に頭を乗っけると。

 荷物置き場じゃないんだからさ、もうちょっと考えて使用してほしいものだけど。


「いまは裕子にむかついてる」

「またなんか良くないことをしちゃったの?」

「なんで怒らねえんだよっ」

「だからさ、もういまから怒ってもなにも変わらないよ、相手も自分も気持ち良く過ごせなくなっちゃうだけだから。それに燐ちゃんがいてくれるんでしょ? いいよ、それだけで十分だよ」


 純粋に楽しめなくなるぐらいなら行かなければよかったんだ。

 なのに自ら進んで行って、それで文句を言われても困ってしまう。


「……守るなんて気軽に口にしたけどさ、学年も違うからすぐには行けないかもしれないぞ」

「いいよ、いてくれるだけでいいんだよ」

「馬鹿っ、もっと頼んでこいよ……」


 む、難しい、文香や桑本さんと上手く話すことより難しいよ。


「じゃあさ、付き合って」

「はあ!?」

「ほら、恋人同士になったらその相手を優先するものでしょ? わたし、いまのままだと不安だなー、また文香にやられちゃうかもしれないなー」


 あの様子だとそういう感じは伝わってこないけど、あくまで自分が安心して過ごせるように対策をしたいんだ。

 このときも同じ、相手のことなんか一切考えずに自分のことだけを考えて動く。

 そういう人間なんだと今度こそ片付けてくれるかもしれないから悪いことではない。


「いやいやいやっ、私たちは家族で……」

「でも、義理だよ?」


 燐ちゃんは腕で両目を覆って黙ってしまった。


「冗談だよ、甘えたかっただけ、もう戻ろうよ」

「……いいぞ」

「いいんだって、なんかお腹が空いてきたから食べ――」


 全てを吐ききることができなかった。

 そんなわたしを他所に「いまから私は裕子の彼女な!」とあくまで元気いっぱいの彼女。

 こういう切り替えの早さは尊敬できるところかもしれない。


「よし、行くぞ!」

「ははは、そうだね、どうせなら楽しまないと」

「そうだそうだ! もっと食べるぞ!」

「あはは、お手柔らかにお願いします」


 現金な話だけど、先程よりも凄く楽しめている自分がいた。

 二十時になって花火が上がり始めて。

 わたしは隣にいる燐ちゃんの手を握りながらそれを見ていた。

 どれもが綺麗で、だけど一瞬で消えてしまうそんな儚さがある。

 彼女にはそうなってほしくないからぎゅっと手に力を込めて。

 それに気づいた彼女がぎゅっと握ってくれたことによってほわほわとした気持ちになった。

 もっと仲良くなればこれが変わっていくのだろうか? という疑問。

 でも、焦る必要はないなって彼女のきらきらとした目を見つつそう考えたのだった。

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