07話.[会いに来たんだ]
「はい――あ、遊びに来たんだ」
インターホンが鳴ったから出てみたら文香がいた。
夏だなって感じの格好――半袖と短パンで男の子みたいだったけど。
彼女はあくまで返事のときも同じで、いい笑みを浮かべて「うん」と言った。
「燐ちゃんなら中にいるよ、凄く出たくなさそうにしているけど」
「え? 裕子ちゃんに会いに来たんだよっ」
「あ、そうなの? 珍しいね」
それならどこかに出かけたいということだから着替えてこよう。
とはいえ、おしゃれな服があったりはしないから汗をかいて汚しても特に問題ないジャージを着ていくことにする。
長袖だけど紫外線から肌を守れるし、そもそもあまり汗をかかないタイプだからわたしはこれでいい。
それに堂々と晒せるような肌の綺麗さ、というわけではないからね。
「燐ちゃん、ちょっと行ってくるね」
「ちょっとって何時になるんだ?」
それは……本人が横に座っているんだから聞いてくれればいいと思うけど。
わたしからはそこまで遅くはならないとしか言いようがない。
「そうだ、燐ちゃんも行く? ――って、そんな怖い顔をしないでよ」
「またそういう作戦か?」
「違う違う、一緒に遊べば楽しいかなって」
「私はいい、ふたりで行ってこい」
まあそう言うと思ったけど一応だ。
後から「どうして誘ってくれなかったんだ!」と怒られても嫌だから保険をかけたんだ。
単純に遊べたら楽しいだろうなって気持ちもあったんだけどね。
「文香、行こ」
「うへぇ~……涼しい~」
あ、同じく溶けてしまったみたいだ。
これから暑い中遊びに行こうとしているときにソファになんか座ったら駄目だ。
これは冬場のこたつと似ている、一度
「文香、今日は家で過ごすの?」
「行こうと思っていたけどこの快適さだとねえ」
じゃあいいや、課題でもやっておくことにしよう。
わたしとしてはこの冷房が寒い領域に入っているから部屋にこもる。
まだ七月は終わっていないものの、お母さんはパートを始めた。
お父さんは凄く反対していたけどね。
「家事もちゃんとやるから!」とお母さんに言われてしゅんとしていたのが面白かったな。
とにかくいまは課題だ。
早く終わらせておけば後半をとにかく自由に過ごすことができる。
お祭りには燐ちゃんと文香のふたりと――ではなく、お母さんとも行くことになっているから楽しみだし。
そういうときに不安を感じなくて済むよう、いまの内に頑張っておく必要があるんだ。
「今日はよく人が来るな」
あのふたりが出るとは思えないから下りて自分が出る。
「久しぶり」
「あれ、桑本さん? あ、久しぶり」
「入っていい?」
「うん、大丈夫だよ」
文香が連絡していたのだろうか?
とにかくリビングに入ってもらって飲み物を渡しておく。
……文香に渡すのをいまさら思い出したとかそういうのじゃない。
「友梨ちゃんっ」
「あれ、あんたもいたのね」
「え、なんか凄く久しぶりだね!」
「そうね、卒業式から会っていなかったもの」
あ、別に呼んでいたわけではないみたいだ。
桑本さんは燐ちゃんをじっと見て、それからこちらを見てきた。
「珍しいじゃない、文香以外の友達がいるなんて」
「あ、その人はわたしの義理の姉で」
「え、再婚したの? へえ、そうなのね」
彼女は気にせずに空いていた燐ちゃんの隣に座ってくつろぎ始める。
燐ちゃんにばかり任せるのも違うから今度は残ることにしたんだけど、……燐ちゃんがなにも喋らないのが普通に怖かった。
いつもならなんでも口にする人だから余計に。
「ってっ、なにこのお通夜みたいな雰囲気!」
「しょうがないじゃない、誰も喋らなかったんだから」
わたしの同級生に挟まれている姉はなにを考えているのか。
わたしはそのことが気になりすぎて話すどころではなかった。
「……いけ」
「「「え?」」」
「出ていけっ、暑苦しいっ」
「「「きゃっ!?」」」
って、ただ人が密集して暑かっただけみたいだ。
あんなに室内を冷たくしているのにまだ暑いって体温調節機能がおかしいんじゃないのかと問いたくなる。
ここに限っては長袖を着ていないと寒いぐらいなのに。
「というか裕子ちゃんさあ」
「なに?」
「なんで友梨ちゃんを内緒で呼んだの?」
あ、出た、またあのなんだっけ……そう! ヤンデレみたいな感じ。
こちらがなにかを言う前に桑本さんが自分の意思で来たことを説明してくれたものの、どこかまだ納得ができていないような感じだった。
「あんたの話を聞こうと思ったのよ、全く連絡してこないから唯一知っている裕子に聞くしかないし」
「ちょっと待って、どうして友梨ちゃんが呼び捨てにしているの? 寧ろ仲が悪いぐらいだったよね?」
「……色々反省したのよ、だからって過去にしたことがなくなるわけじゃないけどね」
幼馴染なのになにも連絡していなかったんだ。
彼女はヤンデレみたいなところがあるから全員に細かく連絡をしていそうなのに。
構ってくれないなら刺す、みたいなね。
怖く捉えすぎなのかもしれないけど。
「今日来て良かったね、この前文香に会わせられなかったからさ」
「そうね、文香の顔を見たかったから運がいいわ」
「そんなそんな、私の顔なんて普通だよー」
桑本さんが文香の両頬に両手で触れて「ほら、あんたは中学の頃……」と言う。
わたしはてっきり桑本さんたちがしているものとばかり考えていたけど、いまのこれだけで絶対に違うとわかった。
そもそも苛められていたのならこうして普通には対応できないだろう。
和解したのだとしてもどちらも意識してぎこちなくなるはずだから。
「あー……まあ確かに教室には行けてなかったけどさ」
「あれはどうしてなの?」
「なんか怖くなっちゃってさ、そうしたら教室に行けなくなっちゃって」
わたしも同じで怖かった。
それと同じぐらい恥ずかしさもあったけど、後半はおどおどびくびくしていたし。
でも、意地を張って、絶対に負けてやるかって考えて登校し続けていた。
根本的なところでマイナス寄りだなんてことを何回も考えたけど、それと同じぐらい自分勝手で自分優先なところがあったから頑張れたんじゃないかなって。
それに勉強関連では勝っていたというのも大きいのかもしれない。
わたしに自由に言うけど所詮勝てませんよね? って内で煽ったことは何度もあるから。
ときにはそういう気持ちがモチベーションになることもあるから人間の心って複雑なんだと言うことしかできない。
かと思えば真っ直ぐダメージを受けるからなんだかなあって感じで。
「だって、裕子ちゃんが急にあんなに変わっちゃったんだよ?」
「それはあたしのせいだし……」
「そう、その一言にそれまでのパワーがあるんだなって考えてさ、もし私も友梨ちゃんから言われたらなってマイナス思考をしちゃって」
「って、あたしのせいだったのね……」
「うーん、ないとも言えないかな」
明るかった状態から一気に変わったことは覚えているからなあ。
どこに影響するのかなんてわからないから怖いな。
わたしと桑本さんだけの問題がこうして他人に響いているんだから。
こちらとしてはあのとき指摘してくれて良かったと思っているけど、文香のことを考えるとちょっと微妙かも。
「で、でもさ、文香が誰かに苛められて保健室にしか行けなかったわけじゃないからまだ良かったよ」
「あはは、メンタルが弱くてね、本当に情けない話だけど」
「あたしのせいで……ごめん、裕子もさ」
「いや、わたしは確かに調子に乗っていたからね・言ってくれてありがたかったよ、少なくともいまはそうやって言えるから」
「私はほら、自分が弱かっただけだから。それに、そのおかげと言ったらあれだけど裕子ちゃんが来てくれていたからね」
あれ? わたしが暗くなってからは一度も行っていなかったんだよね?
わたしがうざいと言われて一気に変わったことで怖くなって保健室登校しかできなくなったということは、明らかに矛盾している。
単純にそれよりも前になにかがあったのだろうか?
「文香、本当はそれよりも前になにかがあったんじゃないの?」
「え? どうして?」
「だってわたしは急に行かなくなったんだよね?」
「あ、確かにそうね」
なんか変だ。
それがわかったところでいまなにが変わるというわけじゃないけど、それでもこのままだと気持ちが悪いからなんとかしたい。
「あー……ちょっと失敗したかなあ」
「どういうこと?」
彼女は気持ちのいい笑みを浮かべながら「急に変わったのはさ、私自身が原因なんだよ」と吐いた。
「え? いや、桑本さんに言われてからだと思うけど……」
「最初はよかったんだけどさ、段々と面倒くさくなって私がうざいって言ったの。それでも裕子ちゃんは来るのをやめなかったし、態度を変えることもなかった。だから面倒くさくなってさ、来られなくしてやろうって動いたんだよ」
「どういう風に?」
「こう、だね」
なにかを押すような感じ。
ああ、そういうことかと納得した。
一部の記憶が曖昧になっているのはつまりそういうことなんだろう。
「それを先生に見られててね、出席停止になって学校に行けなくなった。で、また行けるようになってさ、そのときに生徒にも見られていたし噂になっているだろうからって教室には行かなかったんだよ」
「あー……っと、どう反応したらいいのかわからないよ」
「私が過去に裕子ちゃんをうざいと切り捨てたように、今回は裕子ちゃんが私をうざいと切り捨てればいいんだよ。簡単な話でしょ?」
まあ、別に特別親しいというわけでもなかったしそれでいいんだけど……うーんってなるのが正直なところ。
やっぱり燐ちゃんはすごいな、なんで色々とわかるんだろ。
わたしなんか見ているだけじゃその人がどんな人間かなんてわからないのに。
「帰るよ」
「あ、気をつけて」
「はは、やめてよ、下手をしたら裕子ちゃんは死んじゃっていたんだからね」
そういう可能性は全くないというわけじゃないか。
うーん、なんだろうねこれ、どうしたらいいのか全くわからないな。
「あ、桑本さんはどうして嘘をついたの?」
「……文香に言えって言われたから」
「そうなんだ? 徹底しているなあ、どんだけうざかったんだろうね、わたし」
あくまで明るくを貫いていただけだったけど、他人からしたらそれはもう限度を超えてしまっていたということだよね。
「ごめんね、わたしのせいで、そのせいで勝手に桑本さんを当時は悪者扱いしちゃっていたわけだしさ」
「……あたしも帰るわ」
「うん、気をつけて――あ、いちいち変なことを言わなくていいからね」
「うん、またね」
困ったな、このなんとも言えない気持ちはどうすればいいのか。
まあまだ場所が家の玄関のところでよかったかもしれない。
外だったらぼけっといつまでも公園とかそういう場所にいそうだし。
彼女が出ていったら鍵を閉めてリビングに戻った。
燐ちゃんだけはあくまで平和そうな顔で寝ていたのだった。
「むかつく」
「え?」
真剣に課題をやっていると思ったら急にそんなこと。
燐ちゃんはこちら側にやって来て横にどかっと座る。
むかつくと吐いたからにはわたしに不満が溜まっているということ、だよね?
それなのに普通にいつも通り体重をかけてくるだけだった。
「なんで強く言わねえんだよ」
「あ、文香に? だっていまさら言ってもなにかが変わるわけじゃないし」
「騙されていたんだぞっ? もうひとりのやつだって言いなりになって裕子に自由に言っていたんだろっ?」
「自由にって言っても、一回だけだったよ? そこからは謙虚に生きなければなーって気をつけただけでさ」
一枚の扉を挟んだぐらいじゃそりゃ聞こえるか。
お金持ちの家なら防音もしっかりしているだろうけどさ。
わたしはてっきり興味がなくて寝ているだけだと思ったけどなあ。
「駄目だっ、裕子は甘すぎるっ」
「もういいんだよ。ほら、課題やろ? お祭りを最大限に楽しむためにさ」
今年はひとりじゃないから楽しみにしているんだ。
燐ちゃんやお母さん、それにお父さんとゆっくり過ごせるから。
なかなかこんなことはないからね、大事にしなきゃと考えている。
「……どうせなら父ちゃんと母ちゃんをふたりきりにしてやるか」
「はは、そうだね、行けるようになったしいいかもね!」
お父さんはお母さんのどこに惹かれたんだろう。
お母さんはお父さんのどこに惹かれたのかな。
一度他人と結婚して上手くいかなくて離婚してしまっている者同士だけど、だからこそ共通点ができてよかったのだろうか?
考えたところでこれだと断言はできないけど、そうやって結婚したくなるぐらいの相手と出会えたことは素晴らしいと思う。
わたしもそういう人と出会えたら……。
「裕子」
「あっ、どうしたの?」
「私が裕子を守るから」
「うん、ありがとう」
誰かがいてくれるってこんなにも幸せなんだなって。
家に帰れば大切な家族がいてくれるというだけで十分だけど、学校でもそういう相手が近くにいてくれることは物凄く安心に繋がるんだ。
出会ってから何度も避けたりしたものの、あのとき「燐ちゃんと仲良くしたい」と言ったことは嘘じゃない。
わたしにはこれぐらいぐいぐい来てくれる人が合っているのかもしれない。
その証拠に彼女はあっという間にわたしの大事なところに踏み込んできて、わたしもそれを許容してしまっているんだから。
「でもさ、それならこっちが寄りかかる側じゃない?」
「い、いいんだよっ、私だってたまには甘えたいときがあるんだっ」
「でも、毎回燐ちゃんが甘えてくる側だよね?」
「くそっ、可愛くないやつめっ」
わたしが燐ちゃんに甘えたことって一度もない気がする。
それに、いまの言葉はわたしに突き刺さった。
「ふん、どうせ可愛くないし」
「す、拗ねるなよっ」
「もういい……部屋で課題をやってくるから」
このままのペースじゃ七月中に終わらせることができない。
そうしたらわたしの性格的に楽しめないから終わらせないと。
まあお祭りは八月の十三日だからそこまで焦らなくていいけどさ。
「裕子、悪かったよ……」
「課題をやりに来ただけだから、温度設定が低すぎて寒いんだよ」
「悪かったってっ」
「だからっ――」
「悪かった、だから許してくれ」
……卑怯だ、もうなにも言えないじゃないか。
別に悪く言うつもりなんかなかったけど、さすがにこれはね。
「離して、課題をやりたいから」
「嫌だ、許してくれるまで離さない」
「許すからっ」
彼女はこちらを抱きしめるのをやめていい笑みを浮かべつつ「良かったっ」と言った。
……わたしとしてはなんにも良くないけど。
「課題をやる気がないならお友達と遊びに行ってくればいいじゃん」
「なんでそうやってすぐに行かせようとするんだよ」
「一階にいた方がいいよ、暑いのが苦手なんでしょ?」
「このやろうっ」
「きゃっ!? あ、危ないよっ」
畳んであったわたし用の布団に体が沈む。
燐ちゃんはそんなわたしの上に跨り、こちらを見下ろしていた。
「重いよ……」
「いいか? 私は裕子ともっといたいんだ、だからわかってくれ」
「わ、わかったから、下りて」
「駄目だ」
椅子ならすぐそこにあるのに。
安定を求めるなら床に座ればいいのに。
彼女はずっとそのままで、わたしは視線を逸らすことしかできなくて。
「こっちを見ろ」
「……見てどうするの?」
そりゃ見ることぐらいは簡単だ。
わざわざ見上げるまでもない、前を向いていれば勝手に視界に入ってくる。
「顔を見てくれ、本当にそうやって思っていることをわかってほしい」
「わかったからっ、……もう疑わないからさ」
「って、疑っていたのかよ」
「どうせ……好きな人に会えない寂しさから一緒にいてくれているだけだし」
まあ無理もないんだけどさ。
親の都合で急に引っ越しになって、急に離れることになったら誰だってそうなる。
可能性はなくても好きな人と一緒にいたいと考えるのが普通だろう。
だからおかしくはない、ないんだけど、一緒にいてくれているのはそういうことだからって考えると、うん……。
「どうすればそうじゃないってわかってくれるんだ?」
「そんなこと言われてもわからないよ……」
聞いてしまった時点でもう駄目なんだ。
それがちらついて、どうしても自然には受け取れなくなる。
面倒くさいと言われればそれまでだけど、わたしという人間はこんな感じだからそういうものだと片付けてもらうしかなかった。
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