06話.[一緒に遊ぼうよ]
七月になった。
基本的にあまり汗をかかない自分でも暑いと言うぐらいには暑かった。
倒れないためにもしっかり水分摂取をして対策をしておく。
「裕子ちゃんは夏休みにどこかに行ったりするの?」
「特にないと思う、お父さんは仕事で忙しいから」
みんな揃わないとわたしが嫌だ。
特に父が頑張ってくれているからこそ生活できているわけなんだからさ。
まあそもそもお母さんも燐ちゃんもそんなことを選択しないだろうけど。
「じゃあ時間があるってことだよね? それなら一緒に遊ぼうよ」
「いいよ、付き合うぐらいならわたしでもできるし」
寂しさを紛らわせるために燐ちゃんに利用されるぐらいなら文香と遊びに行った方が複雑な気持ちにならなくて済む――って、こっちもそれだと文香を利用するようなものだけどまあ、文香は遊びに行けるわけだから損することばかりというわけでもないから、と内で誰かに向かって言い訳を重ねて。
「まずはプールだよねっ」
「冷たくて気持ちが良さそう」
「次は夏祭りっ」
「あの雰囲気が好きだよ」
行く相手がいればもっといい。
残念ながらそんな人はこれまでいなかったけど。
不思議なことに、明るかったときも全く遊べるような相手がいなかったんだよね。
「あとはっ、あとは……」
「課題?」
「そうっ、涼しい室内で一緒にお勉強!」
これまではエアコンの使用を避けていたけど今年はどうなるのだろうか?
お母さんは毎日いるわけだから使用することになるのかな?
燐ちゃんが暑いの苦手と言っていたから使用する可能性は高い。
お父さんも遠慮をしないで使ってと言ってくれているから甘えそうだった。
「その前にテスト勉強をしなければね」
「大丈夫っ、普段からちゃんとやっていますからっ」
わたしも赤点を取るようなレベルではなかった。
結果的に損するのは自分だから少しは頑張っておくと楽になる。
誰かのためじゃない、自分が少しでも楽をするために頑張るのだ。
それならみんな自然にできるのではないだろうか?
って、他人のことなんてどうでもいいな。
わたしは自分のことだけに集中しておけばいい。
「あ゛ぁ゛……」
先程からずっとこんな調子だった。
答案用紙を見つめては限りなく低い声を漏らして固まる。
声だけで判断すればいまにも誰かを食べそうな感じだった。
けど、多分本人はそれどころではないんだと思う。
「七十点以下を取ったらお手伝いをしなければならないことになっているんだけどさ」
「何点だったの?」
「六十九点」
おぅ……それはまた一番悔しいやつだ。
「あぁ、もうちょっとやっておけばよかった!」
「でもほら、赤点ではないから」
「そうだけどさあ……」
それにお手伝いぐらいでは罰にならない。
そうだ、わたしもお母さんの手伝いをしないといけないな。これまではずっとお父さんやお母さんに任せてきたけどやっぱりね。
「まあ、お手伝いをするのも悪くはないよ」
「そうだけど……遊びまくろう! ってしていたのに」
「友達もいっぱいいるんだから楽しめるよ」
それに教室に行けていなかったらしいあの頃とは違うんだから。
いまはもう誰も彼女の邪魔はできない。
……お手伝いは邪魔ではないから割り切ってもらうしかない。
「はぁ、帰ろ?」
「うん」
早めに終わっているから長居は無意味だ。
楽しむのも焦るのも微妙な気持ちになるのも帰ってからやればいい。
それでなにか好きなことをして発散させればいいのだ。
「裕子ちゃん、私、燐さんに会いたいんだけど」
「それなら家に来る? 暑いからすぐに帰っちゃったけどいるよ?」
「行くっ」
よし、こうなったらわたしの代わりを務めてもらおう。
寂しいのを紛らわせるために文香といてくれればきっとふたりともメリットばかりだから。
わたしは見ているだけでいい、というか、やっぱり使われたくないんだ。
「あれ、そいつを連れてきたのか」
「そいつはやめてくださいよ、久島文香です」
「知ってる」
こういうふたりが案外すぐに仲良くなったりするんだよ。
……あれ? いや、それがわたしにとって理想なんだから上手くいくように行動するだけだ。
その際に強制的にしようとすると怪しまれるから文香の方から言ってくれたのはありがたいとしか言いようがない。
「燐ちゃん、文香の相手をよろしくね」
「は? って、どこかに行くのか?」
「うん、ちょっとお散歩にね」
進んで見たいわけではないからしょうがない。
他者同士で盛り上がってくれればいいと考えているのは昔からそう。
でも、目の前でそれをしてくれとは頼んでいない。
そういうのを見るような趣味もないからこちらが逃げるしかないのだ。
きっと部屋に引きこもっていてもどちらかが来てしまう、となれば、わたしにはもう外に行くしか逃げ場所がない。
「怪しいとか言っていたくせにこれからは文香が~っていっぱい言われるんだろうな」
あっという間に名前で呼び始めるだろうし、まるで昔から一緒にいるみたいにいい雰囲気を出すことだろう。
まあ、その方が自然だからいいんだけどね。
少なくともわたしと仲良くする文香の方がおかしいわけだし。
終業式も終わったのに未だに教室に残っていた。
文香と燐ちゃんは一緒に帰ったのもあって、ここにはひとりだった。
八月の二十六日まではここには来な――いや、数回登校日はあるけどなんか残りたい気持ちになったのだ。
「夏だなあ」
結局、文香も文香の友達も全く悪い子たちじゃなかった。
表面化していないだけかもしれないけど、苛めをするような子はこの教室にはいないのだとまた上書きをする。
やっぱりあれか、自分が気にしているほどわたしのことなんてどうでもいいってことだ。
わたしだけじゃなくてみんなそう。
だからなにをびくびくしていたんだろうかってアホらしくなった。
「守谷さん」
「あ、伊東先生」
なんか凄く久しぶりな感じがした。
あれからも複数回会話はしていたものの、わたしが燐ちゃんや文香といることで納得できたのか放課後に改めて会ったりなどはしていなかった。
「一学期だけですけど、ありがとうございました」
「ふふ、なにもできていませんよ」
「伊東先生が気にかけてくれて嬉しかったといいますか――あ、えっと、伊東先生が担任の先生で良かったです」
にこりと笑ってみせた。
上手くできているのかはわからないけど、なるべく可愛くを意識して。
まあ元があれだから魅力はないだろうけど……。
「少し、変わりましたね」
「姉や久島さんといられているのが大きいかもしれません」
いまはふたりを仲良くさせるという目標もできたわけだし。
前までとは明らかに違うと言える、いまはあんまり暗くはない。
「あのときは可愛げのないことを言ってしまってすみませんでした」
「い、いえ、いいんですよ、私も余計なことを言ってしまいましたから」
「あ、そうですよ、伊東先生とわたしが似ているわけがないんです。伊東先生はわたしの憧れなんです、だからそんなことはいわないでください」
「あ、憧れ……ですか?」
「はい、何事にも冷静に対応できるじゃないですか。話しかけられたら柔らかい態度で接することができて、周りの子からは慕われてて、わたしからすれば本当に格好いい人ですからっ。それに髪の毛とか綺麗で、単純に見た目もいいなって……あ、先生になにを言っているのかって話ですよね」
自分がこんな感じだから余計にそう感じるんだと思う。
それでいいけどね、見た目が良かったりしたら調子に乗ってしまいそうだし。
普通でもそうなっていたんだから間違いなくそうなるだろうということは容易に想像できてしまうわけだし。
「あっ、も、もう帰りますねっ、姉が待っていると思うのでっ」
どうせ文香と一緒にいるだろうから嘘だけどっ。
だってしょうがない、自分から落ち着かなくさせてどうするのという話だ。
「ま、待ってくださいっ」
「えっ!? あ、はい……」
怒られるかと思えばそうではなく、伊東先生はかわりに頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます、いつまでもそう言ってもらえるように努力をしますね」
「はい……」
「帰るときは気をつけてくださいね」
「あ、またよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
あれからはよくお母さんがしてくれているから気に入ってしまっていたのもあったわけだけど、……美人教師に撫でられるのもいいなあと。
それであっという間に調子に乗った自分が出来上がって、帰っている途中にはっとなって気をつけなければなと意識を戻した。
「ただいま」
「おかえり」
「あれ、文香とはいなかったの?」
「ああ、あくまで一緒に帰っただけだ」
んー、文香が遠慮しているだけなのかな?
もうちょっと一緒にいてくれないとわたしが利用されるから嫌なんだけど……。
って、完全に性格悪いよねこれって。
そりゃ自分の周りに誰もいなくて普通、当たり前だ。
「つかさ、また私と時間を合わせないようにしていないか?」
「そんなわけないよ、もしそうなら敬語になっているよ?」
「もしまた変なことをしているってわかったら今度こそ殴るからな」
うわ怖っ、絶対文香には頑張ってもらわないと駄目なやつだ。
もしこの計画が上手くいかなかったらとにかく外で時間をつぶすしかないな。
もう性格が悪くてもどうでもいい。
自分を守るために必要なことなのだ。
「なあ、久島とふたりきりでいさせようとしていないか?」
ぎくっ、なんでこんなに察しがいいのか。
黙っていることで肯定と捉えたのかこっちを殴ろうとしてきた。
「待って待って待ってっ、わたしがこうしているのも理由があってっ」
「ほう、言ってみろ」
チャンスを貰えたみたい。
ただ、どうせやられるという気持ちにしかならなかった。
殴る前に聞いてくれただけなんだ、それがどうであれ関係ないんだ。
「その、好きな人と会えない寂しさを紛らわせるために利用されるのは嫌だなって、あっ、待ってっ、ほらっ、わたしは弱い人間で自分勝手なところもあるからさあ!」
「なにひとりでいっぱい話してんだ」
燐ちゃんは殴るのをやめたらしくソファに座った。
誘ってきたから拒まずに座って、そうしたら体重をかけてきた。
……やられると思ってびくっとなったのは気づかなかったふりをしてほしい。
「……余計なことを気にして余計なことをするなよ」
「ごめん……」
「それに久島が可哀相だろ、私に興味があるわけじゃないのに」
「え、だけど自分から燐ちゃんに会いたいって言ったんだよ?」
「だからって興味を持っていると考えるのは早計すぎるだろ」
まあ、確かにわたしに興味がある的なことを言っていたか。
わたしはいまでも人違いだって思ってるけど、桑本さんまでそう言ってきたから。
いやほんとになんで忘れているのかという話だけどさ。
「膝を貸してくれ」
「うん」
今度は頭を撫でることはしなかった。
わたしはするよりされたい、多分、ほとんどはそうだと思う。
あと、好きな人と会えない寂しさを紛らわせるために利用されるのは嫌なんじゃないかな。
普通に仲良くしたいと考えているのなら特に。
「ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
お母さんは少し疲れているように見えた。
燐ちゃんに説明してから近づいて肩を揉ませてもらうことにする。
「あー、絶妙な力加減で落ち着くよ」
「疲れているみたいだけどどうしたの?」
「あ、パートをまた始めようと思ってね、色々探していたんだよ」
「え、お父さんは別にいらないって」
「家事をしてくればいいからっ」って珍しく強く言っていたことを思い出した。
その先で男の人と仲良くなったら嫌だと考えているのかな?
まあお母さんに限って不倫とかそういうことはしないだろうけど。
「そうだけど、お世話になってばかりというのも微妙だから。その点、ちょっとでも働けば支えになれるわけだし、ほら、家事だって帰ってきてからでもできるわけだからね。寧ろお昼に家にいないことでエアコンをあんまり使わなくていいのはいいかなと」
「でも、これからは燐ちゃんがいるわけだし……」
あと、わたしも。
わたしもわたし自身だけが使うのは避けたいところだから燐ちゃんが家にいてくれることを望んでいる。
……でも、本当のことを言うと文香でもお友達さんでもいいから遊びに出かけてくれることが一番、かなあ?
「それは遠慮なく使ってくれればいいんだよ、ただ、私が使うのは贅沢すぎるなって思っただけだから」
「そんなことはないよ、もう家族なんだから」
「ふふ、裕子ちゃんがそう言ってくれることが嬉しいよ、ありがとう」
とりあえず肩を揉むことは続行。
ただ、ある程度のところでもういいと言われてしまったから、とりあえず夜ごはんができるまで部屋にいることにした。
燐ちゃんと相部屋だけど嫌ということはない。
物が多いというわけではないから圧迫感はないし。
「おい、母ちゃんに優しくしてくれるのは嬉しいけどさ、なんか私といるときと態度の差がありすぎないか?」
「そう? 変えているつもりはないけど」
「なんか柔らかいんだよっ。しょうがないけどさ、そうやって露骨に態度を変えられたりすると気になるんだけどっ」
本当に変えているつもりはないから文香の件ぐらい困惑している。
大体、好きな人とは連絡先を交換しているらしいし、その子とメッセージのやり取りでもしておけばいいのではないだろうか?
相手が好きだからこそ迷惑をかけたくないという気持ちはわからなくもないけど、だからってこっちに絡まれるのもなあって。
「何度も言うけどわたしは変えてないよ、それにそもそもわたしなんか燐ちゃんからしたらどうでもいい存在でしょ? 再婚した相手に娘がいたというだけでしかない」
駄目な人間だとかはもう言うつもりはないけど、少なくとも可愛げがない存在で、ひとりでいるのがよくわかる人間だということは自分がいま一番わかっている。
だからぴしゃりと言われた際に傷つかないよう、そういう風に考えて耐性を作っておくのだ。
免疫機能などと同じかな、あ、いや、やっぱりちょっと違うかもしれないけど。
「こっちとなんかいなくていいから好きな人と話をするとか、文香やお友達と話をするとか、そういうことで時間を使いなよ。わたしに期待するのは間違っているし、後で無駄だったとか言われても嫌だからやめてほしいかな」
細かいことに目を瞑ればわたしたちは表面上だけでも仲良くできる。
昔から一緒にいたみたいに、それぐらいは想像もつくわけだから。
ただ、それはあくまでこっちが折れる前提であって、なんでわたしばかりがーって不満も出てくるわけだ。
いやまあ、わたしと関わることであちらだって色々なものを我慢していることはわかっているけど、やっぱり自分が損ばかりすることになるのはできるだけ避けたいわけで。
「自分勝手な人間だから利用されるのとか嫌でさ」
「なにひとりでずっと喋ってんだよ」
「そう、こういう人間だからわたしは嫌われたんだよ。だからさ、燐ちゃんも時間を無駄にしないために動いてよ」
相当自分に酔っているところもある。
言えば聞いてもらえるだなんてことはもう期待していないけど、言わなければずっと伝わらないままだから。
痛い人間だなと言われても構わない。
事実その通りだし、わたしはこうしてうざい人間でいるわけだからね。
「嫌いじゃないぞ、そういう生き方は」
「そうなの?」
「ああ、だって小さい頃の私と似ているからな」
またそういうのか。
まあ実際、わたしなんかよりももっと酷い人っていうのも世界にはいるんだろう。
だから燐ちゃんが似ていたと言っても百パーセントないなんて断言はできない。
伊東先生のときのあれも同じ。
わたしはそうであってほしくないからあんなことを言ってしまったけども
「でも駄目なんだよ、こういう思考をするから嫌われる、こういう行動をする人間だから離れてほしい――なんて言ったところで悲しくなるだけだろ。お前のそれは怖いから口にしているだけだ、保険をかけているだけだ、そうじゃないよって言って近くにいてくれる人間を探しているだけなんだよ」
「そういうつもりはないけど、なんで駄目なの?」
「悲しくなるからだって言ったろ、家とかに帰った際にあー! って何度も叫びたくなるようになるだけだからだ」
ああ、確かに過去を振り返った際には「あ゛ぁ゛……」ってこの前の文香みたいになった。
なんであんな痛い行動ができていたんだろうとか、どこからそんな自信が出てきていたんだとか、そういう風に自分自身のそれにとてつもなく恥ずかしくなってばたばたってひとりなのをいいことに暴れていたなと。
「一度ぐらいはしたことがあるだろ」
「実は何度も……」
あれは相当暴れたくなるものだ。
しかもそういう記憶に限ってやたらと鮮明に覚えているもので。
なんでいい思い出とかは消えちゃうくせに悪いことは残っているんだよって欠陥の脳にツッコミたくなるぐらいだけど。
「だろ? だからそんな思考じゃ駄目というか、もったいないんだよ」
「でもさ、わたしはこうして生きてきたわけだから――」
「過去は変えられないけどいまからなら変えていけるだろ。一ヶ月とかで成果を出そうとしなくていいんだよ、時間をかけてもいいから怖がらずにやっていくのが一番なんだよ」
「弱い人間でもできるの?」
それは強い人間だからこそできることではないだろうか。
結局わたしみたいな弱い人間はそうやって努力をしている人及び努力をして変われた人を見て羨むくらいしかできないのではないだろうか。
「できる、そりゃ弱い人間だからと片付けて開き直っていたらいつまで経っても変われねえよ」
「だけどひとりじゃ……」
「私がいる、久島だっていてくれているだろ」
自分でひとりじゃできないことを口にしておきながらあれだけど、そもそもこういうことって側に誰かがいてくれても変わらない気がする。
頑張らなければならないのはいつだって自分、テストとかみたいに本番には誰も付き添ってくれないのだ。
なら逆に誰かがいてくれていることが逆効果というか、うんまあやっぱり根本的なところがマイナス寄りだからどうしようもないなって。
「焦らなくていいから頑張ってみようぜ?」
「……別に不都合ないし」
「迷惑なんだよ、勝手に不安になって勝手に離れようとされるのは」
と言われてもなあ。
その後も考えてみたものの、結局考え方が変わることはなかった。
それとも、変わろうとすることは怖いことだからこれも守ろうとしているのかな?
もしそうなら、かなり臆病としか言いようがないなって苦笑したのだった。
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