03話.[息苦しいんです]
「来・た・ぞ」
「はい」
こうなることはわかっていたから驚きはしなかった。
さらに燐さんはわたしの足の上に座って逃げられないようにする、重い……。
わたしよりも身長が大きいんだから少しは考えてほしいけど。
「珍しいな、今日は逃げようとしないんだな」
「珍しいって、燐さんはわたしのことを全く知らないじゃないですか」
「わかるもんなんだよ、少し関わればどのような人間かはな」
まあ、わたしほどわかりやすい人間というのもいないだろう。
すごいわけじゃない、寧ろ今件に関してはわからない方がおかしい。
「よし、逃げなかったから下りてやろう」
「ありがとうございます」
それでも今日から帰る時間をわざと遅くしようとしているから逃げる気は満々だった。
ごはんを美味しく食べられないから仕方がない。
相手のことを考えてのことでもあるからあんまりマイナス方向に考えてほしくなかった。
「今日は寄り道せずに私と帰ってくれるよな?」
「帰りません」
「なんでだよっ?」
「ごめんなさい、一緒にいるのが息苦しいんです」
もうなにもかも口にしていこうと決める。
燐さんは昨日みたいにわたしがおかしいと言ってくるだろうけど、隠し続けて嫌われるよりかはまだマシな嫌われ方だと思うからだ。
「別に悪い雰囲気は出してないだろ……」
「きらきらすぎてわたしには駄目なんですよ」
「キラキラすぎてって言うけど、私と母ちゃんは基本的にいつもあんな感じだぞ?」
「燐さんが言うようにわたしがおかしいんですよ、一緒にいると燐さんまでおかしくなりますからやめた方がいいですよ」
こういう人間な以上、なにかが変わってくれることはない。
なので、変わるとすれば相手側が変わらなければならないわけだけど、相手にそんなことを求めることもできないわけだからどうしようもないというわけ。
だから、わたしが止めてあげなきゃいかないんだ。
無駄なことで時間を使っちゃいけないんだよってコントロールしてあげなきゃね。
「裕子こそ私がどんな人間なのか全くわかってねえんだ、私がその程度で変になるわけがないだろうが」
「でも、わたしはこういう人間なんです」
「思考停止して足を止めているだけだろ、変えようと努力をしろよっ」
「これでも普通に生きていけるんですからいいんですよっ、もう戻ってください!」
誰かに急かされるのは嫌だった。
誰に迷惑をかけているというわけでもないんだから放っておいてほしい。
そもそも、どうでもいい存在相手になにを言っているのか。
友達ができたって言っていたのは嘘だったんだろうな。
そうでもなければわざわざここには来ない。
「守谷さん、あの人って……」
「あ、わたしの義理の姉です、五月の二十日にこっちに来まして」
「そうなんだっ? すごい最近だね」
「すみません、大きな声を出してしまって」
「いやいや、全く大きくなかったよ」
あれ……かなり大きな声を出したつもりだったんだけどな。
まあいいか、うるさくないレベルだったのなら気にする必要もないだろう。
「ふぅ、今日も疲れたなー」
教室で過ごしていたら急にそんな声が聞こえてきた。
慌てて出ようとしたものの、その前に伊東先生が電気を点けてしまい……。
「きゃあああ!?」
これが本当の意味で大きな声かと学んでしまった。
伊東先生がここまで驚いているところは初めて見た、意外だった。
「な、なんで……」
「時間をつぶしたかったんです、驚かせてしまってすみませんでした」
相手が慌ててくれたのもあって一周回って落ち着いて対応することに成功。
まあもう外は真っ暗だし、それだけ驚くのも無理はない。
わたしが人がいることに気づいたら腰を抜かしてしまったかもしれない。
「もう帰りますね」
「あ、待ってください、一緒に帰りましょう」
「え、もういいんですか?」
というか、先生と一緒に帰るっていいのだろうか? 別に同性だからいいのだろうか?
……絶対に聞いてくれないだろうからなにかがあっても伊東先生のせいということにして従っておこう。
それに言い訳も作れる。
手伝いをしていたなどと言えばこんな時間に帰っても怒られることはないだろうし。
「はい、最後に見てから帰ろうとしていたんです」
「あ、じゃあ校門のところで待っていますね」
「はい、すぐに行きますから」
どっちも敬語だから紛らわしい。
でも、やっぱりひとりの場合は敬語じゃなくなるみたいだ。
そりゃそうだ、わたしだってずっとは無理だし。
「ごめんなさいっ、少し時間がかかってしまいましたっ」
「大丈夫ですよ、寧ろ帰る時間が遅ければ遅いほどわたしにとって嬉しいですし」
先生と帰るというのはなんか不思議な感じだった。
嫌な感じはしない、でも、いいことでもないけども。
「もしかして……上手くいっていないんですか?」
「いえ、わたしがおかしいだけですから」
「守谷さんは学生時代の私によく似た考え方をするんですね」
「違います、わたしとは違います。伊東先生が過去、どのように過ごしていたのかはわかりませんが、そんなこと言わないでください。同情されたくてこんな状態のままいるわけではないですから。……すみません、今日はこれで失礼します」
いや、やっぱり伊東先生と行動することは駄目だ、意味がなくなる。
だって大体はしっかりできているのか確認したいだけだから。
わたしは普通に過ごせてるよっ、って、言いたくなってくる。
もっと本当に助けが必要な人のところに行ってあげてほしかった。
「ただいま」
リビングの電気が消えていて助かった。
とりあえずリビングに入って冷蔵庫からお茶のボトルを取り出して飲む。
「はぁ」
人といるとすぐに喉も渇くから駄目だ。
見ているだけが一番だろう。
それが双方にとって一番理想的な状態だった。
「おい」
「お゛」
「なんでこんな時間に帰ってきてんだよ」
こんな時間といってもまだ二十時半だ。
そこまで非常識な時間というわけでもない。
遊ぶことが大好きな高校生であればまだまだ普通の範囲だと思うけど。
「あ、伊東先生のお手伝いを――」
「嘘をつくなよ、息苦しいから遅くなるように調整したんだろ?」
「……いいじゃないですか、燐さんには関係ないことですよ」
冷蔵庫に押し付けられたものの、視線を逸らすようなことはしなかった。
わたしにも意地がある、そもそもわたしにあった過ごし方をしているだけ。
それを唐突にやって来た存在に壊されたくない。
「なあ、意地を張るなよ、私たちは家族なんだぞ?」
「家族なら尊重してくださいよ。たまたまやって来た家にそういう人間がいたと片付けてくれればいいじゃないですか、それなのにどうして食いついてくるんですか?」
「そんなの寂しいからに決まっているだろうが……」
寂しいか、まあその気持ちはわからなくもない。
わたしが期待するのは間違っているけど、燐さんなら求めてもいいと思う。
手伝いとかもちゃんとやってきたみたいだしね。
なんでもかんでも父に任せていたわたしと違って権利があることだろう。
「私はずっと、話し相手が欲しかったんだよ。母ちゃんはひとりで頑張ってくれていたからわがままも言えなくて、休日でも疲れが取れていないことが多かったから遊びにも行けなかったからさ……」
「あの人といればいいじゃないですか」
「あっ、そういえばあのとき勝手に帰りやがってっ」
「必要のないことなんですよ、どうせ関わることもないんですからね」
お風呂に行きたいからと言ったら燐さんも来てしまった。
「私もまだ入っていないんだよ、だから一緒に入るぞ」
と、言って目の前で大胆に衣服を脱いでしまう。
わたしが固まっていたら「は、早くしろっ」と言って恥ずかしそうにしていた。
そうやって恥ずかしがるぐらいならしなければいいのに。
「髪を洗ってやるから座れ」
「わたしが洗ってあげますよ」
「お? そ、そうか? なら頼むかな」
短いから大変ということもない。
ただ、誰かの髪を洗うなんてことは全くしないから手に力が入った。
「い、いたたっ、力を入れすぎだっ」
「す、すみませんっ」
なんだろう、だけどちょっと楽しいかもしれない。
小中学生時代を思い出せたというか、そんな感じで。
「あと、敬語はよせ、私にあんなに大きな声を出して対応できたんだからいいだろ」
「でも、嫌な気持ちにさせたくないですから」
「避けられているだけで十分嫌な気持ちにさせられているんだが?」
「……自分を守るためにしなければならないんですよ」
「いいから試しに解除してみろ」
面倒くさいなあ……。
燐さんは怒る側だからそんなことが言えるんだ。
「燐ちゃん」
「なんだ?」
「……もう出ます」
勇気を出しつくしたというのに義理姉は残酷だった。
こうやって普通に返されてしまうことが嫌なときもたまにはある。
「洗ってないだろ、洗ってやるから座れ」
「……わかりました」
洗ってもらっている最中、溜まった不満をぶつけておいた。
燐さんは怒ることもなく「言えるじゃないか」と言って笑ってくれた。
「だ、大体、いきなりなんなんですか?」
「なんなんですかって言われてもな、家族になったんだぞ? 仲良くしたいって考えて行動するのが普通だろうが。ほら、燐ちゃん呼びに戻せ、あと目を閉じてろよ」
こうしてほとんど知らない人とお風呂に入れたことを進歩だと捉えておこう。
「あ、体は自分で洗えよ?」
「あ、はい」
「だから敬語はやめろ、次にしたら胸揉むからな」
「こんなのですよ?」
「だ、男子よりあるだろ!」
必死なフォローが悲しかった。
男の子と比べたらそれは……いや、大胸筋がすごい人には負けるしなあと。
「裕子、明日からは一緒に帰ろうぜ。それに、全員で食べるのが息苦しいなら私とふたりならいいだろ? 昼だって一緒に食べているんだし」
「でも、燐ちゃんはお母さんと食べたいでしょ?」
「お、敬語じゃなくなったな。いいんだよ、母ちゃんとはこれまでたくさん一緒に食べてきたんだからな、だから今度は父ちゃんや裕子と一緒に食べたいんだよ」
「……喋り方は男の子なのにいい子だよね」
「仲良くしたいからだ、そうでもなければ私はとっくに鬼になっているぞ」
いまでも強い声で言われたら怖いのにどうなるのだろうか?
見たいわけでもないから燐ちゃんの要求はなるべく受け入れようと決めた。
「もーりーやーさん!」
「ど、どうしたんですか?」
理由はわからないけど彼女はなにかと来てくれるようになった。
やはりこの前のが影響しているのだろうか?
とかなんとか不安になっていたら両肩を掴まれてさらに困惑。
「今日一緒にお出かけしよっ」
「あ……っと」
「大丈夫っ、私に任せてっ」
なにを?
未だに名字と名前を知らない彼女はやけに楽しそうな感じのまま自分の席へと戻っていってしまった。
元々席のところにいた友達と話して……って!?
……もしかしたら目をつけられてしまったのかもしれない。
それで実際にまんまと出ていったら「嘘だよっ、ばーか!」って言われるんだ。
「裕子ー、来た――」
「燐ちゃん助けてっ」
「ぐ、ぐるし……」
「あ、ごめんなさい……」
ここで話すのは駄目だ。
きっとクラスメイトの誰かが聞いていて、あの人に情報を流してしまう。
「なんだそりゃ、ただ遊びに誘っているだけだろ」
「違うよ、だって席に戻った際にこそこそと話していたし」
「被害妄想すぎだ、裕子と違って友達がいるんだから話すに決まっているだろ」
「い、いるもんっ」
「ほう、誰だ? お義理姉ちゃんに教えてくれよ」
燐ちゃんの腕を優しく掴んで笑ってみせる。
燐ちゃんもまたにこっと笑ってくれて嬉しかった。
きっと、問題児な義理の妹にも友達がいて喜んでいるんだと思う。
「いねえじゃねえかっ!」
「あいたっ!?」
すぐに額を突いてくるのはやめてほしい。
爪が長いわけではないから比較的ダメージは低いものの、痛いことには変わらないから。
「確かに私がなってやる的なことを言ったけどいねえんじゃねえか」
「これまでもこうしてやってきたんだからいなくてもいいんだよ」
「はぁ、あ、ちょっと待ってろ」
燐ちゃんは教室の中にひとりで入っていった。
わたしは数秒の間、ぼけっと廊下で立っていたんだけど。
「やばっ」
彼女がなにをするのかなんて容易に想像できる。
こういう場合どうするか、
「おい」
「あ、守谷さんのお姉さん」
「裕子と友達になってくれ」
そう、これしかない。
「友達、ですか?」
「ああ、ひとり寂し――」
「わーわー! なんでもありませんからっ」
人生で一番素早く動けた気がする。
しかも自分よりも大きい彼女を持ち上げて廊下まで連れ出せたのはすごい。
「余計なことしないでっ」
「なんだよ、どうせひとりで寂しいんだろ? どうやっても変わらないからひとりでも大丈夫とか強がっているだけだろ」
「……なんでそんなに詳しいの、会ってからまだ数日しか経っていないのに」
「だから言ったろ? 一緒にいればすぐに大抵のことはわかるんだよ」
わたしは彼女が苦手だ!
なにもかも壊して、それなのにあんまり悪い感じにはならなくて。
大げさだけど、目の前にあった壁を彼女が簡単に壊してくれるような感じ。
「守谷さん」
「なんですか?」「なんだ?」
「あ、そうか、同じ名字か。うん、じゃあ裕子ちゃんって呼ばせてもらうね」
「え、はい」
「敬語はよしてよ、私たちは同級生なんだからさ」
敢えてわたしの方を名前で呼ぶとは思わなかったからだ。
あ、そもそも姉の名前を知らないから知ったら変えてくれるのかな?
「あの、わたしの姉で燐という名前なんです、漢字は……こういう感じで」
持っていたボールペンですぐに腕に書く。
燐ちゃんは「なんでボールペンなんて持っているんだよ」とちくりと刺してきたものの無視。
ちなみに未だわからない人は「格好いい名前なんだっ」と知ることができて嬉しそうだった。
「おい」
「なんですか?」
「そいつ、名字も名前も知らないぞ」
「えっ、クラスメイトなのにっ?」
わ、わたしが悪いわけじゃないっ。
……どうせ関わらないで終わるんだからいらないと思ったんだ。
それでもわたしが悪いなんていうことはないだろう。
「裕子ちゃん、それならいま覚えてね? いい? 私の名前は」
そこからやけに引っ張って引っ張りまくって予鈴が鳴った頃に、
「
と、言ったのだった。
「さ、まずはこれを試着してみよう」
「え、久島さんが試着するんですよね?」
「違うよ? 裕子ちゃんが試着するんだよ」
これまで試着なんかしたことがなかった。
ただ適当にシンプルな物を選んで購入してきただけ。
それなのにいきなりこんなのはあれだし、そもそも商品を買う気もないのに試着するのは違うと思うんだ。
だってこのまま戻すことになるんでしょ?
わたしなんかが着た物を買おうとする人が可哀相だ。
「む、無理です、試着はできません」
「そっか、じゃあ次に行こうっ」
次のお店は雑貨屋さんだった。
ここなら特に緊張する必要もないから落ち着く。
「これかな」
「え、燐ちゃ……姉は髪が短いですけど」
「裕子ちゃん用に決まっているでしょ? これなら安価で可愛くなるしで最高だよ」
お店から出て外で待っていたら久島さんが戻ってきた。
それからこちらに小さい紙袋を渡してきつつ「はい、私からプレゼント」と言って笑って。
「あ、お金……」
「いいのっ、あ、ちょっとじっとしてて」
まあヘアゴムを買ったのならそりゃつけるよなと。
「見て? ほら、可愛いでしょ?」
「か、かか、可愛すぎますよっ、わたしには合っていませんっ」
「いいの、似合っているから、ほら次に行こ?」
ああ、見られていないのに見られている気分になる。
駄目だ、わたしには過剰すぎる。
これが所謂、痛い人間というやつではないだろうか?
「私、燐さんも来ると思っていたんだけどさ」
「ごめんなさい、多分、空気を読んでくれたんだと思います。でも、久島さんは姉といたいでしょうし、今度からはちゃんと誘ってわたしは行くのやめますから」
こうしてぐいぐい引っ張って誘導してくれるのは安心できる。
どこに行きたい? とか聞かれてもきっと答えに詰まるからだ。
それでもやっぱり……。
「なんでそうなるの? 勝手に決めないでよ」
「つまらない人間ですから」
わかっているんだ、自分が一番。
だから傷つかないために、相手をせめて不快な気分にさせないように行動しているんだ。
……空気が読めなくてうざいと言われたあの頃よりはマシなはずだ。
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