後編—山葉賢人

第20話「轢き逃げ事件」


 壊れたバイクのパーツが吹っ飛ぶのも零の体が道路に投げ出されるのも全てがゆっくりに見えた。耳障りなバイクが壊れる音も頭の理解が遅れる。

 ぶつかった車は一度止まるが、降りてきそうな雰囲気はない。逃げる気だ。 


 「木葉!車種は!?」

 「分かる」

 

 急いで必要な情報を整理する。


 「木葉は零の応急処置!大作は病院に連絡!大山は取り敢えず落ち着いて、木葉の指示を待て!」

 「賢人は?」

 「あの大馬鹿野郎を追い掛ける!」


 当て逃げする車を追い掛ける為にアクセルをぶん回して発進。

 法定速度をガン無視でギアを上げる—上げる——上げる。

 車の方も追い掛けてきた俺に気付いたらしく速度が上がる。アホみたいなスピードで距離を離される。

 クッソ……!これ以上無理に追い掛けたら俺が事故る……なら!

 俺は車のナンバーを目に焼き付け、事故現場に戻った。

 もう既に救急車が来ていて、零を運び込んでいる最中だった。

 俺も近くにバイクを停めて木葉に話を聞く。


 「零は!?」

 「全身を打ってるけど命は大丈夫だろうって。ヘルメットがなかったら死んでたね」

 「そうか……」


 命に関わらなそうなら一先ず安心か。

 木葉は大作たちを呼び集め、言った。


 「病院の付き添い、直ぐにバイクで追い掛けるって言っちゃったけど誰が行く?」

 「木葉、頼む」

 「分かった」

 「オレたちはどうする?」

 

 バイクに跨り、ヘルメットを被る木葉を気にせず大作が俺に聞いてくる。

 警察にも色々話さないと行けないし、零のバイクも運ばないと邪魔になる。


 「大作と大山で警察の事情聴取を頼む。俺はおっちゃんに連絡する」

 「任された。行くぞ大山」

 「う……うん……」


 大山はまだ気が動転しているらしく恐る恐る大作の後ろを走る。

 あんなのを目の前で見せられたらしょうがないよな。俺と木葉が落ち着き過ぎてるのだろう。

 だが、緊急事態だからこそ落ち着かないといけない。

 その点、大作は慌てず無駄に動かず俺たちの指示を聞いて、即座に行動してくれるのは助かる。大山のようにパニックになったら電話も出来なくなる。

 

 「あの悪質ドライバー……」


 一人でした舌打ちに気付く人は居ない。

 俺はおっちゃんと姉貴に電話をして事情を説明した。

 


 「あなた!同じ学校の生徒よね!?零ちゃんがバイクで事故なんてどう言うことなの!?」

 

 俺が病院にやってくると零の母親らしき人に肩を乱暴に掴まれ、大声で喚かれた。

 病院内でうるさい人だ。

 肩の手を振り払い、言ってやる。


 「どう言うことも何もそのままの意味です。零はバイクに乗って轢き逃げされたんです」

 「バイクの免許なんて……」

 「持ってますよ。零は普通二輪を」

 「うちの娘がバイクなんか危ない物に乗ると思ってるの!?」


 思ってるのも何も零は自分でバイク乗りたくて乗ってるんだから当たり前だ。


 「さては……あなたの所為ね」

 「は?」

 「あなたが娘を脅して免許を取らせたんでしょ。はーーー!もう信じられない!他人を無理やりバイクに乗せて怪我までさせるなんて!」


 零の母親は一方的に俺を悪の元凶だと決め付けた。どんな思考をしたらその答えが出てくるのか俺でも分からない。

 何言ってんだこいつ……話に聞いてはいたけどやっぱりまともに話ができるような奴じゃないな。だからと言って言われっぱなしも癪に障る。

 敬語なんか要らねぇや。


 「脅してなんかいねぇよ。免許もバイクも零が取りたくて自分の意思で取ったんだ」

 「娘の名前を不良が軽々しく口にするな!」


 突然、俺の左頬を思いっきりぶん殴ってきた。

 流石に反応出来ず、モロに喰らってよろめく。ギリ、倒れなかった。もう少しパワーがあったら危なかったかもしれない。


 「うちの娘がそんなことするはずがないでしょう!」

 「してんだろうが!」

 「あなたに娘の何が分かるって言うのよ!」

 

 二度目。同じ箇所を殴られる。その所為で唇が切れた。

 流れ出る血を手の甲で拭う。


 「分かるぜ。あいつは泣き虫でお人好しで娯楽とバイクと絵が好きな何処にでもいる高校生だよ」

 「……娯楽?あなたまさか娘に毒を与えたのね……よくも!よくもよくもよくも!やっぱりあなたの所為よ!娘が良い子じゃなくなったのは!」

 

 何度も左頬を殴られる。痛ぇけど大した痛みじゃない。

 母親の背後では父親がオロオロしながらどうすべきか迷っている。阿呆だ。自分の婚約者がこんな暴挙に出たら迷わず止めろよ。

 一方的な暴力。その間に木葉が割り込んだことで攻撃の手が止まる。


 「何よあなた」

 「これ以上反撃もしない高校生を炒め続けるつもりですか?」

 「娘が痛い思いをしたのよ!こいつの所為で!」

 「違います。娘さんが痛い思いをしたのは轢き逃げの所為でしょう?そんなことも分からないのですか?もしもこれ以上幼馴染を痛ぶると言うのならわたしも黙ってはいない。人を傷付けるのなら覚悟くらい出来てるんでしょ」

 「今は殴り合いしてる場合じゃないだろ」


 今にもやり返しそうな木葉の前に出て引き止める。

 病院で怪我人続出させてどうするんだ。折角この馬鹿野郎に会ったんだ。言いたいことを言ってやる。


 「現実を見ろよ。あんたの育てた娘はちゃんと成長してる。独り善がりでゴミみたいな教育方針なんて焼き捨てて、もっと零と向き合え」

 「聞けば良いんでしょ聞けば!きっとあなたの想像とは真逆の答えが出るわ」


 んな訳あるか。零はもう全員の機嫌を取る都合の良い人間じゃないんだ。

 その自信は現実を突き付けられた時に絶望行きの切符になる。そうなっても気の毒とは思わない。当然の結果だ。

 なんならざまぁないな。

 母親は勝ち誇った表情とわかりやすい敵愾心を向けてきている。

 俺は母親には目を向けず、奥に居る父親に視線を送っておいた。頼みの綱はこっちだ。


 「俺たちは邪魔みたいだ。行こうぜ」

 「今日限り、娘に近付かないで」

 「……」


 俺は答えずにその場を去った。

 これからどうなるか分からないことをはいはいと約束はしない。

 病院にありがちな紙コップの自販機で飲み物を買って、待合室に行くと大作と大山が居た。


 「ケント……その傷」 

 「大したことねえよ」


 中学の荒れてた時は喧嘩に明け暮れていた。あの時の怪我と比べればこれっぽっちの傷は蚊に刺された程度だ。


 「タケちゃんのお母さんはやっぱり」


 俺は自分の頭を人差し指で差し、クルクルと回転させてパッと手を開いた。

 そのジェスチャーで大山は納得したのか悲しげな表情を見せる。

 

 「中々キワモノだったぞ。今は毒親とか言うのかあれ」

 「レイちゃんから話を聞いた時点で……なぁ?」

 「ま、まあなんとなく」

 「あれは相当ね。擁護のしようがないくらい自分勝手な母親だった」


 四人で同時にジュースを飲んだ。

 母親は駄目そうでも父親の方はまだ普通そうだった。あの様子だと教育方針の邪魔だから遠ざけられてたか、母親任せにしてたかどっちかだな。

 この流れで楽しく談笑を出来るはずもなく、静かな時間が続く。

 そこへ姉貴がやってきた。


 「嬢ちゃんは?」

 「まだ起きてない。そんでどうだった?」

 「車種とガキンチョが見たナンバー照らし合わせたけどそんな車は存在しないとさ」

 「ちっ……天ぷらナンバーかよ」

 「車も盗難車の可能性があるらしいぞ」


 轢き逃げ、盗難車、天ぷらナンバー。犯罪の大満貫だ。


 「大作の喫煙、飲酒がしょぼく見えるぜ」

 「しょぼいね」

 「なんでオレがディスられてんだ……?」


 激しい怒りに依る苛立ちの炎を消す為に残ったジュースを一気に飲み干すが、当然苛立ちが収まることはなかった。

 盗難車でぶつかったとなるとそのうちどっかに捨てられてそうだ。

 

 「顔は見てないのか?せめて角刈りだったとか金髪だったとか」

 

 缶コーヒーを自販機で買ってきた姉貴が言う。


 「ご丁寧なことにフルスモだったよ」

 

 横の窓は黒いシートで覆われていた。

 俺が後ろから追い掛けたのも合間って車内の様子は闇の中だ。運転手が男か女かも不明。何人乗っていたのかも分からなかった。

 

 「そう言うとこだけ丁寧なんだよな。面倒な奴等め……!」


 姉貴が隣の椅子を乱雑に叩く。壊すなよ?

 

 「盗難車でフルスモ、ナンバーはもう変わってるか……そうすっと見つけ出すのは大変かもな」

 「おいガキンチョ……まさかお前個人的に犯人探しするつもりか?」

 「出来る限り」

 「多少のオイタは許してくれっと思うけど今回の件には首突っ込んで欲しくないって言ってたぞ」

 

 まあどっからどう見ても危ない事件だからそう言われても仕方がない。

 探したいと言ったが、俺もまだ考え中だ。

 

 「零の顔見てからまた考える」

 

 母親の頭の中では今日が最後らしいからせめて近くに居よう。

 従うつもりは毛頭ない。だが、自分の意思でそうする可能性があるから。

 俺はぐしゃぐしゃにした紙コップをゴミ箱に投げ入れた。

 

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