第19話「うつろわざるもの 」
「えっと……北条さん?何か用?」
幾ら解決したと言っても殴り合いの喧嘩をして、私も近付きたくないので嫌な予感しかしない。
普通に話すのすら嫌だ。
ここで喧嘩になったら……うーん、木葉さんに教えて貰った金的は女の人には使えないけど……なんとかなるかな?
「ねぇもう!そんなに怖い顔しないでよ!謝りたくて来たの」
「……謝りたくて?」
北条さんは豊かな表情で言った。言った……?
謝罪をしたいなんて聞き間違いだと思ってしまいそうだ。
保健室で怒られた時は全然納得していない感じで形式上の謝罪をされたのをよーーく覚えている。
実際、私も「許さない」と返答した。
「お願い!本当に反省してるのよ!もう一回だけチャンスを頂戴!」
北条さんが頭を深く下げる。
普通先生の前では謝っていても裏では色々言ってそうだけれど、あの北条さんが自分で頭を下げてる。これは本当に反省しているかも知れない。
私がこれだけ変わったから北条さんが変わってもおかしくないと思えた。
「良いよ」
「教室だと誰かに見られるかも知れないからちょっと来てくれない?」
教室から出ちゃうのか。賢人くんを待っている身としては教室から離れたくないところだけど、賢人くんは長くなりそう。
リュックと画材置きっぱなしにすれば大丈夫かな。
賢人くんは勉強もさることながら推理力みたいなものもあるっぽいし。
私は北条さんの後ろを歩く。
会話はない。上履きが廊下に触れる乾いた音だけが鼓膜を振動させる。
案内されたのは先生すら使わない裏門。
幾ら誰かに見られるのが嫌でもここまで来る必要があるのだろうか。
「それじゃ、始めよっか」
「え——!?」
手を叩いた北条さん。
刹那——背後から誰かに首を締め上げられた。
「うっ……ん……!」
力が強い。締め上げる腕からして男の人だ。
叫んで助けを求めようとしたら口にボールのようなものを突っ込まれて喋ることが出来なくなる。両手も後ろ手で手錠か何かで拘束された。
私の心を支配するのは恐怖。
喋ることも出来ず、状況が全く飲み込めない。
「運び込んで」
「ウィー!上玉だぜ!」
大勢の男の人たちに体を持ち上げられ、裏門の近くに停めてある黒い車に放り込まれた。
口のボールの所為で呻き声しか出せず、涎が溢れてくる。
「良いの?涎まみれよ?」
「可愛い子の涎ならメンバーの誰かが喜んで舐めるさ。ほら、誰かに見つかる前に行くぞ。お前らも早く乗れ。乗れねぇ奴はバイクで後から合流な」
「ちょっと待ってくだせぇ」
一人が私の胸ポケットから携帯を取り出し、外に投げ捨てる。
「良くやった」
運転手が車を走らせる。
何これ……拉致!?どうしようどうしよう!?助けて……賢人くん……!
そこで私はあることに気付く。
さっき投げ捨てられた携帯は家で買って貰った物。
真奈美さんから借りているもう一個がスカートの右ポケットに入ってる。
気付かれないように腕を伸ばす。伸ばす。伸ばす。
指で探るようにすると、なんとか携帯を引っ張り出せた。
画面は見えない。でも緊急用のタッチパッドボタンの場所と電話番号の配置さえ把握出来れば……。
ホームボタンを軸に画面の位置を予想して一個一個タップする。
お願い……!合ってて!
「いやー、まさか薫がこんな上玉持ち合わせてるとはなぁ」
「これは高く売れるわね」
「本当に何しても良いんだよな!何しようかなぁ……やっぱお尻を責められるのって屈辱なのかなぁ……」
「ずっとイカせまくったらどうなんだろうな」
身の毛がよだつ、ゾッとする会話で車内が盛り上がる。
身動きを封じられた私は無言電話を掛けることしか出来ない。役に立つのかどうかも分からず、ただ信じるしかない。
私が連れて来られたのは廃墟のビルの地下駐車場のような場所。
妙に小綺麗でベッドやテーブルが置かれている。
私はそのベッドの上に放り出された。
「外してやれ」
「ぷはぁ!」
言葉を封じていたボールを外される。
「なんで……こんなこと……」
「はぁ?何言ってるの?反省したと思っちゃった?反省なんかする訳ないでしょ?あの日からワタシはどうやってあなたを絶望に陥れるか考えてたの」
「あの日から……?」
「あの野球部の川崎君居るでしょ?」
川崎くん、同じクラスで中学も一緒だから良く知っている。
「ワタシね、好きで告白したのよ。でもあんたのことが好きだからって断られたわ。教室で恥かかされたのも振られたのもあんたの所為よ。奴隷ちゃん」
勝ち誇ったような顔で、今にも蹴り飛ばしたくなるくらいムカつく顔で北条さんが言い放つ。
「私の所為……?全部自分の所為だよ。人を傷付けることを楽しむ人なんかそうなって当然でしょ」
「この状況で良くそんな口が聞けるわね。これからあんたは性奴隷になるって言うのに。見てみなさい」
その場には十人以上……二十人の男の人が集まっていた。
どの人も髪の毛が染まっていて、ピアスもアクセサリーもジャラジャラしている。
見かけで判断するのは良くないと思うけど、一言で表すなら柄が悪い。
状況判断をすれば全員漏れなく悪い人。
「あんたはね、これから全員にレイプされるの。嫌でも抵抗出来ずに相手のやりたいことされて、動画に収められる。これほどの屈辱ないでしょ?」
「最低っ……!」
「最低で良いわよ。憎まれっ子は世に憚るって言うしね。早くその生意気な顔が快感と嫌悪感で歪む顔が見たいわねぇ……アハハハハハ!」
「もう初めて良いよな」
「そうね、やっちゃって良いわよミツル」
ミツルと呼ばれた金髪の坊主頭は車を運転していた人だ。
ベッドの私に向かって静かに近寄ってくる。
「さて、初めはやっぱり胸か」
「嫌!」
唯一自由な足が反射的に出た。つま先でその人の顎を蹴り上げる。
ゆっくり跳ね上げられた顔を戻すと、その表情には怒気を孕んでいた。鋭い目付きで私を睨み——腕を振った。
「んっ…!?」
「何抵抗してんだよこの性奴隷が!調子乗ってんじゃねぇよ!おら!痛いのが嫌なら大人しくしてろ!オラぁ!」
何度も何度も頬を殴られ、口内から血が出る。
「お前ら、抑えとけ」
「「ウィッス!」」
北条さんたちと喧嘩した時とは違う。抵抗なんて出来っこない。
私を抑え付ける為にジリジリと近付いてくる仲間の人。
北条さんは変わらなかった。何も。何一つとして。
こんなことを笑って出来るなんて頭おかしい……狂ってるよ……痛いよ……誰か……賢人くん、助けて……!
「ん?バイク?あいつらか?」
ミツルとやらの動きが止まり、後ろを振り返る。
私にも聞こえるバイクの音。
その瞬間、地下駐車場に一台のバイクが飛び込んできた。前に北条さんの仲間が居るのにお構いなしでアクセルを回す。エンジンの音量が増す。
「うお!?」「危ねぇ!?」「誰だあいつ!?」
などと困惑の声が上がる。
仲間じゃないの?
バイクの暴走は人集りを掻き分け、私の方へと近付いてきた。
流石の北条さんたちも危ないと判断したのか散っていく。
そうして私の周りから人を遠ざけたバイクはベッドの前に停車した。赤と青と白が調和するトリコロールカラーのスーパースポーツ。二つのライトは片方だけ黒いパーツで片目に。ライダーの被るヘルメットは大きな目がプリントされている。
それらは私が良く知る人と同じ組み合わせだ。
ヘルメットを外し、ハンドルに引っ掛ける。良く見る黒髪。顔は見えない。
「お前ら……やってくれたな」
声で分かる。
声だけで十分だ。
安心感で目頭が熱くなった。
「賢人……くん……!」
私はいつも、泣いてばっかりだ。
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