第18話「移ろう生活」


 大きな怪我は骨にヒビだけだったから入院生活はそこまで辛くなかった。

 身体中が痛むからトイレに行く時は大変だったけれど、木葉さんが手を貸してくれて、大作くんは毎日のようにお見舞いに来てくれた。一緒に来る大山くんは呆れた顔だったのが記憶に残っている。

 マスターや真奈美さん、店主さんもお見舞いに来てくれた。 

 店主さんがバイクを買う時にうちを使ってくれれば大幅値引きしてくれると言った。選ぶのが楽しみだ。

 でも、退院するまでの間、賢人くんは一度も来なかった。


 「ただいまー」


 夏休みが明け、学校が始まった。

 川崎くんたちは日焼けしていた。部活や海に遊びに行ったかららしい。

 玄関を開け、脱いだ靴をしっかりと揃える。


 「お帰り。学校はどうだった?」

 

 玄関の扉の音を聞いてか、それともそろそろ学校の時間だからか階段を降りてきた木葉さんが棒アイスを片手に言う。

 

 「楽しかった。賢人くんは来てなかったけどね……」

 「……そう。じゃあわたしは学校行ってくるから」

 「行ってらっしゃーい!」


 リュックを背負い、バイクの鍵を手に取る木葉さんを見送ると、リビングから木葉さんのお婆ちゃんが顔を出した。

 「お帰り」と言った後に困ったような表情で外から聞こえてくる木葉さんのバイクの音を聞く。

 

 「出掛ける時くらい一声掛ければ良いのにねぇ」

 「あはは……木葉さん、意外とそう言う一面ありますよね」


 何処か言葉足らずと言うか何を考えてるか分からない。それなのに『立ち回り』と言えば良いのか分からないけれど、行動が的確だったりする。

 まるで未来を見通しているかのようだ。


 「あぁそうそう!零さんアイスあるから好きなの食べて。晩御飯までゆっくりしてね」

 「ありがとうございます。頂きますね」


 ソフトクリームを貰うことにした。

 そんな私は今、木葉さんの家に居候している。理由は家庭が崩壊し始めたから。

 薬剤師の道を進まないと告げたあの日からお母さんは不安定な状態になり、私に暴力を使ってまで薬剤師になることを強制するようになった。

 一緒に住んでいられないと判断して木葉さんにお願いしたらあっさりと引き受けてくれた。お父さんはここにいること知ってるけどお母さんは知らない。

 お父さんは離婚を考えているらしい。

 果たして、私の判断が正しいのか。


 「どうした?ボーッとして。こいつのメシがまずいか?」

 

 木葉さんのお爺ちゃんに言われて自分の箸が止まっていたことに気付く。


 「あら?お口に合わなかった?」

 「いえ、違くて。ちょっと考えごとを」


 お婆ちゃんの作る料理はどれも美味しい。まずいなんてとんでもない。

 

 「厄介な母親だよ。子どもはラジコンじゃないのになぁ」

 「こら!デリカシーのないこと言うんじゃないよ!」

 「いや、大丈夫です。事実ですから」


 率直に私の母親を批判するお爺ちゃんの肩をお婆ちゃんが軽く叩いた。

 親が子どもの将来を心配するのはともかく、あれは度が過ぎていると自分でも思う。

 親からの期待を一心に背負うと言うのは喜ばしくもあれば逃れるのが難しい絶大な重圧にもなっちゃう。賢人くんのお姉さんは後者だ。


 「そう言えば木葉さんはなんで会社を継ぐことになったんですか?」

 

 木葉さんは私たちとはまた違った重圧があるはず。

 何と言っても会社の運営。失敗すれば倒産、吸収の危機もあり得る。

 ただ、木葉さんがそんな危機に直面して、敢えなく敗北するとは微塵も思えない。


 「あー、ありゃなんだったかなぁ。本当は息子に明け渡すつもりだったんだがな、断られちまって。仕方なーく社長続けてた矢先のことだ」

 

 ご飯を食べるのを一旦辞めて、お爺ちゃんが記憶を引っ張り出す。


 「酒に酔ってた時にさっさと辞めてぇーと小学生の木葉に愚痴ったんだよ」

 「小学生にとんでもない絡み方するんですね……」

 「そしたらその後、こっちの家に帰って来たワシの目の前にどさっと大量の本を置いたんだ」

 「本?」

 「車会社の社長の本と、車の仕組みに関する本だったなぁ全部」

 

 ありゃなんだったかなぁと言っていた割には話の内容が詳しく、お爺ちゃんは嬉々として話す。


 「そしたらな、木葉が言ったんだ。全部読んだ。社長、わたしがやるから車の整備とか色々教えてってな。いやぁ〜あの時は大笑いしたもんだ」


 お爺ちゃんはガッハッハと笑う。多分、木葉さんに言われた時も同じ笑い方をしたんじゃないかと思う。

 にしても木葉さん……凄いなぁ。小学生の頃から今と同じような感じだったんだ。


 「ほんとに何事かと思ったよ」


 お婆ちゃんが言うくらいだからそれはもう大声で笑ったんだろう。


 「それでどうしたんですか?」

 「ったりめぇよ。その場で後継者に任命してやって、会社の経営は取り敢えず副社長に任せて車の整備やらなんやら教え込んだ。中学に上がる頃には大体のことは理解しちまってた気がすんなぁ……」

 「凄過ぎる……」

 「中学ん時に息子たちが死んじまっても悲しいけど病気なら仕方ないとか言ってよ。次はバイクの勉強をし始めたんだ」

 「テストも全部平均点超えてたのは凄かったねぇ……」


 木葉さんなら授業を聞いただけで大体を理解していそうだ。

 学校の勉強はほどほどに点数を取っておいて将来の為の勉強に熱を燃やしてたんだと思う。

 私なんか復習がっつりやらないと半分くらいしか点数取れないのに。

 私はお米をぱくっと口に入れる。


 「高校も私立でも何処でも行かせてやると言っても聞かずに定時制行ってバイトするの一点張り。バイクの免許代もバイクも自分で買っちまうんだ」

 「木葉さん、ストイックですよね……特にお金に関しては」


 社長の祖父が親代わりになったのに贅沢を全くしないと言う。お小遣いも拒否したらしい。

 

 「あの子はねぇ……お金は甘え過ぎたくないって言ってたねぇ。本当に困った時はお願いするみたいな感じだったよ」

 「なんか想像出来ます。それにしても甘えなさ過ぎと思いますけど」

 「未来の社長に出す金なんか惜しまねぇのになぁ」

 

 お味噌汁を飲みながら太っ腹なことをお爺ちゃんが言う。

 いかにもたこにも社長っぽいおおらかな人だ。

 小さなことには気にしなさそうでクールな木葉さんとは違う雰囲気を纏っている。

 だからこそ聞きたい。

 

 「もしも、もしもの話なんですけど……とても失礼なことかもですけど」

 「言ってみな」

 「もしも、木葉さんが失敗したら、とか思ったりはしますか?」


 自分の立ち上げた会社が次の世代で潰れてしまったり、それで木葉さんが路頭に迷ったり、不幸になったりしたらどう思うのか聞きたかった。

 お爺ちゃんは箸を置いて考え込む。


 「んんー……木葉に限って失敗するとは思えねぇなぁ。転んでも無料タダで起きるような奴じゃないしなぁ」

 「それは……私も同感です」

 「でもまあ、もしも会社が倒産してもどうも思わねぇな。そこまで含めて信頼ってもんだ!失敗しないことを望むのは愚か者だ。ガッハッハ!」

 「うるさいよ。もう少し静かに笑えないのかい」


 鬼が笑うかのような豪快さにお婆ちゃんが苦言を呈する。

 失敗することを含めての信頼。

 失敗しないのを願うのは愚か者。

 そんな考え方があるんだ。目から鱗だった。

 また一つ、出会いによって学べた。人魂の光が強くなった。



 数日後、賢人くんが復帰したけどやっぱり話しかけてはくれない日が続いた。

 けれど段々と賢人くんの顔色は良くなっているように見える。

 うん、元気そうなら良し!

 きっと賢人くんにも大変なことがあるんだと思う。お母さんの言葉に素直に従い続ける賢人くんじゃないだろうし気長に待とう。

 そう思っていたある日の休み時間。


 「零、久しぶり」


 ぎこちない素振りで賢人くんが口を開いてくれた。

 嬉しさで自然と顔がにやける。


 「うん、話すのは久しぶりだね」

 「その……なんだ、悪い。こっちも立て込んでてよ」

 「良いよ。気にしてない」

 「笑顔で言われると怖いなその台詞」

 

 賢人くんは苦笑いをしながら言う。

 にやけるに収まらず笑顔と言われるまでに表情が和らいでいたらしい。確かに、満面の笑みで気にしてないよは逆に圧がある。

 だってしょうがないじゃん!久しぶりに話せたんだもん!

 頭の中で他でもない自分に言い訳をする。


 「今日、帰り一緒に帰ろうぜ」

 

 その言葉に教室の空気が変わった……気がした。

 なんだろ?別に賢人くん大したこと言ってないと思うんだけど……まあ良いや!

 

 「何処か寄る?」

 「おっちゃんのとこ行くか?バイク選びしようぜ」


 バイク選びのところは小声だ。

 何処から話が流れるか分からないから賢人くんなりに配慮してくれたみたい。

 校則違反してるんだから私も気を付けないと。


 「うん!行こ行こ!」 

 

 私の食い付きに賢人くんは微笑んだ。

 その後の授業は全くと言って良いほど頭に入ってこなかった。

 早く!早く!授業終わって放課後にならないかなー!

 と、願い続けていた所為で突然の指名に反応は遅れるし答えられずに分かりませんの連発だった。

 女の子たちには珍しいと言った顔をされ、男の子たちには「ミスは誰にでもあるよー!」と茶化されてしまった。

 そしていざ、放課後になり、賢人くんと一緒に帰ろうとした時。


 「おーい、ケーヤマハ。なんか先生呼んでるぞ」


 山野くんが賢人くんに声を掛けた。

 賢人くんは私の方を向き、手を合わせ、山野くんの方に走って行った。ちょっと待っててくれと言うジェスチャーだと思う。

 他の皆んなが教室から出ていく中、私は一人で絵を描きながら賢人くんを待つ。

 オリジナルのキャラクターをタブレットで楽しく描く。

 その時、突然肩を叩かれる。

 教室には私しか居ないと思っていたのに集中してて気付かなかった。

 え……?

 顔を上げると、まだ暑いのに長袖を着る北条さんが居た。

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