第16話「二つの謎と進路相談」
私は賢人くんが好きだ。大好きだ。
付き合ってあんなことやこんなことやしたいくらいには好きで好きで堪らない。賢人くんへの好意なら誰にも負けない自信がある。
ただ、そんな賢人くんに関して私は気になることがあった。
「零、どうかした?貸切だし賢人たちが万が一覗きに来たら叩きのめすから安心して脱いでいいよ」
「はっ、はい」
「そんなに畏まらないで。同い年なんだから」
そう言われても木葉さんはどうにも同い年に見えないくらい大人びている。
美人で高身長、顔も小さいスタイル抜群のモデル体型。話によれば社長の座がもう決まっているとか。
そんな木葉さんは賢人くんの幼馴染。スペックが高過ぎる。
私が勝っているところとと言えば……。
自分の胸を見る。そこそこ大きい。
でも、身長が小さいからそう見えるだけとも言える。
私は張り合うのを辞めて、木葉さんと一緒に湯船に浸かった。
「ふー……気持ち良い……」
「夏の温泉は格別だね」
「ここに来れたのも木葉さんのおかげです」
「敬語なんて使わないで良いよ。同い年なんだから」
「賢人くんと同じことを言われちゃった」
「だろうね。ケントは敬語使われるのあんまり好きじゃないんだ」
やっぱりと言った雰囲気で木葉さんが言う。
そうだよね。幼馴染だもん。賢人くんのことをよーく知ってるよね。
……賢人くんのことをよく知ってる?
それなら私の疑問の答えを知っているかもしれない。
「賢人はどんな感じ?」
私が質問をする前に木葉さんが聞いてきた。
湿った髪を掻き上げる仕草がとても色っぽい。
「どんな感じ……とっても優しくて、私に多くの幸せを教えてくれた……例えるなら地獄の底に垂れてきた蜘蛛の糸みたいな……」
賢人くんが学校に来た時もあの時は北条さんにやり返そうなんて思ってなかった。
賢人くんが見てるなら出来る。と謎の自信が湧いてきて実行しちゃったのだ。勢いで。
話を聞いた木葉さんがクールな表情を崩す。
「ふふっ、賢人にはお似合いのスケールの小ささね」
「でも、ちょっと気になることがあって」
「言ってみて」
「初対面の私にあそこまで優しくする理由が今でも分からない。確かに賢人くんは優しいけど、無闇矢鱈に首を突っ込む感じには見えないし」
前の私のように出来ることは全部する!みたいな勢いが賢人くんにはない。
どちらかと言えば面倒なことを嫌がっている節があるような気がする。大作くんたちと知り合ったのも本当に偶然、気が向いたからだと思う。
それとは違って私は自分から賢人くんに飛び込んだ。
軽く遇らわれそうだったのに私が引き止めたら相談に付き合ってくれたのを覚えている。
「零は賢人と何処で会った?」
「私の学校の近くの河原で」
「あの場所に人が寄り付かない理由知ってる?」
「全然……言われてみれば怖いくらいに人居ない気がする」
あの河原は勝手にバイクの練習をしててもバレないくらいには人が寄り付かない。
でも、賢人くんのことと関係あるのかな。
「あの場所はね。自殺者が出てるの」
私は自分でも分かるくらい目を見開いて、木葉さんの顔を見てしまった。
木葉さんの顔には悲哀がぺったり張り付いている。
普段からは想像出来ない表情だ。
「その人の名前は山葉
「山葉……!?まさかその人って」
「そう、賢人のお姉さんだった人」
衝撃的過ぎる事実に絶句する。頭の本棚が崩れ落ち、知っているはずの言葉は一言も出てこない。
その間にも木葉さんは話を進める。
「とっても優しくて家族思いの人だった。父親の医者になれと言う期待にも自分から応えようとしてた。勉強も中学時代はトップだったね。だけど」
「だけど……?」
小鳥が囀るような声で三文字しか出なかった。
「高校に入ってから伸びなくなった。どれだけ時間を削っても伸びない点数、親の期待を裏切ってしまう罪悪感、その二つに精神を擦り減らして……死んだ。賢人が荒れ始めたのもその所為」
賢人くんはある出来事をきっかけに勉強が嫌いになったと言っていた。
その正体がこの話だと確信した。
木葉さんは両手で掬い上げたお湯を眺めている。
私がコーヒーで見たように木葉さんも自分と見つめあっているのかな。
「きっと、重なったんだよ。似たような境遇の零と巴さんが」
「……確か木葉さんはお祖父さんの会社を継ぐんだよね」
「そうだね。後二年後くらいにはもう社長だ」
「嫌だったりはしないの?」
「しないよ。他でもない自分が決めたことだから」
木葉さんの言葉に迷いはなく、即答だ。
木葉さんはお祖父さんの期待にただ応えようとしてるだけじゃない。
自分で期待を背負う選択をした。
期待に応える能力があって、それを選んだ木葉さん。
期待なんて無視してやりたいことをやろうとしている賢人くん。
「私は分からない……どうすれば良いんだろう」
湯船に口を沈めてぶくぶくと泡立たせる。
「したいことがあるの?」
「実はイラストレーターになりたくて。でもだからと言ってお母さんに言われた薬剤師にもなりたくないと言われればそうでもなくて……」
薬剤師に絶対なりたくない訳じゃない。学歴が大事なのも分かってる。
それでも自分にやりたいことがある。そのやりたいことは必ずしも大学に通わなければ駄目と言うこともない。
「零は勉強する上で何を一番大事にしてる?」
「……テストの点数」
突然の質問。簡単な質問だった。
「確かにね、学校の中で高い評価を得るなら点数以上に分かりやすい物はない。けどそれはあくまで学校だけだよ」
「仕事になればどれだけ微生物を知っていても役に立たない……?」
「極端に言うとそうね。例えば英語が出来るからと言って話せるかどうかは別問題。実際賢人は読めるけど喋れないしね」
基礎は出来ていても『会話』を実践する機会が少ないからだと木葉さんは言う。
「勿論大学に行きたいとかなら点数は大いに重要。でもね、わたしが思うに大事なのは考えて答えを出すことだと思ってる」
「考える」
マスターの助言と同じだ。
熱くなってきたのか木葉さんは湯船から体を出し、縁に座った。足だけがお湯に浸かっている状態。
「数学と違って薬剤師になるのも絵師になるのもどっちが正解とかないからね。そこは自分を信じるしかないんだ」
「私は……やっぱり絵を描きたい」
天秤に乗せれば自ずと答えはそうなる。私のことは私が一番良く分かってる。
「それなら美術系の大学に行くのが良いかもね。絵の技法もそうだしデザインなんかも学べたりするんじゃない?」
「美大かぁ……楽しそう」
「デザインを学んでくれればわたしが雇う未来もあるかもね」
木葉さんが不敵な笑みを見せつけてくる。
美術系の大学に行くなんて一度も考えたことがなかった。
そうなるとお母さんとお父さんに相談しないといけない。両親の協力なしに大学へ行くのは中々難しい。
怖いな……お母さん。
「恵まれた環境に生まれたわたしからちょっとしたアドバイス」
「は、はい?」
「辛いことがあったら逃げても良い。これは間違いないわ。死ぬくらいなら逃げたって全然構わない」
賢人くんとそのお姉さんの話を聞いた後の木葉さんが言うそれはとても重みがあるように感じた。
「でもね、向き合わなきゃいけないことは確かにある。その時は頑張って。わたしや賢人が全力でサポートするから」
「すっごい大人……同い年には思えない……」
「社長になるから何時までも子どもでは居られないだけだよ。でも褒めてくれてありがとう」
「木葉様……!」
「その呼び方は辞めて。変なのは一人で十分だから」
それが一番普通な高校生っぽい反応をしてくれた木葉さんだった。
私が見ていた世界はとってもとーっても狭い世界で、きっと今もまだまだ狭い。
それでも賢人くんに出会って、多くの人に出会って見える世界が変わった。
これからどれだけ世界が変わるのだろう。
楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます