第15話「ライダー変身!」


 「ったく……あの悪ガキ共……大人を揶揄いやがって」

 「あはは……」


 煙草を咥えて頭を掻く店主さんは悪態を吐きながらも何処か嬉しそうに見える。

 と言うか煙草を咥えたまま喋れるのがちょっと驚きだ。

 店主さんは椅子に戻り、何かを忘れてたと言った面持ちで私を見る。


 「自己紹介が遅れたな。俺は土谷涼つちたにりょう。見ての通りこのバイクショップの店主さ。ヤニは大丈夫か?嫌だったら消すぞ」

 「大丈夫です」

 「そうか、んじゃお構いなく吸わせて貰おう」


 煙草は周りにお母さんもお父さんも吸っていないから新鮮だ。匂いはちょっとキツくて体に悪いのも分かってるけれどそこまで気にならなかった。

 店主さんはお構いなくと言いつつも背後にあった小さな冷蔵庫からジュースを取り出し、渡してくれた。


 「ありがとうございます。頂きますね」

 「夏だからな、飲め飲め」


 缶のプルタブに指を引っ掛けて力を込める——開かない。


 「開きません……」

 「はっはっは!見た目通り男子人気の高そうな子だな。ほら貸せ、開けてやる」


 店主さんに開けて貰い、ジュースを飲む。

 店の奥見てみると、Tシャツ姿になった賢人くんが手を黒く染めながら工具を持っている。バイクの修理をしているみたいだ。


 「山葉のこと好きなのか?」 

 「んぐっ…!?けほっ!けほっ!な、なんでですか?!」

 「いや、お前さんバイクにも興味なさそうだし、そうかなと思ってな」

 

 私ってそんなに分かりやすいのかな。そう思うと一気に顔が熱くなってきた。

 

 「ははは!良いねぇ若くて。どんどん楽しめ、学生時代は今しかないぞ。あっ、ただ避妊はしっかりな」

 「話が飛び過ぎですよ」

 「ヤベェな、セクハラ親父として訴えられちまう」


 店主さんは笑いながらそう言った。

 私だってえっちなことくらい興味あるけど流石に話が早過ぎる。まだ彼女でもないのに。

 私は恥ずかしさを隠すように店主さんから目を逸らす。

 四方八方がバイクに囲まれている。だけど賢人くんのバイクとはどれも形が違う。

 似たようなのもあれば全然違うデザインのバイクが一杯置かれていた。バイクショップだから当然と言えば当然だった。

 様々なバイクに目を奪われていると店主さんが煙草の煙を吹かしながら言った。


 「バイクに興味があんのか?」

 「今さっき賢人くんに乗らないかって誘われたんですけど……あまり良いイメージがなくて。学校でも禁止されていて……危ないんですよね?」

 「いや、割とそうでもないぞ」

 「ですよね……って、えっ?」

 

 危なくない……?


 「確かにスピードは出っけどその代わりヘルメット、後はプロテクター付きのウェアもある。勿論事故った時は死ぬ確率高いけどよ、俺からしたらスマホいじりながらふらふら走るチャリンコの方が危ねぇと思うぜ」

 

 言われてみれば高校に上がった瞬間、ヘルメットを被って自転車を乗る人は殆ど居なくなって、携帯いじりながら乗ってる人も見かける。

 そうじゃなくても危ない運転は割といーっぱい見かける。


 「どうせ理由も説明されずに三ない運動とか言われてんだろ?はー!何が教育だよ。ありゃ差別だぜまったく。バイク屋への営業妨害だろマジで」

  

 苛立っているのか煙草を灰皿でぐちゃぐちゃに擦り潰して次の一本に火を付ける。

 

 「単車に乗っとな。自分がどれだけ危ないことしてっか分かんだよ」

 「自分がどれだけ……?」

 「車とか単車に乗ると道路の端を走るチャリンコや歩く人がめっちゃ怖くなる」

 「そうなんですか?」

 「跳ねたら間違いなく俺が悪くなるからな。そうなると逆に自分がそっち側になった時、気を付けるようになるんだよ。そして何より危険さを知ってるから車に乗った時も単車を軽視しなくなる」


 つまり、ずっと悪口を言っていた人が逆に言われる側になったら言うのを辞めるようになる、みたいな話なのかな。

 どちらにせよバイクに乗ってちゃんとした道を走ったことがないから分からない。

 

 「要するに」

 「要するに?」

 「聞き返されると要してるかどうか不安になるな。俺は頭良くねぇからなぁ」


 ちょっと反応しにくい相槌を打ってしまったらしい。今度から気を付けよう。


 「つまり乗り方を間違えるなってことだ。単車に限らず自分がどんだけ気を付けてても起きちまうのが事故だからな。それが嫌なら外に出るなとしか言いようがない」

 「そうですか」


 今までは『駄目』『悪いこと』だと押さえつけられてきたけれど、もしかするとそれを全部鵜呑みにして考えるのことを辞めるのが一番悪いのかもしれないと思う。

 だって、駄目だと言われていた娯楽は、映画は、本は、漫画は、どれもこれも全部楽しかったもん。絵を描くのはもっちろん!

 段々と店内にあるバイクが宝の山に見えてきた。

 

 「バイクはな、楽しいぞ」

 「どんなところが楽しいんですか?聞きたいです!」

 「夏は暑いし冬は寒い」

 「全然楽しくなさそうですけど」

 「まあ話は最後まで聞け」


 ムッとした顔をされてしまった。


 「でもな、あの自分の体全部で単車を操る楽しさは唯一無二だ。最高に楽しい。これは間違いない。まあそのおかげで俺のダチは三、四人ほど死んだけど」

 「三、四人死んだ!?え…えぇ……」

 「峠とかでスピード無視して走り込んでたからな。自業自得だ。斯く言う俺も骨の二、三本は折った。はっはっは!」

 

 笑い話じゃないはずなのに店主さんはニコニコ笑いながら語る。それもまた思い出の一つとして受け止めているみたいだ。

 多分、これが乗り方を間違えるな、と言うことなんだろう。

 もしやバイクの規制が強いのは店主さんみたいな人たちが一杯居たから……?

 

 「それに単車があれば何処でも行ける。公共の交通機関にはない自由度があるのに高校生でも免許が取れる最高の乗り物だ」


 私を見ずに窓の外の遥か遠くを眺める店主さん。

 そっか、そうだよね。危ないだけの乗り物なら賢人くんも乗らないよね。

 店の奥でバイクを修理しているであろう賢人くんは大作くんたちとはしゃぎながら楽しそうにしている。

 バイクに乗ってみたい。

 賢人くんと同じ景色を見てみたい。

 そう、強く思う。


 「バイク乗ってみたいです」

 「おう!そりゃ良い!どんどん乗れ!」

 「でもいまいちどうすれば良いのかさっぱりです」

 「最初は誰もそんなもんだ。俺からは新たなライダー誕生に……」

 「……?」


 店主さんはレジの奥に入る。中からは何かがガッタンゴットン崩れ落ちる音と、それに応じた店主さんの悲鳴が聞こえてきた。

 

 「大丈夫なのかな?」


 あの奥はどれだけの物が散らばっているのか気になる。

 気になるけど見たくはない。

 しばし待っていると黄色いヘルメットを持って店主さんが戻ってきた。


 「今じゃ男も珍しいけど若手の女性ライダー誕生にこれをやろう」

 

 私は店主さんからヘルメットを受け取る。

 そのヘルメットのおでこの部分にはイタリアの国旗。イタリアメーカーのようだ。


 「良いんですか?高い物なのに」

 「あぁ。昔、彼女が買ったんだけど一回も使ってないから安心してくれ」

 

 店主さんの表情が沈んだ。

 複雑な過去があるのがそれだけで分かる。分かってしまう。


 「おいおいそんな顔するなよ。別に死んだとかじゃないんだ。俺が愛想尽かされちまってな」

 「何かしたんですか?」

 「俺は中学高校で物凄い荒れててな。さっきの骨折の話もそうだけど喧嘩も日常茶飯事だった。いくら俺が強くても怪我はするだろ?」


 そんなことを言われても店主さんの強さを知らない。

 店主さんも私に答えは求めていないようだけど。


 「言われちったんだよ。傷付く姿を見たくないってな。それでも辞めずにダチと暴れてたら……逃げられちまった。これも自業自得だな」

 「もう、駄目ですよ。彼女さんは大事にしないと」

 「ははは……言えてるぜ」

 

 店主さんは乾いた笑いを口にしながら煙草を灰皿に置いた。

 そして私の顔を見る。


 「単車のことはあいつらに聞きな。それでも分からないことがあったら俺に聞いてくれ」

 「はい!ありがとうございます!」

 「そうだそうだ。楽しいことも嫌なことも全部笑い飛ばせ!」


 なんだか賢人くんに出会ってから良い人にしか出会ってない気がする。

 と言うより賢人くんの知り合いが皆んな良い人なんだと思う。

 国語でやった『類は友を呼ぶ』はこのことを言うのかな?きっとそうだ。

 こうして私はバイクに乗ろうとするのであった。



 「んーーーー!重いよぉ……!」

 

 私は河原を使ってバイクの免許を取る為に練習をしている。

 けれどまだ一度もバイクに跨っていなかった。

 現在、やっているのは引き起こしと呼ばれる作業。文字通り横に倒れたバイクを起こすのだけど。

 持ち上がらない。

 渾身の力を込めてもミリ単位で浮くだけ。

 

 「はぁ……!無理ぃ……!」


 直ぐに力を入れ続ける限界がやってくる。

 私は体を草の上に投げ出した。

 気温と体を動かしているのが原因で汗が噴き出してくる。まるで地獄の炎に蒸されているようだった。釜茹で地獄だ。

 

 「火照った顔で息を切らす美少女……エロいな」

 「サック、ケン君が居ないからってセクハラしないで。僕も容赦なく殴るよ」

 「レイちゃん、はい水。飲みながら見本を見せる」

 「うん」


 水を受け取りながら体を持ち上げる。家では絶対に出来ない胡坐をかいて大作くんの引き起こしを観察する。

 大作くんはハンドルと後部座席付近の棒を掴み、隙間がほぼなくなるくらい体を密着させる。その状態からヒョイっとバイクを起こしてしまった。

 あんな重いバイクを簡単にのが不思議でしょうがない。


 「はいレイちゃん!オレのを参考にもっかいやってみよー!」

 「よし!やるぞ!」


 これが出来なきゃバイクの免許は取れない。

 再度バイクのハンドルと二人乗り用の棒を掴み、必死に

 持ち上がらない。


 「タケちゃん。バーベル持ち上げるような姿勢だと多分一生引き起こせないよ」

 「もちっと体ごと姿勢を低くしてみ。腰だけじゃなくて」


 言われた通りにやってみる。


 「こう?」

 「そうそう。それでシートのところにおっぱいくっ付けて、持ち上げると言うよりかは前に押すイメージ」

 「おっぱいをくっ付けて……前に押す……」

 「そして膝で持ち上げる!」

 「よい……しょっ!」


 あんなに重くて微動だにしなかったバイクが持ち上がった。


 「やった!やった!」

 「馬鹿馬鹿!手を離すな!」

 「あっ……」

 

 向こう側に倒れていく賢人くんのバイク。

 倒れる前に大作くんと大山くんが支えてくれた。


 「あぶねー」

 「危なかったね……」

 「えへへ……ごめん」

 「可愛いから許す!」


 可愛いから許されちゃった。

 一度引き起こしを成功させると二度目も三度目も簡単に出来た。

 大作くんたちが言うには教習所のバイクにはエンジンガードとやらが付いているらしく賢人くんのバイクより多少は楽とのこと。

 次のエンジンを掛ける作業は一番大変だった。

 何回やっても何回やってもスカスカで掛からなくて、一回だけキックレバーが勢いよく跳ね返ってきてすっごい痛かった。

 その現象をケッチンって言うみたい。

 最近のバイクはセルって言うエンジンをワンタッチで始動出来る機構があるらしいけど賢人くんのバイクにはない。

 

 「あっ!掛かった掛かった!」


 バイクが呼吸を始める。

 

 「じゃあちょっと走ってみよう」

 「アクセルちょっと回しながらクラッチを少しずつ……少しずつ」


 アクセルを回すとエンジンが唸り声を出すのが怖かった。

 けれど。


 「あっ!あっ!進んでる!」


 トコトコとバイクが可愛い声を出しながら前に進む。


 「そしたらそのままクラッチキープして、ゆっくり離せ!ブレーキ忘れんなよー!」


 スピードは全然出ていない。 

 でも、全身を突き抜ける風が心地良い。

 これでもっとスピード出せたら。

 ちゃんと免許を取って道を走れたら。

 賢人くんたちと一緒にツーリングが出来たらどれだけ楽しいのだろう。

 セルが付いていないのは不便だと大作くんは言っていたけど、そうは思わない。

 店主さんの言う通りバイクは不便だらけな乗り物だから。

 その不便さすら楽しいと思えた。

 ライダー変身へ一歩近付いた——気がする。

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