第11話「京都旅行」
「おぉーー!コノハ様ツーストとか渋いな!」
「変な呼び方と褒め言葉どうも」
初日の朝、集合場所で木葉のバイクを見た大作が興奮している。
大きい荷物は予め旅館に送っているから全員荷物は少なめ。変な呼び方が定着してしまった木葉以外は全員表情が明るい。テンションも高い。
「さぁ!しゅっぱーつ!!」
「「おおーー!!!」」
——旅館にて。
「ようこそおいでくださいました。松田様ですね?」
「はい」
女将らしき人に名前を呼ばれた木葉が返事をする。
「えぇ……その……大丈夫ですか?」
笑顔で出迎えてくれた女将だが、直ぐに困ったような表情で俺たちを見つめる。
何故?と考える必要はない。理由は分かっている。
「うぅ……もう無理……」
「疲れたぁ……」
「キッツ……うそだろ……」
俺の肩に支えられた大山が、木葉にもたれ掛かる零が、ギリギリ自分の足で立てている大作が完全に体力の限界地点に達していた。
この長旅じゃ無理もないとは言え朝の勢いは何処に旅立ってしまったのだろうか。
今日、これから観光をするのは無理そうだ。
「取り敢えず、部屋に連れてくか」
「だね」
「案内します」
「ほら大作、行くぞ」
「ケント……オレにも肩貸してくれ……」
だから途中で宿取って休憩挟んだ方が良いと言ったのに。しょうがない奴だ。
「高いぞ」
「金取んのかよ……」
男を両肩に抱えた俺たちは広い四人部屋に、木葉と零は二人部屋に案内された。
部屋に到着した大作と大山は事切れたように畳の上に体を投げ出した。体が溶けてしまいそうなくらいぐでーんとしている。
部屋の中は畳が敷き詰められ、真ん中に大きなテーブルがある一般的な旅館の内装。俺の好きな広縁まである。
ただ——広い。四人部屋のはずなのにかなり広く感じる。これが高級旅館なのだろうか。
暑苦しい赤いジャケットを投げ捨て、涼しい格好に着替えるとそのタイミングで木葉が部屋に入ってきた。
「お風呂とご飯、どっち先にする?」
「どっちも先に出来なさそうじゃね?零は?」
「そこ二人と同じような状況」
「だろうな」
この感じだと一回寝ないと復活しなさそうだ。何時に起きるのか分からないのにご飯の準備を待ってもらうのも迷惑が掛かる。
そういや他の宿泊客居るのか?
「ちなみに他の客は居ない。お風呂も貸切」
「おおう……相変わらず察しが良いな。じゃあ今日は高級ご飯なしにして、俺らでなんか買ってこようぜ」
「良いよ。わたしが女将様に言っておくから」
「……三人置いてっても大丈夫か?」
「遠出はしないから大丈夫でしょ」
京都到着の初日は旅館に似つかわしくないコンビニ飯で幕を閉じることになった。
窓から差し込む光が瞼をすり抜けてきて、眩しい。
月のお披露目時間は終わったらしく、太陽と選手交代。夏の象徴とも言える存在が自己顕示欲を際立たせている。
普段なら元気な太陽に文句の一つでも言ってやりたいが今日は逆に喜ばしい。
旅行が雨で台無しになるのは避けたい。夏だから突然降り始めることもあるだろうけど、朝から降ってるよりはよっぽど良い。
「まだ六時か。朝飯は八時だったよな」
布団から体を起こしてスマホの時間を確認する。
ここで二度寝したら寝坊するのは分かりきっているので、布団から完全に起き上がる。他の客も居ないのなら、と髪の毛も衣服もそのままで部屋から出る。
綺麗な旅館なのに人が俺たちしか居ないのはなんだか変な気分だ。
スリッパも履かずに裸足で廊下を歩く。ぺたぺたと音が鳴る。
自販機の近くまで来る。その傍にある椅子には先客が居た。
「あ、おはよう」
「おはよーさん。木葉より早起きとは驚いた」
「えへへ……昨日早く寝ちゃったから……」
恥ずかしそうに笑う零を見ながら自販機の前に立つ。瓶のミックスジュースを買い、浴衣を着る零の隣に座った。
「今日の予定はどうなってんだ?」
計画は三人に丸投げしたから俺は何も知らない。
「今日は特に予定は組まず、皆んなでお散歩。自由に歩いて、観光して、好きな物を買ったり食べたり」
「そりゃ良いな」
予定がぎっちり詰まっていると次!次!次!みたいに忙しない観光になったりするのだ。俺はそれが嫌いだから予定なんて組まずに適当にぶらぶらする日があっても良いと思っている。
俺の一人旅だと全日程がそうなる。
「久々に八つ橋でも食べるとするかな」
「私は美味しい抹茶味のお菓子とか食べたいなぁ」
零が牛乳を、俺がミックスジュースを飲みながら口にする。やっぱり京都と言ったら和菓子とかのイメージが強い。逆に名物料理が分からない。
にしん蕎麦とかは聞いたことある。後はなんだ……寿司とかだろうか。
「和菓子なら蕨餅食べてぇー」
「なんか食べ物の話してたらお腹減ってきちゃった」
「昨日あんな夕飯だったもんな」
コンビニ飯は慣れているが何せ値段が高く、量が少ない。健全な男子高校生にはもっとボリュームが欲しい。健康に悪いとかは知らないし、どうでもいい。
何しろ夕飯と呼ぶには烏滸がましいメニューだった。
「前から聞こうと思ってたんだけど、零はなんで絵は描けるんだ?親に禁止されてた訳じゃないのか?」
俺は気になっていたことを聞いてみる。
河原で見た絵は一朝一夕で身に付くレベルじゃなかった。だからと言って幼い頃から絵の英才教育を受けていたとは母親の話を聞く限り考えにくい。
「同じクラスに川崎くん……って居るの知ってる?」
「川崎……あいつか。知ってるぞ」
零が喧嘩した時、俺に噛み付いてきた奴だ。
「川崎くんね、中学の時から一緒で。遊ばない私を家に誘ってくれて、本を読ませて貰ったことがあるの」
「まさかその本がラノベか?」
「うん、そう」
だから俺におすすめの本を聞いた時のジャンルがラノベだったのか。
碌に本も読んだことない零がラノベの存在を知っているのがずっと謎だった。
「ま…まあ……その本はあんまり面白くなかったんだけどね……あはは」
「うわぁ……お気の毒に」
あいつの読んでるラノベがどんななのか大体想像出来る。
「それはともかく!イラストは凄かった。煌びやかで、ダイヤモンドみたいなイラストに惹かれて絵を描き始めたの」
「初めての反抗だったのか」
「ふふふ、そうだね。私、悪い子だったみたい」
舌をちょろっと出して、零が笑う。
何が悪い子だ。本当に悪いことやってる奴と比べたら可愛いもんだ。それに絵を描くのも本を読むのも悪いことじゃないだろう。
二人で笑いながら話していると大山がスリッパの音を鳴らしながら近付いてくる。
「あっ、居た居た!そろそろ朝食の準備だって!」
「準備って、俺らなんかすんのか?」
「朝食は部屋で食べるから男子部屋のテーブルを元に戻さないと。後、サック起こして……」
最後の一言を言い終える大山は呆れ顔。俺たちが話している間に何度も大作を起こそうとしたのだろう。疲労が見える。
幼馴染に無理なのに俺がどうすれば良いのだ。
俺に誰かを起こす経験はなく、起こされることの方が多かった。
生憎、寝起きの悪い奴をスムーズに起こす方法は学校の勉強では習っていない。
しかし、考える頭はある。
「なっ、零?」
「えっ……と?嫌な予感……」
俺が微笑みかけると零は顔を引き攣らせた。
部屋に戻ると掛け布団もなしに大作がいびきをかいて寝ている。
気が付けば俺の布団がなくなっていた。大山の布団がないのを見るに、その次いでで俺のも片付けてくれたらしい。
「それで、私に何をさせる気なの!?」
「そんな勝手に体を売られたみたいな反応されても」
「あぁ……この体をしっちゃかめっちゃかに……」
意外と零はノリノリだ。悪ノリする癖があるのだろうか。熟練のサーファーみたいに簡単に乗っかってくれる。
しっちゃかめっちゃかなんて久しぶりに聞いたぞ。
「お兄ちゃんって呼んでやれば飛び起きるだろ」
「うんうん……って、えっ?お兄ちゃんって呼ぶの?」
「マスターのところでやってたじゃん」
「いやいやいや!無理!あれはお礼の勢いでやっただけだから……改めてやると思うと、その……恥ずかしい」
「うっ……!可愛い……!」
「大山さん!?」
恥ずかしがる零の姿は大山の心臓にダイレクトアタック。胸を抑えて崩れ落ちた。
零は俺の目に訴えてくる。
本当に?と問いかけられているようだ。だから俺は頷いた。
「……じゃ、じゃあやるよ?」
「頼んだ」
「おに——」
「はぁーい!お兄ちゃんでーす!おはようございまーす!」
「まだ言ってないのに起きちゃった!?」
「ほら、大成功。大作、女子組もここで朝食食べるからさっさと布団片付けろー」
「おう!」
そんな勢いで朝食を終えた俺たち一行は部屋で着替え、外に出る。
「うお……」
まるで溜息のように自然と感嘆の声が漏れた。
石畳の地面に瓦屋根の建物が両サイドに立ち並んだ街並みはこれでもかと『和』を、『日本』を、全面に押し出している。
それなのに、この場所だけが日本じゃないように感じる。ここは過去の世界なのではないか、と。
一度来たことがあるはずなのに初めて訪れた時であるかのように錯覚してしまう。
景色に圧倒され、気温さえも忘れてしまいそうなったその時だ。
「賢人くん?」
零の声が聞こえてきて、上を向いていた顔を元の位置に戻す。
俺の前に立っていたのは零。大作たちは既に歩き始めており、前方で「おーい!行くぞー!」と手を振っていた。
「悪い、ちょっと感動してた」
「あはは、実は私もなんだ。京都来るの初めてだから。昨日は景色を楽しんでる余裕なかったし……」
「じゃあこれから十二分に楽しむとするか!」
「うん!」
俺たちは出遅れた距離を走って取り返す。
動かす足が軽いのは何故だろう?
前に大作、大山、木葉が居るから?
待たせるのが忍びないと思うから?
違うな。きっとあれだ。それしかない。
「さて!まずは八つ橋と行こうぜ!!」
「おお!ケント!何時になくテンションが高いじゃんか!」
「私はアイス食べたい!」
「アイスも良いな!行っくぞー!」
「ちょっと早い……松田さんも何か……って松田さんも早い!?」
五人で国内外の観光客で溢れる夏の京都を歩く。歩く。歩く。
俺たちみたいに洋服を着ている人が多いが、他の都道府県に比べれば着物を着ている人の数が圧倒的に多い。
途中の店で買った抹茶ソフト片手に景色を楽しんでいるとどうしても着物が目に入る。
それは俺だけではなかったらしく大作も口を開いた。
「着物レンタルとかしても面白かったかもなぁ。レイちゃんとコノハ様の着物姿見てみてぇ〜!」
ソフトクリームに突き刺さってた八つ橋をぽりぽり齧る大作が、願望を口と言う砲台から射出する。
「着物って着ないもんね。日本人なのに」
「値段も値段だしな。着て成人式とかか?」
成人式と言ってはみたが基本はレンタルだ。自分の着物を持っている日本人は少ないだろう。
「木葉が着物着たら通り過ぎる男女全員振り向くだろうよ」
「そう?それならその人たちは見る目がないね」
さっき買ったばっかりなのに木葉の手元からアイスが消えている。溶けるからの理由にしても早い。
「どう言う意味だ?」
「さあ……私にもちょっと」
と、そちらを気にしているのは俺だけのようだ。
大作も零も言葉の真意が気になっている。
「着物以外でも振り返れって話だろ」
「さぁね」
「ヒュー!かっこいいぜ!」
「木葉さんかっこいい……!」
大作と零が率直な感想を述べる。零に関しては尊敬の眼差しまで向けている。
そんな視線と賞賛を浴びながら何食わぬ顔で「ありがと」と受け流す木葉は何度見ても凄いと思う。次期社長のメンタルと自信の強さは常人には理解出来なさそうだ。
俺からしたらいつも通りの木葉は置いておき、後ろを見る。
会話に参加してこない大山はパシャパシャとスマホで写真を撮りまくっている。別に悪いとは言わないけど……折角の旅行それで良いのか。
歩く速度を落として大山の横に並ぶ。
「撮りすぎじゃね?」
「だって!折角の京都だよ!しっかり撮っておかないと!」
同じ折角なのに全然違う。
「逆にケン君は撮らなくていいの?」
理解出来ないと言いたげな顔で大山が問う。どうやら撮らない側の思考を聞きたいらしい。
「俺は皆んなとの思い出の一枚があれば良い。風景ならネットでいくらでも見られるからな。来たからにはちゃんと俺の目で見ておきたいんだよ」
「……確かに。それもそっか!」
大山は手放さなかったスマホをポケットに乱暴に突っ込み、前三人に駆け寄る。
別に俺の意見を強制するつもりはないのだが、本人が納得したのなら良いか。
俺は最後の一口だったシュガーコーンをパクッと食べる。
「調子の良い奴め」
俺の言葉は人々の雑踏に掻き消されただろう。
聞こえていなくても構わない。
ただの独り言だ。
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