第10話「免許と修理と旅行の予定」


 「へー、そんなことがあったんだ」

 「自分から始めておいて先生頼るとかダッセェええええ!」

 

 倉庫で開催された高校生の宴会。

 零の事情を聞いた大作は腹を抱えて大笑いしている。持っているジュースの蓋が開いていて、その勢いで溢れ出す。

 

 「ほんと大作好きだよな。他人の不幸」

 「馬鹿言うな。オレが好きなのは嫌な奴の不幸だ」


 それもそれでどうなんだ。気持ちは分かるけど胸を張って自信満々に他人に曝け出すことでもないだろう。


 「大作さんたちは賢人くんとどうやって知り合ったの?」

 

 チョコレートを口に入れ、舐めながら零が聞いた。


 「大作さんじゃなくて圭お兄ちゃんと言ってくれて構わないぜ」

 「一年位前の九月。僕とサックでバイク乗って遠出してたんだ。県内だけど」


 大山が大作を気にせず語り始める。この扱いは慣れっこだ。

 零はそんな大作を気の毒そうな顔で見て、俺の顔と大作の顔を視線が往復する。大山の話を邪魔しないように大丈夫なのかと訴えているようだった。

 俺は黙って頷き、それを返答とする。


 「そこでさ、サックのバイクが動かなくなっちゃったんだ」

 「あー、そう言えばそんなことあったな」

 「サック、都合の悪いことは直ぐ忘れるもんね」

 「そこで助けてくれたのが賢人くんだったと」

 「そゆこと!」

 

 免許取り初めの頃だった。運転にも慣れてきて、遠出をしたらコンビニで二人が立ち往生しているところに偶然立ち会ったのだ。

 エンジンが掛からない理由は旧車にありがちな俺でも知っているものだった為、簡単に直せた。それから紆余曲折……と言うほど込み入った事情もなく、あっさり仲良くなった。

 バイクの話の流れで元気を取り戻した大作が「そうだ!」と手を叩く。タバコを取り出しながら零に言う。


 「レイちゃんはバイク乗らないの?楽しいぜ、バイク」

 「実はね、乗ってみたいと思ってる」

 

 その一言に大大コンビは歓喜。

 一方で俺は驚いた。昼間も聞いた通り、零がバイクに乗りたいと自分から言うとは予想外だった。

 

 「ヘルメットも貰っちゃったし……皆んなを見てるとやっぱり危ないだけじゃないのかなって。同じ景色を見てみたい。でも私、教習所に通うお金は流石に」


 車にしろバイクにしろ免許を取る時に一番使われるのは教習所。相当覚えが悪くなければほぼ全員が免許を取れるが費用は高い。高校生がポンと出せる金額ではない。

 だがしかし、方法はある。


 「大丈夫だ。一発試験がある」 

 「一発試験?」

 「免許センターに行って試験だけを受ける方法だ。これなら費用は超が付くほど安くなる」

 「オレたち全員それで受かってんだぜ」

 「サックは三回落ちてるけど」

 「おい!言うんじゃねーよ!格好が付かねーだろ!」


 もうとっくに大作の格好は付いていない。零からも「あぁ、そう言う人なんだ」と思われているに違いない。


 「んー、まあ零なら学科試験は余裕だろ」


 学校で俺の下に引っ付いてるくらいだから二択のテストなんか簡単にこなすだろう。交通ルールも直ぐ覚えられるはずだ。


 「ちょっと!ちょっと待って!」


 俺らで勝手に盛り上がっていると、零がそう言った。


 「私、バイクの乗り方なんて分からないよ」

 「分かる人間がここに三匹いるだろ」


 これから夏休みだ。時間はたっぷりある。


 「でも乗るバイクはどうするの?」

 「俺のこれやるよ」

 「えっ!?」

 「さっきおっちゃんのとこで見ただろ。俺はあれ直したら乗り換えるから今乗ってるやつ欲しけりゃやるよ。零が乗るなら安心だ」


 今のバイクには愛着がある。だから、誰かの手に渡るのなら大事に乗って欲しい。

 雪崩れ込んでくる情報に溺れる零だったが、やがて表情を整え。


 「うん。それなら、やってみる!」


 練習場になりそうなのは河原、それか大山の家の広い畑だ。恐らく河原を使うだろう。おっちゃんの店から近いし、人も近寄らない。


 「よっし!オレたちにもやっと華がある女ライダーが友達になったぞおおおお!レイちゃんが免許取ったら京都旅行だあああああ!」

 「うわ!びっくりした!」

 

 いきなり大声を出す大作に大山が驚き、零が体をびくりと震わせた。

 

 「旅行には賛成だけど初心者ライダーに京都まで行かせるのか」

 「京都旅行……行きたい!私頑張って免許取るよ!」


 本人は乗り気だ。超乗り気だ。これは絶対、京都に辿り着いた時に体の重さを知って後悔するタイプだ。


 「そんじゃ俺もバイク直さないとな」

 「でも泊まりなのにタケちゃん一人で大丈夫かな。僕たちには話しにくい事情とかもあると思うんだけど」

 「あ……女っ子一人だと困ることとかありそうだな」

 「オレは困らない!オレにどんどん相談してくれて構わないぜ!なんなら夜の相談相手だって……」

 「お前じゃなくて零が困るんだよ」


 困ると言う動詞が辞書になさそうな大作のことはどうでもいい。

 ポテチを噛み砕きながら誘えそうなメンバーを頭の中に並べる。

 ……並べられるほど知り合いが居なかった。

 全員共通の知り合いだと姉貴だろう。大大コンビもあのカフェに出入りしてるから知っている。だが、姉貴は頑なに県内から出ようとしない。無理だな。

 

 「もしも初対面で良ければアテがある。後で聞いてみる。大作は喜ぶタイプだ」

 「マジ!?それならオレは頷く以外の選択肢はない!」

 

 なんだかんだ相性は良さそうだ。


 「二人はそれでも大丈夫か?」

 「僕は大丈夫」

 「賢人くんの知り合いなら私も大丈夫だと思う」


 満場一致。一番影響のある零が良ければ問題はないだろう。


 「大まかな予定も決まったことだし……高校生らしい話題に戻しましょうかねぇ……」

 

 大作が品のないニヤけ顔になり、自分の両手をさする。嫌な予感。

 大山とアイコンタクトをしておく。この切り出し方は間違いなく下ネタ。

 

 「エロいこととかって興味あるだろ?ところでオナ——おごっ…!」


 鳩尾に肘をそこそこの威力でぶつけてやった。

 鈍重な音が鳴る。

 痛む箇所を手で支えながら大作の体が後ろに流れ、積み重なったパレットに激突。

 

 「肘は流石に効いたわ……あだっ!?」

 「「「?」」」

 

 その拍子にパレットの上から落下してきた何かが大作の頭部に直撃した。

 大作の痛がり方と音の軽さからしてそこまで重い物ではなさそうだ。

 携帯のライトを使って照らしてみる。そこには片手で持てるくらいの段ボールが転がっていた。

 上部が開き、中が見える。白い粉末状の物が入っている。

 これは……まさか。


 「オレの頭にダイレクトアタックしてきやがって……」

 「触るな!」

 「うお!?なんだよ……いきなり」


 恨みを呟きながら段ボールに触れようとする大作の手が俺の一声で引っ込んだ。

 

 「零、ライトを頼む」

 「う……うん」


 リュックの中からタオルを取り出す。

 そのタオルを手に被せ、タオル越しに段ボールの中の透明な袋を引っ張り出した。

 

 「塩?」

 「馬鹿だな小麦粉だよ小麦粉」

 「いや……多分これは麻薬だ」

 「まやっ……!」


 俺の答えを聞いた零の声は震えているように感じた。

 麻薬と聞いて怖がらない奴は少なくない。冗談とされれば笑われるだろうが、生憎と零は俺の言葉を真剣に取ってくれた。実際、冗談のつもりはない。


 「ケン君?冗談だよね?」

 「確証はない。でも変だろ。もう使われていない倉庫に段ボール。中身は粉末、しかも伝票に精密機器って書かれてるぞ」

 「だな。オレはケントがそんなクソみたいな笑えない冗談を言うとは思えねぇ!多分ほんとだ!」

 「ここ危ないかもな。今日限り出入りを辞めよう」

 

 その日は恐怖感のある最後を迎える。

 かくして、零のバイク個人教習、旅行に行く為のバイク修理が始まった。

 今年の夏は照り返す太陽の輝きを、楽しさの輝きが塗り潰してしまいそうだ。

 



 「と言う訳。ちゃんと聞いてたか?」

 「聞いてたよ。逆にそっちがちゃんと話してないように見える」


 とある日の夜。俺はマスターのカフェに居る。連日、おっちゃんのところで泊まり込みながらバイク修理をしている疲れでカウンター席で突っ伏したまま近況報告をしていた。

 木葉の言い分には頷ける。同じ状況なら俺も同じことを言う。

 

 「ははは、お疲れだね。これサービスのクリームソーダ」

 「あー、あざす」


 思わず返事が適当になる。やはり疲れを溜めると頭にも体にも毒だ。

 体を起こし、スプーンでアイスを掬い上げる。


 「学校復帰したんだ。ずっとしないかと思ってた」

 「色々あってな。残念ながら零以外の友達は一人だけだ」

 「普通に関わってくれる人が居るだけ運が良いと思わないと」

 「それは言えてる」


 言いながらアイスを口に含む。冷たさと甘さと愛しさと切なさが同時に舌を伝わる。後半二つは語感の良さで反射的に出てきてしまったので深い意味はない。残り一つがあるとしたら心強さだろうか。

 感想はどうあれ疲れた体に染み渡るのは確かだ。


 「それで賢人は旅行の為に必死にバイクを直していると。道理で油臭い」

 「しょうがないだろ」

 「道理で油臭い訳だ」

 「なんで二回言った!?」


 からかっているだけだろうな。基本、声の調子が一定だから冗談とかわかりにくくてドキッとする時がある。

 木葉は俺の質問に答えず、澄まし顔で紅茶を飲んでいる。それだけで様になる。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。まるで気品が服着て歩いているようだ。


 「どうせ木葉も未来は車会社だ。油臭くなるぞ」

 「そうだね」


 そうだね……か。木葉の経営方針が手にとるように分かる。


 「んで?旅行の件はどうすんだ?」


 突然の頼みで、知っているのは俺だけのバイクを使った京都旅行。距離も遠い。高速使って八時間の長旅だ。鈴鹿かよ。

 途中でビジネスホテルとか使わないと体力が辛いだろう。

 断られて当然の頼みだ。

 

 「行くよ。楽しそう」

 「……」

 「何?」

 「二つ返事でオッケーするんだなと思って」

 「久しく旅行してないからね」

 「そう考えると俺と木葉で遊びに行くのも久々だな」

 「小学生以来だよ」


 ヨシ!これで零が紅一点になる問題は解決。後は零が免許を取れば無問題。バイクのオーバーホールもそろそろ終わる。旅行に行ける確率は限りなく高い。

 そうなれば皆んなと旅行が出来る。つまり、零との旅行。

 周りに木葉たちが居ようとその事実は変わらない。それだけで俺の心は風船のように弾み、割れる……割れたらダメか。舞い上がるのだ。

 

 「……アイス溶けるよ」

 「おっと、早く飲まないと」

 「予定決める時は言って。流石に当日初顔合わせも変でしょ。それで、男子組はわたしと相性良さそう?」


 大作と大山が木葉と相性良いかどうかと聞かれれば、分からない。大山は至って普通だから大丈夫だと思う。

 大作はおちゃらけてて美人や可愛い子に目がない。節操もなく、エロい話とセクハラ常習犯。これもまた普通の高校生らしいと言えば高校生らしい。

 そうは言ってもセクハラは俺らが居るところでだけやってる節がある。もしやマゾの気質もあるのだろうか。そこまで行ったらただの変態かもしれない。

 

 「………………まあ木葉なら上手くやれる」

 「嫌な間だね」


 木葉は胡散臭い宗教勧誘を見るような流し目で俺を見る。

 意外と相性悪くなさそうではある。直感だけどな。


 

 それから数日が経ち、オーバーホールは完了。おっちゃんが見て、太鼓判を押して貰ったから安心だ。試運転も問題なかった。

 そして零も。


 「じゃじゃーん!免許取れたー!」

 「ふぅー!レイちゃん最強〜!」

 

 無事に免許を取得した。閉店後のカフェに四人で集まり、零が免許証をこれでもかと言うほど見せびらかす。

 修理の休憩がてら大作と大山による教習を見た時はなんら問題なく俺のバイクを動かせていた。だから運転自体は問題ないと思っていた。

 一番ネックになるのはミスったら終わりの手順。零は簡単に覚えたけど。


 「大作はあんなに梃子摺ったのにな」

 「それを言うな!取れたんだから良いだろ!?」

 「ちなみに零は何が一番難しかった?」

 「うーん……賢人君のバイクのエンジン始動」

 「あ……それはすまん」


 どうせ譲るなら、と俺のバイクで練習させたのをすっかり忘れていた。セルがなく、キックだけしかないバイクだ。

 

 「一回だけパーン!って跳ね返ってくるし……痛かった」

 「うわ……しかもケッチンまで喰らったのか。それは災難だったな。でもあのバイクと付き合ってくなら仕方ない」

 「まあまあ二人共!まずは祝おうよ!免許取得おめでとう!タケちゃん!はいこれ!」


 暗い話を吹き飛ばすように大山が声を張り上げ、リュックを漁り、小さな箱を零に差し出す。

 突然のプレゼントに戸惑いながら受け取る零。


 「開けても?」

 「良いよ」


 零の戸惑いの色を宿す瞳は箱を開ければ歓喜に満ちた明るい色に変わる。

 箱の中身はバイク用のスマホホルダー。


 「これでナビアプリが使える」

 「ありがとう!大山さん!」

 「オレからは……これだ!」


 大山に続いて大作が零に差し出したのはエログッズ……ではなくちゃんとしたバイク用品。結構良いメーカーのライディンググローブ。一万くらいするはずだ。

 基本は黒でブランドマークだけが黄色くなっている。

 

 「ありがとう!………圭介お兄ちゃん!」

 「うぉあああああ!オレ……今日この日まで生きててよかった……」


 閉店時間で他の客が居ないのを良いことに大作が気持ち悪い反応を見せる。

 あの零が引いちゃってるよ。どうしてくれるんだこの空気。

 俺が大作を恨めしく思っていると、甲高い排気音を響かせるバイクが店の外にやってきた。

 この音は……と言わずとも閉店時間に来ている時点で知り合いだ。


 「ごめん、遅れた」

 「別に良いよ。どうせバイトだろ」

 

 カフェに入ってきたのは木葉。ヘルメットと暑さの影響で湿らせた髪が色っぽさを演出し、パンツルックが見た目通りのクールさを引き出している。

 スカート履いてるのなんか中学の制服以外で見たことないが。


 「初めまして。そこの賢人の幼馴染の松田木葉まつだこのは。よろしくね」


 零たちと顔を合わせるや否や木葉は丁寧に挨拶をする。


 「あれ?松田さん?」

 「あぁ、大山君だけは初めましてじゃないね」

 「何!お前こんなに美人と知り合いなのに何故教えなかった!!殺すぞ!」


 案の定木葉に首っ丈になる大作が理不尽に吠える。それはともかく、どうやら木葉と大山は顔見知りらしい。

 

 「前にバイト先で一緒になったことがあるんだよ。その時は松田さんが三日で辞めちゃったけど」

 「セクハラ受けたから殴り返して辞めたの。警察には言わないでくれって泣き付かれたよ」

 

 結構驚くことを暴露しながら俺たちの見える位置のカウンター席に座る。

 バイト先で知り合ったのか。木葉が転々としてるのもあるだろうが流石田舎と言うべきだろう。世間は狭い。

 

 「俺たちに言って良いのか?」

 「警察には言ってないからね」

 

 そう言うと思った。

 それから木葉と零たち初対面組が軽く挨拶を交わした。


 「んじゃあ、気を取り直して。俺からはライディングウェアを」

 

 俺が零の為に用意していたプレゼントは白がメインカラーの夏用ライディングウェア。バイクに乗るのならライディングウェアは安全性から見ても必須だ。

 嬉しいのか零の表情が一気に骨抜きになる。

 

 「ケント本当に好きだよなそのブランド。なんだっけ玉子ってあだ名のライダーが作ったブランドだっけ?」

 「玉子なんてあだ名のGPライダーが居てたまるか。王子だ王子」


 個人的に好きと言うのが一番の理由だが、現役時代に転ばなかったり、転んでも大怪我しなかったからその験担ぎのようなものだ。

 

 「良し!じゃあ早速旅行の予定を決めてくぞー!」


 零へのお祝いもひと段落し、メインディッシュとばかりに大作が白い歯を見せながらテンションを上げる。

 今日集まった最大の理由は旅行の予定決め。

 俺は京都にバイクで行く上で聞いておきたいことがあった。


 「まさか京都まで一日で行くのか?」

 「ん?オレはそのつもりだけど?」

 「僕も」


 馬鹿なのかこいつら。高速使って八時間の距離……絶対キツいと思うんだが。


 「俺は良いけど零は大丈夫か?八時間だぞ?」

 「私は多分行けると思う!」

 

 喜びに頭を支配された零が根拠のない自信を声にする。

 俺は無言でカウンター席の木葉を見た。紅茶を飲みながら知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。

 途中休憩挟むのを考えたら大体半日掛かってもおかしくない。 

 いや、初見ならほぼ確実に半日掛かると思う。

 ……普通に考えて初心者が走る距離じゃない。でも、三人が良いと言うなら何も言うまい。

 免許取り立てでも高速が乗れるようになってて本当にラッキーだ。


 「次は?」

 「次は宿泊場所だ!」

 

 俺が促すと大作が先導するように話を進めてくれる。

 どうせなら良いところに泊まりたい。

 

 「でも高校生だけで泊まれる宿ってあるのかな?」

 「「……」」


 零の一言に大大コンビの動きが止まった。

 親の同意があれば行けるみたいな話は聞いたことがある。だが、それだと俺と零の親の了承は得られない。


 「男女混合だしな」

 「うわあああああ!まさか、オレたちの計画!ここで頓挫か!?いや、まだだ!ケントとコノハ様を大人として連れて行けば……」

 「コノハ様……?」


 大作の呼び方に不機嫌さを顔に出す木葉。大作は気付いていない。


 「俺たちの身長がデカいからって良いように使おうとするな。無理だろ」

 「それならわたしがどうにか出来るかも。ちょっと待って」


 木葉は徐に携帯を取り出し、電話を掛ける。俺も含めて全員が離れて電話をする木葉を凝視するが、話の内容までは聞こえてこない。

 電話が終わった瞬間に俺たちは元の位置にパッと戻る。

 別に悪いことしてる訳じゃないのに。


 「はい、宿取れたよ。ここ」


 木葉の携帯の画面に映し出された旅館を見た大作と大山は。


 「「はぁ!?」」


 綺麗にハモった。


 「ここって結構な高級旅館じゃ……」

 

 あの零ですら知っているくらい有名な場所らしい。


 「流石。祖父さんの伝手か」

 「ま、そう言うこと。これならわたしたちだけでも平気」

 

 やはり木葉を誘っておいて正解だった。俺たちにはこんな芸当出来ない。

 

 「ほら、何時までお口あんぐりしてるつもりだ。さっさと見たい場所決めようぜ」

 「そんなこと言ったって……」

 「それもそうだな」

 「大作くん切り替え早っ…」

 

 話も長くなりそうなので俺は四人席を立ち、珈琲カップを持って木葉の隣に座る。


 「俺は千本鳥居見られれば良いから他は任せる」

 「わたしも皆んなに任せる。文句は言わないから安心して」

 「まじで良いのか?変な場所に行くかも知れねぇぞ!?」

 「その時は私が止める」「それは僕が止める」

 「ほら、安心だ」


 あっという間に三人がスマホを見ながら談合を白熱させる。

 あーだこーだと言い合う声がこっちにまで聞こえてくる。特に零はがんがんマシンガンのように意見をぶつけていた。

 あの大作が押されるとは恐れ入った。


 「へーーーーー」


 三人を眺めている横で木葉が思わせぶりな反応をする。


 「なんだよ?」

 「良い出会いをしたと思っただけ」

 「なんだそりゃ」

 「何はともあれ、きっと楽しい旅行になる」

 「当たり前だ」


 高校生だけで行く旅行が楽しくない筈がない。大人に縛られず自由に時間を使えるのだから。

 

 ——旅行まで割と余裕を持って計画を練ったつもりだったのだが、楽しみだったからか意外にもその日がやってくるのは早く感じた。

 これから俺たちの楽しい楽しい旅が始まる。

 絶対に忘れられない最高の旅が。

 

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