第9話「高校生ライダーズ」
「とまあ、そんな感じだった」
「あーはっははははははは!嬢ちゃんマジでそれやったの!?最高!おもしれぇえええええ!アタシも見たかったな!」
「京極君、勤務中だよ」
「良いじゃん、客もガキンチョたちしか居ないんだし」
零が思いっ切りやり返したあの日から数日が経ち、俺と零は終業式の帰りにマスターのところへやってきた。
カウンター席に二人で座り、ランチが出来上がるのを待ちながら話している。
「怒られたのか?」
俺たちの注文を全てマスターに丸投げした姉貴が零に聞く。
姉貴の過去を聞いている零は言いにくそうに人差し指で頬を撫でながら言った。
「それが……ほぼ怒られなかったんですよ」
元々学校を休んでいた理由がそれだった為、厳重注意で終わったらしい。北条たちも停学とかにはならなかったが、今のところ零にちょっかいを出さなくなった。
「まあ二日ほど他の皆んなにも距離置かれちゃったけどね」
「直ぐ元通りになっただけマシだろ。俺なんか山野しかまともに声掛けてくれないぜ?」
あの日から俺は学校に復帰した。
席が後ろなこともあり、山野は積極的に話してくれる。他の男子はと言えば、零と親しげにしているのを目の敵にされている。
特に川崎は全力の拒否オーラだ。仲良くなる気もないから気にしてはいない。
それを聞いた姉貴はひょっとこみたいな顔になった。驚いているのだろうか。
「ガキンチョ、学校行ってんのか?」
「中途半端のままにしておくのが嫌でな」
「良い心掛けだ。姉ちゃん嬉しいぞぉ……」
「誰が姉だ。やめろ!泣く振りしながら近付いてくんな!」
出ていない涙を拭いながら近寄ってくる姉貴を押し戻す。力が強いのに無駄に本気でやってくるのが腹立たしい。
俺と姉貴の下らないやり取りを見て零が笑い、マスターもニコニコしながらランチを運んできた。
そのランチを食べながら思う。
今までは一人で楽しむことが多かった。
だが、最近は零と一緒に賑やかに色々やるのが楽しくて楽しくてしょうがない。
大大コンビと同じか……それ以上に楽しい零と過ごす時間。
あぁ、そうか、きっとこれが恋だ。
俺は零が——
昼食を終えた後、俺は行く場所があった。
それを零に告げると、面白そうだから行くと言うので連れて行くことにした。
バイクを押し、その横を零が歩く。
「賢人くんが学校行ってなかった理由聞いていい?」
歩いている途中、零がそんなことを聞いてきた。
学校に行ってなかった理由は話して面白いような理由じゃない。
「ざっくり言うと俺は勉強が嫌いなんだ」
「全国トップなのに!?」
俺の成績を知っている奴に勉強が嫌いだと言って「嫌味かよ」と言わないのはこれで四人目だ。
木葉、大作、大山、そして零。
「零と一緒だよ。俺も親父に医者になるべきだとかそうするべきだと言われて小さい頃から勉強漬けの毎日だった。今じゃあ大学の勉強まで頭に入ってる」
「大学まで……それじゃあ高校のテストなんか余裕だよね」
「生まれ付き記憶力が良かったおかげで多少時間も作れて、幼馴染とか家族とも遊んでたんだけど……中学の時に一気に嫌いになった」
とある事件がきっかけで親父の発言一つ一つが疑わしくなってきて、怖くなった。
「親父が怖くて勉強辞めることも出来ず、精神擦り減らしながら……あの時は荒れてた」
その頃、湧き出る感情にどうしようもなくなり、夜に町を出歩いては売られた喧嘩を大人買いしていた。家に居ない親が探しに来るはずもなく、怪我だらけの俺を木葉が探しに来る。それが流れだった。
木葉は決まって俺に言うのだ。『学校の勉強なんか精神擦り減らしてまでやることじゃないよ。もっと他のことを見たら?』と。
話を聞いて困り眉になった零が恐る恐る尋ねてくる。
「木葉さんと言うのは?」
「社長の地位が確約されてる幼馴染。俺が勉強嫌いになった同時期に両親が病気で死んでんだ」
「……そうなんだ」
話が逸れた。元に戻そう。
「でも俺も人間だからな。ある時、ガタが来てぶっ倒れた。それが去年。授業初日の日だ」
「入学式の翌日……」
「そんで……保健室の神代先生に学校来るなって言われたよ」
神代先生の言葉はもう少し柔らかかったけど意味が通じれば良いだろう。
「神代先生そんなこと言うの!?」
「いや、どちらかと言うと見識を広げろと言われた。そこで取り付けた約束が学年一位と全国一位を取り続けるから出席日数を踏み倒させろってやつ」
それを聞いて零が「あーー」と納得した。俺が神代先生に頼れと言った理由が分かったのだろう。
約束取り付けたと言っても俺じゃなくて先生が勝手に校長に直談判しに行ったんだけども。
「そのおかげで今の俺が居る。あのままだったら俺は勉強廃人まっしぐらだったな」
忘れたい過去でも黒歴史でも何でもないので、笑うことで零を安心させる。
辛気臭い話を聞いて落ち込まれても困る。悲しい顔は見たくない。
と思っていたのに零は笑みを作っていた。
笑っても良いけど、笑うような話だったかと言われるとそうでもない。
「何で笑ってんだよ」
「話を聞いてたら。今、賢人くんが楽しそうなのが嬉しくなってきちゃった」
「なんだそりゃ、親かお前は」
「えへへ。ところで賢人くんはやりたいこととかあるの?医者になる気はないんだよね?」
「あるぞ」
医者なんか御免だ。そもそも大学で興味のない勉強なんかしたくない。
話の流れも丁度良い。俺は将来のことを言いながらとある提案をしようと思った。
「俺はバイク屋になる。今から行くところもバイク屋で、そこのおっちゃんが就職しても良いって言うから。でも一応工業系の大学行くかは迷い中だな」
「へぇ……良いね!応援するよ!」
「そこで提案なんだけど」
「なぁに?」
提案を切り出すと零が首を傾けて問い返す。
その爆発的な可愛さに乱されないよう深呼吸。
緊張するようなことじゃないのにすっげぇ緊張する。
「零はバイク、乗る気ないか?」
俺はこれからも零と関係を続けたい。あわよくば深い関係にもなりたいと思っている。願い通りにそうなった時、零がバイクを持っていないのは移動する上で途轍もなく不便だ。タンデムも魅力的だが、やはりバイク好きとしてツーリングがしたい。
最低限、バイク人口が増えてくれるだけでも俺は嬉しい。
突然の提案に呆気に取られる零。反応が良いとは言えない。
「バイク……危なくない?」
「危ないに決まってるだろ。ヘルメット以外はほぼ剥き出しで車と同じスピードが出んだぞ」
車でもバイクでも事故れば死ぬ時は死ぬ。バイクは確率が高めだ。
それに夏は暑いし冬は寒い。
だが、自分の力で何処にでも行ける。俺たち高校生にとっては車に代わる便利な乗り物だ。
後かっこいい!車にはないかっこよさがある!
「それに私は……悪いイメージしかない。夜うるさくしたり、迷惑運転したり」
「ちょっと待て。それは乗ってる奴が悪いだろ。零は刺傷事件が起きたら包丁が悪いとでも言うつもりか?」
「あ、確かに。それもそっか」
零は例え話にパッと理解を示してくれる。正直、頭が良いと助かる。
結局、便利な物を悪く使うのも良く使うのも人間だ。
最近だと車、バイクがうるさいと言うクレームが純正マフラーでもあるが……そもそもあんなスピードで走る鉄の塊が音もなく走ってたら危ないだろう。
「でも校則違反だ。バレたらどうなるか分からねぇから乗りたい時はそうだな……事故った時の言い訳くらいは考えとかないとな」
どれだけ俺らが気を付けてても事故はある。事故とはそう言うものだ。
チャリンコでコケましたとか風呂で転びましたとか、理由はなんでも良い。誤魔化せるかどうかは別として。
前を向けば零の表情は視界から外れる。
もう目的地の直ぐ近くまで来ていた。『クールモータース』と書かれた看板が目立つバイク専門店だ。入り口近くの駐車場には見慣れたバイクが二台。
「おーっす。おっちゃん居るー?」
バイクを停め、零と一緒に中に入ると作業服を着たおっちゃんと大大コンビがカップ麺を景気良く啜っていた。
営業中じゃないのか……姉貴みたいだな。
「おい山葉、俺はまだ二十八だ。おっちゃん言うな……ってお前珍しいの連れてんな」
恒例行事と化した呼び名への反論。今日はそれよりも新顔に目が行ったらしい。
「初めまして。賢人くんの友達の福武零です」
俺が来ただけだと思ってこっちに見向きもしなかった大大コンビが聞き慣れぬ声を聞き、凄い勢いで零を見た。
大作はカップ麺を置き、目にも止まらぬ速さで零に近付く。
「どうもお初にお鼻にかかります。オレは
光の速さで初対面の零にセクハラをかます大作の頭を叩く。拳で。
「セクハラやめい。後、鼻じゃなくて目な。零も叩いて良いぞ」
「う…うん。遠慮しとこうかな……」
零は両腕で胸を隠すようにして、顔を赤くしている。なんかエロい。
「お前には叩く名目でも触りたくないらしいぞ」
「えぇー、オレは叩いて欲しかったなぁ。可愛い子に足蹴にされるとか普通にご褒美だもんな。後オレは触りたいぞ……ぐへへ」
二度目は俺と大山の二人に殴られた。
「ケント……おまっ……鼻はヤバいって……」
知るか。お前が無駄に避けようとするから位置がズレたんだ。
痛みに悶絶する大作を捨て置き、大山が挨拶をする。
「僕は
「そうなんだ。よろしくね、えーっと……大山さん」
「うっ!破壊力が凄い!」
「どうしたの!?」
胸を押さえて悶える大山を零が心配する。
「気にするな。零相手なら誰でもそうなる」
「確かに似たような反応はされたことあるけど」
あるのか。クラスの奴らがそんな反応してると思うと恐ろしい。おぞましい。
幼馴染の似通った雰囲気にげんなりしていると、タバコを咥えたおっちゃんが資料を渡してきた。
「お目当ての単車仕入れたぞ。故障箇所はここに書いといた。工具は好きに使って良いぞ」
「マジで!?やるやる!」
「その間、零ちゃんって言ったか?俺と話さないか」
おっちゃんが零と話す……?
「無精髭生やしたオールバックのおっちゃんが……」
「……華のセブンティーンJKとお話」
「これもう犯罪だろ……」
「お前らなぁ……!舐めたこと言ってると出禁にすんぞ!誰が気色悪いロリコン店長だ!」
「そこまで言ってないと思いますよ!?」
「まずい、逃げるぞ!」
俺は資料を手に取り、大大コンビと一緒に店の奥に。その途中で制服を脱ぎ捨て椅子に引っ掛けておく。制服の下はいつも運動用のシャツを着ているからこれで汚れても大丈夫だ。
ただでさえ少ない田舎のバイクショップ。ここを出禁にされたら困る。
店の奥の作業場には二灯のスーパースポーツが置かれていた。俺の新しいバイクだ。
見た目は綺麗だがどうやら中身がボロボロらしいので大作たちに手伝って貰いながら修理を開始する。結構酷い。もっと大事に乗れと思う。
整備している場所からも零がおっちゃんと話しているのが見えた。
「あれが前に言ってた河原の女の子か?」
「そう」
「彼女か?」
「違う」
「でも今見てたよね」
否定するとニヤけながら大山が言った。
「そりゃあもう性欲にまみれた熱い視線を送ってたな。視姦……待った!冗談だ!モンキーレンチはヤバい!死ぬ死ぬ死ぬ!」
「ジョーダン?そんな奴は俺の知り合いには居ない!」
「せめてスパナにしない?」
「じゃあ大山、一番デカいやつ取ってくれ」
「それレンチと変わらねぇじゃんか!?てかスパナでも死ぬわ!」
俺たち三人が集中力を保っていられるはずもなく、こうして脱線する。自然とバイクの修理時間は伸びる。
早く乗りたいのに。もしかすると俺一人の方が早いんじゃないのか?
「あれ?タケちゃん来たよ?」
「ん?」
一旦作業を止める。
作業場に来た零は両手に余る大きなヘルメットを手にしていた。イタリアメーカーから売り出されている海外のGPライダーモデル。イエローカラーが印象的だ。
「貰っちゃった!」
「はぁ!?ヘルメットを!?」
「友達がバイク乗ってるのにヘルメットないのは不便だろうって」
「よっし!じゃあバイク整備は切り上げだ。ケント!レイちゃん連れてあそこ行こうぜ!」
あそことは溜まり場にしている倉庫のことだろう。今日は元々行く予定だったのだが、修理の進捗が微妙だからもうちょっとやりたい。
「お前が喋りたいだけだろ」
「当たり前だろ」
「僕も疲れたから行きたい」
「正直な奴らだ。じゃあ行くか」
二人がそう言うのなら引き上げよう。零もずっと待ちぼうけでは暇だろう。
修理はまた今度だ。
「レイちゃんオレの後ろ乗ってもいいぜ?」
「賢人くん、お願い」
「振られたわ……」
「初対面の人のバイクに乗りたいとは思わないでしょ」
大山の意見には全面的に同意する。
「でも私、制服でバイク乗って大丈夫かな」
「ヘーキヘーキ。オレらだって許可されてるの原付だけなのに無視して乗ってっけど今んところバレてねぇから!」
俺たちが持ってる免許は原付じゃなく中型免許。高速が使えるし、一年経てば二人乗りも可能だ。
「嫌なら制服脱いで乗るか?」
「お、なんだそれ、オレも興味あるな!」
「……!」
大作が詰め寄ると零は顔を赤くして、俺と大作の頭を掌で叩いた。
冗談のつもりだったのに。
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