第6話「初めての〇〇」


 翌日、土曜日。

 親の目を欺く必要がなく、制服を着ずに外に出られる素晴らしい休みの日。

 しかし、平日とやることが変わるのかと言えば特にそんなことはない。一人でのんびりするか、大大コンビと遊ぶか。

 基本そんな感じだが、今日は違った。


 「あ!こっちこっちー!」

 

 ショッピングモール『バスコ』の入り口の前で福武が手を振りながら自分の存在を主張していた。

 半袖のTシャツに短めのスカート。シンプルな格好が逆に元の見た目の良さを強く引き立てている。

 

 「安心したわ」

 「何が?」

 「普通を知らな過ぎて派手な小学生みたいな服で来るのかと」

 「来ないよ!?」

 

 服のセンスはしっかり養われていたようだ。前に大山が髑髏の服着てきた時は大作と大笑いしたっけ。

 

 「さて、じゃあ行くか。暑いし」

 「だね。行こ行こ!」


 わざわざ外で話さなくても中に入れば涼しい世界がある。歩きながらでも会話は余裕だ。

 先に俺が歩き出せばスキップしそうな勢いで福武がひょこひょこ付いてくる。

 横に並んで、改めて思う。

 福武は可愛い。

 顔が良いのは勿論のこと。制服では分からなかった特徴が私服になったからか多少分かりやすい。

 低身長でちっこいのに上半身の一部分がシャツを押し上げている。だからと言ってデカ過ぎる訳でもなく、単純にスタイルのバランスが良い。

 顔が良い、スタイルが良い、性格が良い、勉強も出来る。なんだこれ?天は二物を与えずなんて全く信用ならないじゃないか。

 男に確約されてるのはイチモツくらいだと言うのに。

 羨ましいと思いつつ福武を見ていると目が合った。

 

 「なんだか不良さん、楽しそう」

 「そうか?」

 

 つい最近、大山にも言われた。今まであまり言われたことはないのだが。


 「表情が明るいって言うのかな?ぴかぴかしてる」

 

 なんだぴかぴかしてるって……福武にそんな意思がないのは分かるが、脂が多いみたいで嫌な言われ方だ。

 

 「表情の明るさなら福武も相当だ」

 「そう?」

 「やること成すこと全部が楽しそうで眩しい。サングラスが欲しくなる」

 「そっか。そんな感じなんだぁ」

 

 失くしていた大事なものを見つけた時のような反応。意外と言われ慣れているのかと思っていたのだが、違うらしい。

 さては学校の男たち、下心を隠そうとしているな?

 

 「もしかすると不良さんが楽しそうだからかも」

 「俺が?」


 ちょっと食い気味に聞き返してしまった。


 「不良さんに限ったことじゃないけれど、やっぱり一緒に居る人が笑顔だとこっちも楽しくなってきちゃうんだぁ」


 見たまんまの感性を持ち合わせている。その分、周りが不幸に見舞われてる時は苦労しそうだ。

 

 「それにしても……」

 「……?」


 ここまで歩いて気になることがあった。

 周りの視線だ。

 休日なのも合間って午前中から人が多く、主に男の視線が福武に集まっている。やはり福武の容姿は目を引く。

 幾ら福武が目的だとしても俺にも視線が集まるのは嫌な感じだ。目立ちたくない。

 これだけ見られて福武本人は気付いていないのは才能だろう。


 「あっ!そうそう」


 突然、何かを思い出したように福武が話を切り出す。

 

 「不良さん今日もバイクだったよね?長袖……と言うかジャケット着てなかった?暑くないの?」

 

 どうやら駐車場に来るところを見られていたようだ。今は半袖に長ズボンだが、確かにバイクを降りるまではジャケットを着てた。


 「あれで暑くないように見えるなら福武の頭は暑さで壊れてる」

 「そうだよね」

 「そうだ、お前の頭は壊れてる」

 「そっちに頷いたんじゃないよ!?暑い方だよ暑い方!」

 

 そっちか。てっきり自分の頭が壊れているのを素直に認めたのかと思った。壊れてるのは母親だけか。

 福武が知りたいのは俺がジャケットを着てた理由だろう。

 隠すようなことでもないので素直に答える。

 

 「相当な近場じゃない限り半袖でバイクとか乗らないんだよ。危ないからな」

 

 尤も半ズボンは嫌いだから基本履かない。短パンを履くのは運動する時だけだ。

 

 「じゃあジャケットは?鞄とか持ってないけど」

 「バイクのシートに置いてきた」

 「えっ!?大丈夫なの!?」

 

 大丈夫かどうかは帰りにならないと分からないけど、あれは別にブランド品でも高級品でもない。

 それに。


 「こんな暑い日に上着を盗む馬鹿は居ないだろ」

 「うん?まあ確かにそう言われるとそんな気がしてきたような……してこないような……」

 「ほら、着いたぞ」


 福武が頭を悩ませている間に目的地にやってきた。映画館だ。

 建物内は基本白いのにここだけ内装が黒いから別の空間なのではないかと思っていた時期があった。

 さて、これからどうするか。

 ポップコーン売り場には案の定、砂糖に群がる蟻のような大行列。

 チケット販売機はそこそこ。直ぐに辿り着けそうだ。


 「はぁ……!ここが映画館!初めて入る!」

 「何見るんだ?」

 「おすすめとかある?」

 「は?」

 「え?」


 ………。

 

 「はっ?」

 「えっ?」


 俺とイントネーションを真似てどうする。コントじゃないんだぞ。


 「私おかしいこと言った?」

 「福武が映画見たいって言ったんだぞ?普通決めておくもんだろ?」

 「でも全然分かんない」

 「じゃあそこら辺のポスター見るか、タイトル見るかして決めてくれ。折角の初映画を他人に決められたくないだろ」

 

 福武は映画館の入り口にあるポスターや上映スケジュールの紙を見ながら首を傾げる。知識なしで考えることはあるのだろうか。

 絵が好きならアニメでも良さそうと思い、上映スケジュールを覗く。

 あぁ……地上波の続きしかないのか。じゃあ駄目だ。

 

 「これ、面白そう」

 「ん?」


 福武が指差したタイトルは海外映画だった。俺も気になっていた作品だ。

 どうでもいい映画なら福武を放ったらかして他の店を回ろうかと思っていた。だが、これならご一緒させて貰おう。

 

 「海外映画だぞ?」

 「タイトルに動物入ってるからきっと可愛いよ!」


 拳を握り締め、ガッツポーズで自分の直感を確信するような動きを見せる福武。

 予告映像を見ているのでそんな微笑ましい映画じゃないことは知っているが……言うべきだろうか。

 ちらりと福武の顔を伺う。初めての映画を決め、お披露目を今か今かと待ち侘びている様子。心が躍り出しているのが見て取れる。

 これは言わぬが花と言うやつだ。決して肩透かしを喰らった福武の反応が見たいとか、そんな企みは全くない。

 それに福武なら恐らく肩透かしを喰らっても純粋に楽しむだろう。

 となれば次は。 


 「チケットの買い方は……」

  

 そう言うとわちゃわちゃしていた福武が止まり、無言で目を合わせてくる。


 「分からないんだな。だろうと思ったよ」

 「お願いします」

 「こっちだ」


 見る映画も決まり、丁度空いていた券売機に場所を移す。個人的には券売機より人で受付をする方が好きだった。

 

 「画面の指示通りにやれば大丈夫」

 「えーっと、こうかな?」


 福武は画面を見ながら恐る恐る手を進める。タイトル、時間、年齢、と順番に画面を進め、席を決める工程。

 すっかすかでほぼ貸切状態。


 「不良さんは何処にするの?」

 「俺は……ここかな」


 二枚一緒に買うようにしたので、俺は丁度スクリーンの中心に来る後方の席を先に選んだ。

 

 「それなら私はここ」

 「わざわざそこかよ」


 福武が選んだのは俺の隣。

 

 「折角来たんだから一緒に見ようよ」 

 「良いけどさ」


 映画によっては一緒に見なかったぞ。とは言うまい。

 二人分のチケットを買った後、福武が目を光らせたのはポップコーン。


 「ポップコーン食べよ。ポップコーン」

 

 俺の目が変でなければ中学生を主に未だ行列が続いている。


 「あっ、今露骨に嫌な顔した」

 「ポップコーンは好きだけどあの行列は面倒臭い」

 「でも上映時間まであと三十分もある!間に合う!」

 「結局待つなら時間を有効活用しろと?」

 「うんうん!」


 言いながら福武は列に加わった。拒否権はないらしい。

 間に合わなかったら困るとは思わないのか。まあどうせ上映時間を過ぎても長ったらしい新作予告リレーが始まるだけだから『映画』にさえ間に合えば良いのだが。

 大人しく福武の横に立ち、列が進むのを待つ。

 カウンターの上部には大きく注目商品が掲げられ、メニューも大体見られる。

 

 「福武は何を頼むんだ?」

 「それはもちろん塩味ポップコーンとコーラだよ」

 「んじゃ安いしペアセットにしようぜ。俺はジンジャーエールで。注文は任せた。金は渡す」

 

 注文時にごちゃごちゃやるのも面倒だから先に金を渡そうとすると福武に止められた。


 「ここ数日で一杯お世話になってるから私が出すよ」

 「現在進行形でな」

 「うぅ……それはごめん」

 「まあ気にすんな。嫌だったら最初に断ってる」


 実際は子守りに近いこれも可愛い女子とデートしてると思えば役得だ。

 俯く福武の肩を叩く。

 

 「ほれ、注文は任せたぞ」

 

 福武はコミュニケーションが苦手ではなく、注文は滞りなく進んだ。

 ポップコーンと飲み物を受け取った後はまるで示し合わせたかのようにスクリーンへの入場が許可されるアナウンスが響く。

 映画が始まるまでの数分は長く、福武も浮ついた気持ちを抑えられずにふわふわ浮かんでいた。

 しかし、本編が始まるのと同時に大迫力の音響と映像に引き込まれ、福武を浮かび上がらせていた風船は割れる。

 俺たちはそれから二時間弱、虚構の世界に溺れるのだった。



 エンドロールが終わる頃、観客は既に俺たちしか残されていなかった。最近はエンドロールまで見ない人が多い。

 特にそう言った人たちを否定する気はないが、騒がしいの腹が立つ。黙ってさっさと出て行け邪魔するな。

 気付かぬ内にジュースも飲み干し、ポップコーンも空っぽ。

 俺は劇場内の明かりが灯るのを確認してから席を立つ。

 

 「福武、行く……ぞ?」

 

 隣の福武に声を掛けようとしたところで異変に気付く。

 福武は泣いていた。真っ直ぐスクリーンを見つめる目から頬に向かって水滴が伝っている。

 確かに感動する人が居てもおかしくない映画だったが、様子が変だ。

  

 「おい、大丈夫か?」

 「うん……大丈夫。ただ」

 「ただ?」

 「映画はこんなに面白いものだったんだなぁ……って。映画の内容もそうだけど感動しちゃった。ほら——」

 「感想会は昼飯食いながらな。出るぞ」


 この歳になっての初映画だ。

 感動するのは分かる。

 誰かとその感動を共有したいのも分かる。

 だが、ここでそんなことをしていたら何時までも出られなくなってしまう。


 「そんなに急ぐな。話ならゆっくり聞いてやるからよ」

 「うん。ありがとう」


 福武は感動の涙を拭った。

 映画館を出た俺たちが次に向かうのは食事が出来る場所だ。正午を過ぎて、腹が減った。流石のポップコーンにも腹を満たすパワーはない。

 バスコはショッピングモールだ。当然、食べ物屋も沢山ある。ただ、あり過ぎる。

 大大コンビと来る時はすんなり決まらないことが多い。大作がゴネるから。

 

 「何食べる?」

 「なんでも良いよ」

 

 相変わらず福武は自主性がない。人生初が溢れているはずなのに何故そこまで人任せにするのか理解出来ない。

 斯く言う俺も基本なんでも良い人間だから困る。


 「なんでもの中から選べ」

 「え……えー……その、うーん……ハンバーガーとか?」

 

 またもや様子が変な福武。歩く速度が落ち、モジモジしている。

 ……言えよ。そんな恥ずかしいことじゃないだろうに。

 などと思いながら俺もトイレに行きたかった。男女差か個人差か知らないが、福武が恥ずかしいのなら俺が言おう。


 「俺、トイレ行ってくるわ。ちょっと待っててくれ」

 

 福武の返事を待たずにトイレへ小走りで向かう。

 置いていかれた福武も多分トイレに行って俺より早く帰ってこようとするのだろう。トイレくらいゆっくりすれば良いのに。 

 そんなことを考えながら男子トイレに入る。設置数が多いはずの小さな便器の軍勢は全員手が埋まっていた。これが休日の嫌いなところだ。

 俺はのんびり空きを待ち、用を足した。

 手を洗い、外に出るとトイレまでの長い通路がある。匂い対策なのだろうか。

 福武も戻ってきてるかな。ん?

 トイレに向かう通路の入り口にガラの悪そうな金髪男が見えた。ネックレスやピアスをじゃらじゃら装備している。かしこさのステータスは低そうだ。

 

 「ねぇねぇ君可愛いねぇ。オレたちと一緒に遊ばね?」

 

 今時ナンパとは珍しい。面倒なことに巻き込まれるのは御免だ。さっさと福武を引っ張ってフードコートに行こう。

 そう思いながら足を進めるとあることに気付く。

 ガラの悪いガラガラヘビ野郎に絡まれているのは福武だった。

 顔が良いのも良いこと尽くめじゃないのか。

 福武は困りながらも対処法が分からず「えーっと…その……」とか意味のない相槌を繰り返している。

 金髪野郎とは別に取り巻きみたいなのがもう一人。

 二人くらいならなんとかなるだろうけど……こんな真っ昼間にこんな人目の多いところでおっ始めるのは嫌だ。

 俺は福武が上手く合わせてくれることを願い、割り込んだ。


 「悪い、待たせたな。なんだこいつら?零の知り合いか?」

 

 福武は心底驚いたらしく、大きく見開いた目で俺を凝視する。諸々の説明はするから今はなんとか合わせて欲しいと必死にアイコンタクト。多分伝わってない。


 「なんだお前。邪魔すんなよ」


 邪魔してんのはお前だろうがプリンみてぇな頭しやがって。

 殴りたい衝動を抑え、福武の手を握る。小さくて柔らかい手。懐かしい感触。


 「行くぞ」

 「うわわっ」

 

 ちょっと強引にナンパ野郎の檻から福武を引っ張り出す。後ろからは「見せびらかしてんのかよクソっ!」などと罵倒が聞こえる。福武が彼女なら見せびらかしそうな奴が何を偉そうに言っているのだろう。

 そもそも見せびらかしていない。お前らが勝手に見てるだけだ。

 手を繋いだまましばらく歩く。振り解かれても仕方ないと思っていたのだが、逆に福武は握り返してきた。

 そんなに怖かったのか。でもここまで来れば大丈夫だろう。

 俺はパッと手を開く。それで手の接着剤がすんなりと離れるかと思いきや。


 「福武?手はもう離して良いぞ?」

 「ごっ、ごめん。つい……」

 「フードコート行くか」

 「うん……」


 手を繋ぐのが相当恥ずかしかったのか福武は耳まで真っ赤にして、目を逸らす。

 うん……いや、突然だったのは悪いと思ってるけどそんな過度に意識しないで欲しい。そうされるとこっちまで恥ずかしくなってくる。

 視認出来ない雰囲気の壁が俺と福武の間に急ピッチで建設される。どうしてくれるんだこの空気。


 「私の名前……知ってたの?」


 右手を頭に乗っけて考えていると福武が言った。

 

 「河原で会うまで顔は知らなかった。名前だけだ」

 「名前だけ……」

 「一応俺は同じ学校だからな?名前の一つや二つ知っててもおかしくないだろ」

 

 学校行ってないから顔は知らなかった。本当に名前だけだった。

 

 「なら名前で呼んでくれないかな。苗字より名前の方が好きなんだ」

 

 本人が言うのならこちらも拒否をする理由はない。と呼ぶよりと呼んだ方が文字数が少なくて良い。

 

 「ちょっと呼んでみてくれない?」

 「今?」


 なんで今?特に言うこともないのに名前を呼べとはこれ如何に。

 余りにも自分の名前を好み過ぎではないだろうか。別に良いけど。


 「ハンバーガー食べるんだろ?行くぞ、零」

 「うん!行こう!」


 零は大きく頷いて俺の隣から前に飛び出し、まだ体験していない『初めて』を求めて歩き出した。ちっこいから離れられると見失ってしまいそうだ。

 だから俺も足を運ぶ速度を上げる。

 零の口から「フードコートって何処?」と言う言葉が出たのは直ぐのことだった。

 

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