第2話「天使か悪魔の囁き」


 注文を終え、ジュースを飲みながら待っているとおばさんがカツ丼と蕎麦をテーブルの上に運んできてくれた。

 

 「お待たせしました。カツ丼と冷たいおろしお蕎麦ね。天ぷらは別皿だから好きなように食べて」

 「「ありがとうございます」」

 「あっ?」「あれ?」


 声が偶然、重なった。

 おばさんの方に向いていた顔が福武に向く。同じく福武もこっちを見てきて目が合った。


 「あらあら、仲が良いのね。お邪魔虫はお暇しようかしら。では、ごゆっくり」


 今日会ったばっかりの福武とそんな仲を疑われてもこちらにはどうすることも出来ない。この手のおばさんは良く居るからはいはいと適当に流すのが吉。

 テーブルの端っこの箱から箸を二膳取り、片方を福武に渡す。


 「ありがとう、不良さん」

 「さて、じゃあ食べるとしよう。いっただきます」

 「頂きます」


 箸を持ちながら言う俺に対して福武はしっかり両手を合わせている。

 だが、それが終われば福武は宝石みたいに目を輝かせながら箸を巧みに使い、ご飯とカツを一緒に持ち上げる。

 ここに誰かを連れてきたの初めてで、つい好きな物を共有出来るのでは?と福武の一口目に目を奪われる。

 卵でとじられたカツ、玉ねぎ、ご飯を同時に口に放り込み、何度か咀嚼し飲み込んだ。


 「んーーーー!美味しい!美味しくて美味しい以外の感想が出てこなくなっちゃう!」

 

 福武は大はしゃぎ。

 表情筋が綻んで浮かび上がった輝かしい満面の笑みはまるで太陽のようだ。しかし、こちらの太陽は暑いどころか俺まで楽しい気分になれる。

 福武は腹が減っていたのか美味し過ぎるのか物凄い速度で箸が進む。

 しかもその一口一口を、見てるこっちが腹減りそうなぐらい美味そうに食べるので蕎麦を食べているのにカツ丼を食べたくなってくる。


 「ところで不良さん。サボると良いことってなんだったの?」

 

 水で口の中を一旦リセットしながら福武が聞いてきた。


 「今のこれだ。福武がサボらなかったらこの店は知らず、一回も来ることなく死んでたんだ」

 「またまたー、飲食店なんて何かのきっかけで来れるよ」

 「じゃあ、福武は大学行く予定はあるか?」

 「……まぁ、あるよ?それがどうかしたの?」

 「県外か?」

 「うん」

 「県外の大学行った奴がこんな辺鄙な場所来ないだろ」

 「でも…別にサボらなくても来れると思うけど…」


 確かに福武の言う通り、ここが普通の飲食店ならサボらなくても休日や夜に来れば良いだけの話だ。

 ここが普通の店ならな。

 

 「この店、夜と休日は飲み屋になるから俺たちみたいなガキンチョは入店出来なくなるんだよ」

 「えっ?そうなの!?」

 「午前授業とかなら来れっけど…まあ福武がサボらなかったら俺に会えず、ここを知らないままだった。もう一回来たいとか思わなかったのか?」

 「それは…確かに他のも食べてみたいなと思った」

 「ならサボって良いことあったじゃん。良かったな」


 投げ捨てるように言って大根おろしと麺つゆを絡ませた海老天を齧る。

 目の前の福武はどうにも俺の言ったことが腑に落ちていない様子。首を傾げては視線を頭上に移動させて考え込んでいる。

 一瞬だけ「確かに…」みたいな顔をしたと思ったら難しい顔に逆戻り。

 サボったと言うと語弊がある。正しくはサボったけど良いことあった、かも知れない。

 今までサボったこともなさそうだし後ろめたさを感じるのは当然か。

 

 「冷めるからさっさと食べな」

 「あっ、うん…」

 

 考えるのに集中して食事を忘れている福武に言うと大人しく箸を進めた。

 固い表情だったのに口にカツ丼を入れたらパッと緩んだ。小動物みたいだなと思った。

 俺と福武が注文した品を平らげると、そこへお盆を持ったおばさんがやってくる。

 ほんのりとお茶の香りが鼻をくすぐった。


 「はい、これお茶ね。急須に入ってるのは全部飲んで良いからね」

 「ありがとうございます」

 「うふふ、良いのよ。いつも頑張ってるものね。お疲れ様」


 おばさんに微笑みかけられた福武は小さな驚きと困惑が混じり合ったような顔でおばさんを見る。

 一体、何をそこまで驚いているのだろう。バイクで元気になったり、話すだけで盛り上がったと思ったら泣きそうになったりと福武の心中は良く分からない。情緒不安定とも違う。

 どうにもこうにも福武が話さない限りは真偽不明だ。

 俺は運ばれてきたお茶を一口啜る。猫舌だから熱いのは苦手だ。

 それなのにあったかいお茶や珈琲は熱くないとあんまり美味しくないのが難儀である。


 「学校が辛いか」

 「……ちょっとだけ。でもどうすれば良いのか分かんない」

 

 顔が良くて、人当たりも良い。更にはテストの点数も良く、こんな短時間で分かるくらい性格が良い。

 と言っても最後のは俺の勝手な感想。実際はとんでもない悪女の可能性も、と思いながら福武の顔を見る。それはなさそうだ。

 そんな福武が学校から逃げ出したくなる理由には大体想像が付く。


 「そりゃ考えるしかないな。立ち向かうか、一旦距離置くか」

 「そうだよね…」

 「サボっちゃえよ。なんか良いことあるかも知れないぞ?今日みたいに」

 

 飲み終わった湯呑みに急須でお茶を淹れる。まだ少し残っていたがついでに福武の湯呑みにも淹れた。

 事情が事情だからそれをサボりとするのか休養とするのかは福武の心持ち次第。そもそも休むと言うのは寝込んどけと同義じゃない。

 

 「出席日数にだけ配慮してどんどんサボれ」

 「それもそれでどうなの……?しかも不良さんに言われるのはなんか変な感じ」

 「なんで俺なのか知らねーけど困った時に誰かに相談出来たのは良いな」


 込み入った相談は友達とかだと意外にしにくかったりする。だから逆に俺みたいな部外者の方が気兼ねなく話せるのかも知れない。

 お茶を飲みながらふと福武の顔を見てみるとさっきおばさんに見せてた嬉しいのか嬉しくないのか良く分からない表情。

 

 「なんだその顔」

 「変な顔になってた!?」

 「変ではねぇけど……」


 ここで可愛い顔だぞと言ったらどんな反応をするのだろう。それを言うと俺も恥ずかしくなるので言わないが。

 慌てた福武は照れ隠しに湯呑みのお茶をぐいっと口に入れて「熱っ!熱っ!」と悶えている。

 馬鹿なのかと笑ってしまう。


 「あー!なんで笑うの!?」

 「そりゃ笑うだろ!熱々のお茶一気飲みして悶えるとか……!はっはっはっは!」

 「冷めてると思ったんだよー!」

 「おばさーん!お会計ー!」

 「はいはーい!」

 「今の流れで無視する!?」


 何を言っているんだ。食べ終わり、ちょっとの食休みをしたら店から出て行くに決まってるだろう。長居しても回転率が下がる。

 閑古鳥が鳴いている昼のこの店にはあまり影響はないが、俺にも予定がある。


 「いつまでも我儘お姫様のお守りをしてられるほど暇じゃないんだよ」

 

 会計を済ませて二人で外に出る。 

 涼しく、快適な箱庭から灼熱の球体に放り出され、全身が暑さを思い出す。

 外の暑さがあるからこそクーラーが輝くのはそうだが…逆もまた然り。涼しさと違って慣れるまで時間が要る。

 暑い暑いと心の中で繰り返しながらバイクに跨り、ヘルメットを手に取る。


 「暇だったら家まで送ってやっても良かったけど残念だったな」

 「そっ、そんなことないよ!私の話も聞いてくれて……ご飯も食べさせて貰ったんだもん。ありがとう」

 「そりゃどーも」


 素直にお礼を受け止めてヘルメットを被る。

 その時、苦悩している福武がかつての自分と重なって見えた。

 一本の道があって周りは真っ白。右も左も分からない世界で無理矢理背中を押されて歩いていたのを思い出す。

 何も知らない俺は従うしかなく目標のゴールにだけ目を向けて歩いていた。道からはみ出そうとすれば背後の神の手がそれを防ごうとしてくるのだ。


 「……保健室」

 「うん…?」

 「保健室の神代かみしろ先生なら凄く頼りになる。困ったら相談してみるのもアリだ…いや、相談しろ」

 

 今まさに困ってる最中じゃないか。


 「後、雨が降ってなければ午前はあの河原にいるからその…なんだ…サボった時の話し相手くらいにはなってやれる」

 「ほんと!?」

 「居ない時は諦めな」

 「ありがとう!その時はお願いね!でもー、ちゃんと学校来なきゃ駄目だよ?」

 

 ………学校か。

 授業受けてもつまらない。友達も別に居ない。俺の心は決まっている。


 「気が向いたら行く」

 「それ絶対行かないやつだよね……?」

 「さぁな」


 俺はバイクのアクセルを開けた。


 

 その日の夜、バイトを終えた俺はもう使われなくなった港の倉庫にやってくる。どでかい扉の中からは数人の話し声が聞こえてきていて、高い位置にある窓からほんのり光が漏れていた。

 バイクから降りるのも面倒臭くてホーンを鳴らす。その音を聞いた中の奴らが扉を開けてくれるのでバイクごと突入する。

 薄暗い倉庫の中には既に二人が居て、バイクも二台停まっている。キャンプ用のランプで光源を確保、椅子やテーブルはコンテナや木の板で代用。

 ここは俺たちの言わば集会所と言う訳だ。何故、コンテナや木で代用しているかと聞かれたら簡単なこと。

 無断で使っているからに他ならない。

 ここへ来るようになってから誰かに見つかったことなど一度もないが、それでももしもの時の為にさっさと逃げ出せるようにしている。


 「バイトお疲れさん。まあ飲め飲め」

 「さんきゅ」


 工業高校に通う大作おおさくがコンテナに座った俺に極上の酒を——渡すはずがなく、ペットボトルのジンジャーエールを差し出す。

 キャップを回すと炭酸が抜ける気持ちの良い音が鳴る。

 ぐいっとボトルを上に向けて喉に流し込む。痺れるような炭酸のビリビリが口内に広がった。


 「ぷはー!さいっこう!」 

 「やっぱ夏はキンキンに冷えた炭酸に限るんだよなぁ!」


 そう言いながら大作はタバコを取り出し、火を付けた。特有の匂いが鼻を貫いてくる。

 大作は典型的な不良だ。当然のように俺たちの前でタバコを吸い、前に酒も何度か飲んだことがあると言っていた。

 正直、俺はタバコも酒もやってみたいとは思わない。

 映画でイケおじが吸っているのを見るだけで十分である。

 しかし、未成年飲酒と喫煙を繰り返す大作もバイクで派手なコールを切る暴走行為や万引きなどの取り返しが付かなそうな悪さはしていない。学校の授業はちゃんと受けてる分、俺よりよっぽど優等生かも知れない。

 

 「はい、お菓子もあるよ」

 

 ポテトチップスの袋を開けたのは大山。園芸科のある高校に通っている大作の幼馴染で、こちらはあの大作とは違い、真面目な模範性だ。

 自分の容姿に無関心過ぎて前髪が目に被さるほど長い。バイクを乗っているのにそれで大丈夫なのかと毎回思う。


 「なんだか大作はご機嫌だな」

 「お?!やっぱ分かっちまうか!オレの体から溢れ出る幸せオーラは隠し切れないもんだなぁ」

 「何言ってんだ。溢れ出てんのはタバコの匂いだけだろ」


 品性の欠片も感じられない豪快なガハハ笑いをする大作。

 タバコ吸ってる奴の匂いは割と分かる。ただ吸ってる瞬間を見られていないだけで学校の先生にはバレているのだろう。

 

 「サック、ついこの前安達さんとツーリング行って来たんだよ」

 「あー、それでこんなご機嫌なのか。大作、安達さん大好きだもんな」


 安達さん。

 誰かと言うと高校を卒業し、就職している大作の先輩…らしい。らしいと言ったのは俺と大山は会ったことがないからだ。

 大作はその安達さんとやらにバイクのことを色々教えて貰ったようで、卒業した後も親交が続いている。

 もしや親交じゃなく信仰か?

 ともあれ、大作がこれほど信頼するのだからイマジナリーフレンドの類ではないはずだ。大作の反応からして、きっと安達さんは良い人だと思う。


 「そんな遠出した訳じゃないんだけどよぉ。二人で走って夕飯まで奢って貰っちまった。あんこう鍋だぞあんこう鍋!」

 「あんこう鍋!?美味かった!?」「美味しかった!?」


 俺と大山が食い気味に聞く。言われた大作は得意げに鼻を高くしながらこちらを見下ろしてくる。

 伸びに伸びた鼻をへし折りたくなるほど腹立たしい顔だ。


 「そりゃもうめちゃくちゃに美味かったぜ!どぶ汁なんて名前の癖に味は最高!しかも先輩の奢りだから美味しさも三倍マシよ!」

 「「良いなぁ…」」

 「安達先輩も元気そうだった。仕事はそこそこ大変だけど別に嫌になる程でもなく…何より自由に金を使えるのが最高って言ってたな。くぅー!オレも早く就職したいぜぇ!」

 

 大作は安達さんと同じ会社に就職を希望している。まだ二年の夏だと言うのに気が早い。でも、本人が幸せそうならそれで良い。

 見てるこっちも不思議と楽しくなってくる。

 

 「それなら僕たちも時間作ってツーリング行こうよ。美味しい物食べたり遊んだりしてさ。きっと楽しいよ」 

 「京都とか行こうぜ京都とか」

 「京都か…良いな。中学の時に行ったけど大して回れなかった記憶あるわ」

 

 古風な街並みに神社やお寺、食べ物、楽しめるモノの数に反して中学の修学旅行では時間と余裕が足りな過ぎた。

 伏見稲荷の千本鳥居トンネルは一度で良いから潜っておきたい。

 まだ決まってもいない未来の予定に想像を膨らませる。やりたいことが多過ぎて膨らみ過ぎた想像の風船は大山の「そうだ」の言葉でパンっと割れ、現実に引き戻された。


 「ケン君はなんだか嬉しそうな顔してたけど良いことでもあった?」

 「俺が?」

 「うん。いつもここへ来た時は僕らと話が盛り上がるまでつまらなそうな顔してるのに今日はヘルメット取った直後から表情が明るかったよ?」


 自分の表情は鏡なんかがなければ分からない。何時、何処でどんな表情だったのかを知るのは周りの人たちだ。ずっと鏡と向き合って生活するのは無理だ。

 そうなると大山の言い分は正しいのだろう。嘘を言うような奴でもない。

 ただ、楽しそうな顔と言われてもその理由は自分にも分からなかった。


 「ははーん、さてはケント……女か?」

 「はぁ!?そんなんじゃねぇよ!」 

 「おやおや、サック。この反応は黒だよ黒!」

 「おいおいおい!もったいぶるなよな!」


 大作がだる絡みしてくるのは分かる。分かる……が、普段はおとなしい大山まで食い気味に身を乗り出してくるのはなんなんだ。

 寧ろこれが健全な男子高校生の生態か。

 恋バナと言うのは小中高と変わらず絶大な支持を得ている。

 俺は他人の恋路に興味はない。恋の行方を問い詰めるような友達も今まで居なかった。


 「同じ学校の奴と偶然河原で会って話しただけだ」

 「まじ!?可愛い!?ドブス!?どっちだ!?ヤッた?ヤッた!?」

 「お前食いつき方に品性が無さ過ぎんだろ!?」

 「その子、可愛いの?」


 大作と違って大山は丁寧で助かる。幼馴染で小さい頃から一緒だと言うのだがこの性格の違いはなんなのだろう。

 大作の振り見て我が振りを直してたのだと予想する。

 意外と不良っぽい奴の友人が真面目なのは良くある。悪いことしでかしそうな友達を放って置けなかったりするのだろうか。

 

 「まあ美人ってよりは可愛い系だな。俺は嫌いじゃない」

 「頭は良いか?」

 「勉強は出来るけど頭は良くない。ま、これから改善するだろ」

 「「……?」」


 ジュースを持った状態で「は?何言ってんだこいつ」みたいな顔を二人にされた。

 この辺りの反応は流石幼馴染と口に出したくなるほどシンクロしている。

 流石幼馴染だ。


 「やっぱり秀才の言うことは分かんねーな」

 「だね。何言ってるんだろ。薬とかヤってない?」

 「やってねぇわ。人聞きの悪い」


 偶に大山はこうして冗談を言う。冗談が通じるほどの信頼があるから良いのだがもう少し内容はどうにかして欲しい。

 人を薬中扱いとは酷いもんだ。馬鹿みたいな金払って人生棒に振るくらいならバイクに金を使う。

 残り少ないジンジャーエールを一気に飲み干す。

 もっと辛いやつを飲んでみたい。美味しいジンジャーエールを探す一人旅なんかも楽しいだろうか。夏休み期間に入ったらやってみようか。

 流石に学校がある期間に何日も家に帰らなかったら怪しまれてしまう。

 学校サボりが親にバレたら大目玉が待っている。そりゃ勘弁だ。


 「その女の子と会ったのはあの河原?」

 

 いきなり大山が聞いてきた。

 二人は俺が時間潰しに使っているあの河原を知っている。休日とかに何をするでもなくあの場所に居ると二人が来る時もある。


 「それがどうかしたのか?」

 「サック……やっぱ怪しいよこの話」

 「お、なんだなんだ聞かせてくれよ名探偵大山」

 「はぁ?ただあいつが河原に来ただけで何がおかしいんだよ」


 怪しい箇所なんて一つもない。多分、ないはずだ。

 だと言うのに大作が悪ノリするから大山が調子に乗り始めた。こうなると俺には止められない。

 仕方がないので迷探偵大山の推理劇場を拝聴することにした。

 

 「今日は普通の学校の日でケン君は午後からバイト……つまり、その女の子は午前から正午くらいの間に河原に来た」

 「まあ、だろうな」

 

 そう言いながら大作が腕を組んで数回頷く。何も考えてなさそうな顔だ。

 

 「おかしいと思わない?だって学校サボりか早退か分からないけど女の子は河原に来た。あの河原はおばちゃんたちがたまーーに歩いてるくらいで基本人通りは皆無」

 「ふむふむ……続けたまえ」

 「何やってんだお前ら」

 

 聞いてやろうと思ったものの無性にこの場から去りたい気分になった。

 でも、どの道ここから出てったからと言って行く宛もない。我が家は好きじゃないからぎりぎりまでここに居よう。

 これが消去法か。


 「これは……間違いない。恋の匂いがする」

 「何処がだよ。鼻狂ってんじゃねぇのか」

 「だってさ!普通は真っ直ぐ家に帰るでしょ?わざわざあの道を通るなんて変だよ」

 「それだ!その可愛かわい子ちゃんはケントが好きで河原に寄ったんだ!」


 大作がここぞとばかりに手を叩いて自信満々に言った。横では最終的な答えを見事に横取りされた大山がショックを受けている。

 

 「んなことあるかよ。俺の名前も知らない奴だったんだぞ」

 「いーや、照れ隠しだね。間違いないと言っても過言」

 「過言なのかい」


 確かに優等生ガリ勉女の福武があの河原を通った理由は気になる。それでも俺を好きだと言うのは突飛な発想だ。

 あれは……自分の辛さを誰かに聞いて貰いたかった。そう、ただそれだけだ。

 その相手が偶然俺だったに過ぎない。


 「でも、可愛いと思える女の子との出会いがあるだけ良いじゃねーかよ……こっちなんて学年に二人だけだぞ……」

 「それは……御愁傷様だな。ドンマイ」

 「うぉおお!お前らさっさと女作ってオレに紹介しろよ!!」

 「よし、大山。後片付けしようぜ」

 「そうだね。そろそろ帰らないと」

 「スルーすんなよおおおおおおお!」


 大声で抗議する大作を無視して時間も時間なので俺と大山で散らかしたゴミを集める。基本的に散らかした物は三等分して各自処分になる。

 各々支度を済ませバイクに跨り、エンジンを掛けた。

 俺がヘルメットを被ろうとすると大作が話しかけてくるので手を止める。

 

 「その女の子、絶対に逃すなよ」

 「そんなんじゃねぇよ。多分もう会わない」


 昼間は相談になら乗ってやるとは言ったけど神代先生に頼ればなんとかなるから俺の出番はない。

 今日はあくまで偶然が重なっただけなのだ。

 

 「オレの予想だと絶対にその子はまた会いに来る」

 「その心は?」

 「ケントに恋をしているから」

 「はは、言ってろ」


 大作の妄言に付き合ってられず、ヘルメットを被る。インカムなしでは走りながらの会話は無理だ。

 その会話を最後にして、俺はその場を離れた。

 福武が俺を好きなんてそんな話があるはずがない。不登校不良野郎に一目惚れするような性格じゃないだろう。

 それよりも明日何をするかを考える。明日はバイトがない。一日中暇だ。

 カフェを巡りながら本を読むか……おっちゃんのところに顔を出すか……なんにせよ明日が楽しみだ。

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