異世界転生の場合┈┈case-8




部長はブラック、課長はミルク多め、主任はコーヒーよりも緑茶。



拘りがあるなら自分でやればいいのに。

あたし、間違った事言ってるかな?


素直になるのは簡単なのに。

素直になるのは美徳の筈なのに。


我慢するのは困難なのに。

我慢するとは悪徳の筈なのに。


社会は我慢を強要する。




小さな頃、あたしは考えるより先に言葉に表す子だった。


ねぇねぇ、ズボンのチャック、開いてるよ。

なんとか君、なんとかちゃんの事が好きなんでしょ?



笑って許される事を、一種の特技だと思っていたのかもしれない。


笑って許されなくなった時、あたしの居場所は無くなった。


知ってる?車は急には止まれないって言葉。

それと同じ。

今まで許されていた事が許されなくなったって、人は急には抑えられないの。



小学校では幼い悪意に晒されて、酷い虐めにあった。

発端は忘れたけど確か、クラスの人気者な子が気にしてる事を言ってしまったんだったと思う。


虐められて悲しくて、それを校長先生を捕まえて言ったら、あたしが転校する事になった。


何であたしが転校しなきゃいけないの?

転校するならあの子達じゃないの?


両親にそう言ったら、素直でいる事に初めて怒られた。

その時は納得出来なかったけど。



中学校では虐めに気付いて注意をした。

…虐めの対象はあたしに変わった。


より陰湿な悪意に晒されて、ようやくあたしは納得した。


あぁ、我慢しなきゃいけなかったのかって。




我慢を覚え、成長し、我慢をし続け、大人になり、我慢を重ね…。





遂には限界を迎えた。

セクハラ上司を殴り蹴り、ありとあらゆる暴言を吐き、手近にあったハサミで刺しに刺した。



…セクハラ上司は死んだ。

ついでとばかりに、近くに居たアルハラ上司にモラハラ上司、あとマウンティングお局も殺してしまった。




…人生最期の日は塀の中だった。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





そんな事をやらかしたあたしにも、神様は新しいチャンスをくれた。


異世界に転生出来るらしい。

そう分かった時、即座にあたしは要望を伝えた。



どうか、どうか何も我慢をしなくて済む世界に転生させて下さい。



神と名乗る気怠げな雰囲気の美青年は、その時初めて驚いた顔をした。


そうだよね。

自分でも驚く程、素直にすんなりと伝えられたもの。


気怠さを隠そうともしない、素直で素敵な神様を見て、きっとあたしはこの神様にこそ、素直になれと言って欲しかったから。












幸いあたしの望みは通り、尚且つ魔法がある様な、ファンタジー的世界に転生させてくれる事となった。


ただ我慢が無いだけ。

それ以外は、物語でよくある様な世界らしい。


確かにファンタジーな世界は興味深いけれど、正直そこはどうでも良かった。


もう我慢なんてしなくていい。

そう考えるだけでも、心の鬱屈は消し飛び、晴れやかな気持ちで胸がいっぱいだったから。
































転生した直後に、そんな晴れやかだった気持ちは消し飛んで、心の鬱屈しか無くなったんだけどね。


だって誰も我慢をしないと、人はこんなにも醜くなると知ってしまったから。




場を弁えず糞尿を撒き散らし、何処であろうと怒号と共に魔法が飛び交い、欲情すれば男女共に関係無くその場で即座に襲いかかる。


欲しい物は何であろうと奪い合い、気に入らない者は何者であろうと殺し合い、危険に晒されれば誰も彼もが泣き喚き逃げ惑う。






これが本当に人間なの?

まるで獣。



この世界で生きていく為の正解は、恐らく、心から世界に順応して生きる事。


けれどあたしは、それでもあたしは。


例え純潔を父に散らされようとも。


例え何度殺されかけようとも。


例え警戒から満足な睡眠が一日足りとも取れなかろうとも。



“人間として人間らしく生きる”という事を、我慢出来なかった。

染まる事が出来なかった。





同時に、皆がそれぞれ何かを我慢する事で、皆が安心して“人間として人間らしく生きる”事が出来ると理解して。



あたしは我慢をしたくなかったのではなく、妥協をしたくなかったのだと理解して。



前世であたしの犯した罪と、今世の人々が日常としている事が同じだと理解して。

















それでも尚、常に妥協しなければならない、人間というものの理不尽さを、呪わずにはいられなかった。







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転生例 No.8 …成人:B

転生先 …ディストピアな魔法の世界

死亡原因 …複数箇所の刺傷による失血

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