第32話 否定
「あーらあら、よりにもよってランジェ姉様に見つかっちゃいましたか。私としてはまず下にいる失敗作たちから順を追って出会って行って欲しかったのですが。運が悪いですねぇ」
部屋の壁を見つめながら、ヴィーラは眉毛を八の字に曲げる。
「殺すなら殺しなさいよ」
その傍らで、縄で拘束されたクシスが悪態を吐く。
「もー、なんですかその言い草は。私以外に見つかってたら玩具確定だったんですよ? 縛られてるだけで済んでるのは私に残された唯一の良心だと思ってください」
「本当の目的は?」
「あー、なんて可愛げのない。ま、貴女はまだ大きな可能性を秘めてますから。そゆことです」
ふんふんと鼻を鳴らすヴィーラに、クシスはそれ以上何も言わなかった。
───────────────
「腹、減ったナ」
ローダの声がはっきりと聞こえる。
膝を抱える彼女は何とも心許ない。
「貴様、何をするつもりだ!」
「そうねぇ、実践かしらぁ」
カラカラと笑うランジェ。
バンディーダは魔力を練り上げようとするが、まったく意味を成さない。
「ぐぅっ!」
「だめよぉ、その力じゃあ。もっと違う、精神の底から沸き立つ力じゃないとぉ」
バンディーダの頬に彼女の指が滴る。
「それじゃあ、そろそろ始めましょうか。もちろん、貴方も付き合ってくれるでしょう? だって、私たちは家族だものぉ」
「は?」
バンディーダの疑問は一瞬で、焦燥に塗り替えられる。
「ドラゴ─」
ローダの部屋に現れたのは巨大なドラゴンだった。
それはかつて彼女らと共に逃げおおせた個体よりも遥かに大きい。
「あのゴブリン、どうやら貴方にとって大切な存在みたいねぇ。そうだぁ、せっかくだからこういう遊戯でもどうかしらぁ。もし、貴方がその拘束具から抜け出せたら、あのゴブリンを解放してあげるわぁ」
「貴様......!」
「胸が高鳴るわぁ......。こうして家族と遊ぶなんてとぉーっても久しぶりなんですものぉ!」
「クソッ......」
必死に身体を動かすがビクともしない。
ただ、脂の滾った汗が頬から滴り落ちるだけ。
「ふふ、早くしないとぉ、愛しのゴブリンちゃんが大トカゲに食べられちゃうわよぉ」
ローダは襲い来るドラゴンの猛攻を必死に掻い潜り、何とか凌いでいる。
「何が目的なんだ!? どうしてこんな事をする!? 貴様らは一体何なんだ!?」
バンディーダの悲痛な叫びに、ランジェは指を唇に当てて考え込む。
「そうねぇ。その様子だと何も知らないみたいだしぃ、少しだけお話しましょうかぁ」
─ママ特製のお話よ
重なる面影。
ありえない。
幾度も否定を繰り返す度にはっきりとその輪郭を浮かび上がらせる。
「おや、もう明かしてしまうのですか。私としては本人から直接話した方が面白いと思うのですが......」
ヴィーラは不服そうに目を細めながら、その光景を見つめる。
「なに一人で納得してるのよ。相変わらず気味が悪い」
「あぁ、貴女には向こうの話が聞こえないんでしたね。今回だけ特別ですよ? せっかくのお披露目会ですから、観客は多めの方が良いでしょう」
ヴィーラが指を鳴らすと、数秒の耳鳴りと目眩の後に向こうの映像が脳内に直接送り込まれてくる。
「なによ、これ......」
「はて、どう答えたものでしょうか。言うなれば、通過儀礼?」
ヴィーラは顎に手を当てて、考え込む。
「ま、案ずるより産むが易し、と言いますからとにかく見ていれば分かりますよ」
「黙って見てると思う訳?」
不意打ちとまでいえるクシスの蹴りは、ヴィーラの手に吸い込まれるように受け止められた。
「見るしかないですよ。今の貴女には役すら与えられない」
ヴィーラは流れるようにクシスを組み伏せ、彼女の背中の上で足を組んで座った。
「うっ.......」
「さ、お茶でも飲みながらゆっくりと見守りましょうか」
どこからか取り出したティーカップに口を着け、ヴィーラは一息を吐いた。
「やり過ぎた余りに死ななければいいんですがね......」
バンディーダの視界にはもはやローダの姿など映っていない。
脳は限界までに過去を遡り、必要な記憶を取捨選択して、否定材料を必死にかき集める。
だが、集めれば集めるほどにその疑念は大きく膨れ上がって、精神を食い荒らしていく。
「どうして此処まで辿り着いたのか。それは、貴方が生まれたときから定められていた宿命。いくら夢という依代に身を隠したとしても、いつかは向き合わなければならない」
己 の 本 質 に
眩む。
疼く。
ひどい酩酊感が内臓を揺さぶる。
悪い夢だ。
「悲哀を慈愛へと昇華した貴方の母は、私たちを差し置いて、人間の世に消えていった。妹である私たちの事など露ほども気にかけていなかった。たった数十年で、数百年をも培った悲願が跡形もなく消えていた」
「違う。母上は、貴様らのような、悪魔では、ない」
反射的に漏れ出る否定。
しかし、思考は未だ再試行を繰り返し、結論を出そうとしない。
母は人間だ。
たったそれだけの事実を、いつまで経っても確定できない。
「いいえ、貴方の母フロール、いえフローダは私たちの姉であり、悪魔に他ならない」
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