閑話 嵐前無風の王宮では

 綺麗びやかな黄金の内装と裏腹にブレズの表情は暗い。


「相も変わらず外面だけは大層なものだ」


 古来より国を治めているというだけで、特に強い魔力を持つ訳では無い王族が住まう城。

 緊急招来の名のもとに呼び出され、お飾りの官人たちと居心地の悪い円卓を囲まなければならないと考えるだけで、彼のこめかみに痛みが走る。


「なぜ王宮なのだ? 話ならばギルドでも可能だろう?」


「私の判断です。これはもはや国、いや世界を上げて対処しなければならない案件だと考えていい。いくら私たちの組織が巨大といえど行使する権力には限界がありますから」


 ナレジは足早に廊下を歩く。

 辺りは王宮とは思えぬほど静寂に包まれており、甲高い足音が床に染み入るように響いている。


「だとすれば、各国の要人共も既に手配済か」


「えぇ。少なくともあと数刻はかかるでしょう。何しろ、この世に存在する全ての国に声を掛けたのですから」


 とある部屋の前で立ち止まると、ナレジはノックをして部屋に立ち入る。


「エクス、ブレズ伯をお連れした。会議の前に打ち合わせをするぞ」


 気怠そうに椅子にもたれかかっている白灰髪は、数秒ほど視線を扉へ向けると、何も言わずに再び虚空へ戻した。


「アルゴレオ、エクスはどうした?」


「......」


 アルゴレオと呼ばれた青年はナレジの問いに答えない。

 ただ、何も言わずにフードで顔を隠した。


「はぁ、またそうやって自分の殻にこもるか」


 ナレジは眉間を抑えて、大きな息を吐く。


「打ち合わせたところで無駄だと思うがな。君もそう思わないかね?アルゴレオ君」


 ブレズが嫌味を零すと、アルゴレオはそれを肯定するかのようにブルブルと震えた。


「これは随分と長い反抗期ですな、殿?」


「生まれたときからずっとですよ、この不肖は」


 ナレジは苦々しげに己の息子を見つめる。

 その視線に、一種の呆れを覚えながら、ブレズはわざとらしく鼻を鳴らした。


「そもそも、エクス・ヴォルガルドの行き先など貴殿にも察しが付くだろうて」


か......」


に、はてさてどうやって取り入ったのか。ぜひともご教示願いたいものだ。アルゴレオ君、君は何か知っているか?」


「.......」


「そうか、知らぬか」


「無駄ですよ。日常会話すら成り立たぬのですから」


 ナレジの反論に対して、ブレズは噛み締めるように言葉を続けた。


「無駄なことなどあるものか。何も言葉の応酬だけが会話ではないのだ。仮に答えが無くとも、己の言葉が相手に届いた。それで十分ではないか」


「それはにしか過ぎない。私は違う」


「いずれ分かるさ。貴殿も人の親だ。その宿命からは逃れられんよ」


 その笑みは空虚。

 彼の背後には空っぽな風だけが残っていた。


「時間......」


 アルゴレオはそう呟くと、おもむろに立ち上がり、部屋を出ていった。


「ふむ、会議までまだ余裕があるにしても時間は惜しい。このまま私たちだけで話し合いましょうか」


 ナレジが振り返るのと同時に、使者が部屋の前で声を上げる。


「フォロナード卿及びにシモン卿、全ての国が揃いましたので至急、東館第三大堂までお越しください」


「なに?到着予定時刻はまだ先のはずだが?どういうことだ? 」


「はっ、により、


だと? 私はに召集を掛けたはずだ」


 眉を顰めるナレジの肩にブレズは勢いよく手を置く。


「やられたな、ナレジ。どうやら、奴はよからぬ事を思いついたらしい」


 乾いた笑いを漏らしながら、ブレズは迷いなく扉に手を掛ける。


「さて、最後の戦場としては些か静かすぎる所であるが、敵は申し分ない怪物ときた」


 瞳に宿る赤い炎が揺れる。

 今でこそ『氷炎の貴公子』である息子の名に隠れてしまったが、ブレズ自身もまた『獄炎の獅子』としてを駆け巡っていた。


「議論は慣れぬが、それがとなるのであれば話は別だ。ふふ、血が滾るわ。その相手が


「何を一人で盛り上がっているのですか、まったく。その表情、とても貴族のものとは思えないですよ」


「俺がそんな器ではないことなぞ、貴様が一番分かっているだろ。爵位など、戦場では毛ほども役に立たんわ」


 ブレズは胸元に繕わられた勲章を引きちぎり、床へ投げ捨てた。


「やれやれ、子を成して少しは落ち着いたかと思っていましたが、本質は変わりませんか」


 ナレジは眼鏡を外して、小さな箱に入れて懐へ締まった。


「まあ、骨は拾いますよ」


「その、久々に聞いたな」


 ダンジョン黎明期を共に駆け抜けた戦友たちは、あの灼熱の日々に思いを馳せ、かつて抱いた闘志を再びその胸に宿す。

 ただ、ひたむきに、勝利知恵を追い求めていた貪欲さ。


「「あんなゴミクズハイエナに負けてたまるか」」


 扉が開いた瞬間、その気迫に部屋前に居た使者は思わず悲鳴をあげた。

 しかし、二人はそんな些事などおかまいなしに廊下を練り歩く。



「フッ」



 遠くからひしひしと伝わってくる殺気に第三大堂の中央に鎮座する男は不敵な笑みを零した。


















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