第30話 骨がカタる真実
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「スケルトンのしくみ?」
公務をしていた父は素っ頓狂な声を上げて、資料から目線を上げた。
「うん。この本には骨に別の魂が定着した新たな生物だと書いているのに、こっちの本には魔力の残滓による反応で動く死体と書いているんだ」
「ふむ。教師のロンロはなんと?」
「ダンジョンとかモンスターのことなら父上に聞けってさ」
父はやれやれと息を吐きながら資料を机に置き、こちらへ歩いてきた。
そして、一方の本を手に取るとペラペラとめくり始める。
「随分と
「どうしてこれが母上のものだと?」
「ふっ、この悪酔いしそうな筆跡は間違いなく彼女の字だと断言できる」
感慨深げな笑みを浮かべた父は己の頭にそっと手を添えた。
「もう一方の本は何度も写本された権威ある名著だ。それで、お前はどちらを信じたい?」
僕は──
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「私にとって、生こそ死であり、死亡こそが誕生であった」
澱む風の音がゆっくりと弛んでいく。
「それは魂という概念を確立する為だけに行われた
重く、重く、息が詰まる。
どうやって今まで取り繕っていたのだと叫びたくなる。
その瞳の奥に潜む無尽蔵の闇を。
「彼女の考察を正しいと証明する。私の生まれた意味はただそれだけ。そして、水の味すら知ることなく、一息で絶えた。次に目覚めた時は」
─真っ白な枝しか残っていなかった。
「許せるものか!」
「忘れるものか!」
「この痛みを!」「苦しみを!」
「「「「「「「怒りを!」」」」」」」
風はいつしか怒号へと変わり、流動的な声色を響かせる。
「彼らは塵一つすら残らなかった。ただ、消滅する寸前の思念だけが増幅し、この世に存在している」
手繰るように指を動かすニイナ。
「最初は虫の羽音ほどの恨言にすぎなかった。だが、ひとつふたつと融け始め、いつしか全てを飲み込む嵐となった。それほどまでに、奴らは屍を重ね過ぎたということ」
「それはアナタもでしょう?」
クシスは臆することなく、腰に手を当て、姿勢を崩す。
「あの姉妹たちへの恨みだけなら、わたしたちがここに居る理由が見つからない。そして、襲われた理由も許された理由も見当がつかない」
その瞳には同情も侮蔑もない。
「要は構って欲しいだけだったということでいい? それで、気に入らなかったら殺して、その怨霊たちの一部にする 。それはおそらく私たちから始まったことではない。ずっと前から他の者も同じように騙して、自身の糧としてきたのでしょうね。子どもの駄々みたいに」
ただ、不快感だけを露にした。
「......お前には分からない」
「ええ、そんな卑屈じゃないもの」
その強気な態度は種族の特性故か。
先程まで追い詰められていた者の口ぶりとは思えない。
「あなたの話はもう十分。それよりも早くゴブリンたちの事を話してくれない?」
「このチビ.....!」
一触即発の空気に熱気が迸る。
「「ッ!」」
その発生源はニイナでもクシスでもない。
二人の視線は自然とバンディーダに向けられる。
「バン?」
クシスが声をかけるが、返事がない。
「眠っているのか?」
一見すれば呆然と立ち尽くしているような姿であるが、目の焦点が定まっていない。開かれた瞼からは眼球が跳ねるように動いている。
「バン!」
「ぶひっ!」
クシスの叫びでバンディーダの身体が跳ね上がる。
「あれ、ここは?」
口元を拭きながら辺りを見渡すバンディーダにクシスとニイナは思わず口元をヒクつかせる。
「え、まさか本当に寝てたの?」
「あの短時間の間で寝入るとは、それほど私の話はつまらなかったか?」
「いや、そんなつもりじゃ─」
必死に弁明する豚に向ける二人の視線は冷たい。
「まあ、よい。おかげで此方の熱も冷めたわ」
ニイナは空っぽの胸からどんよりとした空気が漏らした。
「ゴブリンたちは奴らの根城にいる。それは間違いない。大方、修正でもしようとしているのだろう」
ポツリと零された重大な事実に二人の空気が張り詰める。
「元々の標的はあのゴブリンたちだったんだ。それが、とんでもない来客によって身を隠さざるを得なかった。奴の気配が完全に消えるまでただの骨のフリをして、やり過ごそうと思っていたところに、お前たちが来た」
「今更それを信用しろとでも?」
「その判断は其方に委ねる」
「でも、それが事実だったとして、私たちは今その真反対にいる訳よ。今から上に向かうとしたら、間に合わない可能性が高い」
「いや、どちらにせよ此方の方が早い」
「それってどういう─「ァァァァ!」
クシスの言葉を遮るかのように、遠方から絶叫が轟く。
「ここは墓場だ。奴らとて近場に
「
「そうだ。そして、その穴が完全に塞がるには半刻掛かる。今から探し始めたとしたら、間に合うかもしれんな」
「行くわよ、バン。......バン!まだ寝ぼけてるの!?」
反応の鈍いバンディーダの腕を引っ張りながら、クシスはニイナに背を向ける。
「それで、あんたはどうするの?」
去り際、クシスは、あっ、と思いついたかのように問いかける。
だが、そこには白い骨の姿は無かった。
風はもう止んでいる。
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