第29話 死霊が渦巻く地底には
◎
「連れて行かれたっていうけど、その具体的な階層なんて分からないよね?」
「んだ。ここもそこそこ深いべさ。そう遠くには行ってないと思うべ。それにオラの骨が見つかればその近くに居るってことになるけれ、とにかく骨を探すべよ」
「それが一番手早い、か」
先程の険悪さとは打って変わり、情報を共有し合う二人。
その話を黙って聞いているバンディーダ。
雰囲気は重苦しく、余裕がない。
その歩みに躊躇いはないが、ほんの少しの怖気が見える。
階層を一つ、二つと降り、やがてドラゴンのいた溶岩地帯をも通り過ぎることとなった。
幸いにもクシスの手腕によって、これまで敵との接触は避けてこられたが、この先は彼女もあてにはできないという。
「ここから先は、私もあまり情報を持ってない場所になる。それに、その情報っていうのも教わった当時のものだからあまり参考にならないし......」
「むしろ知ってる方が異常だべや。流動的なあの場所で確定的な情報なんてないさね」
「随分と知ってる風な口ぶひね」
「此処で産まれたモノなら嫌でも知ることになるわ。たとえ、どんなに馬鹿な骨だとしても」
珍しくクシスの軽口に反論しないニイナ。
それほどまでに状況が深刻だということだろうか。
「ここまでの階層が生物を保護観察するための檻だとするなら、ここから先はあらゆるモノを実験するための檻。
クシスがまるでそこに見えない壁があるかのようにそっと手を添える。いや、確かにあるのだ。そこには越えてはいけない壁が。
「行きはよいよい、帰れはしない。この壁は
バンディーダは無言で足を進める。
その姿を見て、クシスもまたその後ろに着いていく。
バンディーダは彼女の意思を問うことすら無粋な気がして、何も言えなかった。
「ッ! 伏せるべや!」
突如、ニイナが叫ぶ。
その声に二人は疑問を抱くことなく、地面に身を寄せる。
「なっ!」
視点だけを上にしたバンディーダが見たものは想像を絶する光景だった。
海岸、雪原、森林。
歪み、捻れ、淀んでいく。
「バン!」
手を差し出すクシス。
バンディーダは必死に後ろ手を伸ばして彼女の手を掴む。
「うぁ」
不快な浮遊感。
昇っているのか落ちているのか。
わからない。
ただ、不安定であることだけが確かだ。
「ぐぁ」
平衡感覚が失われ、酔う感覚に襲われる。
視界も揺れて、何が映っているのかすらも。
ここはどこで、己はなにを─
「しっかりせぇ!」
ニイナの一喝でほんの少しだけ思考が澄んだ。
目の焦点も徐々に定まっていく。
「よこせ」
その眼前には、腐乱死体たちが踊っていた。
「かえして」
「おねがい」
「ちょうだい」
「からだ」
ひとたび見つめれば流れ込んでくる感情。
怨恨憎悪と哀嘆の旋律。
誰よりも生を渇望する肉と骨の塊がこちらに手を伸ばしてきた。
「クァァッ!」
クシスの口から放たれる火炎が、彼らの肉を溶かし、骨を焼いた。
「さあ、立って。空間はもう安定したみたいだから」
「あぁ、ありがとうぶひ」
「......同情してる暇なんてないのよ。少なくとも私たちが生きている間はね」
風の音が聞こえる。
呻き声かと頭に浮かんだ瞬間、辺りが一気に死体で埋め尽くされた。
「ゔっ!」
腐臭はない。
ただ、視界からもたらされるグロテスクな情報が胃液を汲み上げた。
「動かない?」
死体を見つめ、疑問の声をあげるクシス。
だが、ニイナはギチギチと歯を鳴らしながら声を漏らした。
「オメェら、肉体を捨てる覚悟はあるべ?」
「は?」
「囲まれたんさ、とんでもねぇ数の霊にな」
息を飲むニイナだが、クシスとバンでは視認できない。
彼らには霊体を捉える方法すら持ち合わせてはいないのだ。
「光聖石さえあれば......」
苦々しげに呟くクシス。
もはや万事休すといったところだろうか。
「同情、か」
バンディーダはポツリと呟くと、ニイナをそっと持ち替えた。
「確かに、弔う形だけ見せても感情は水面下までは達しないぶひ。それが他人であればあるほど浅く、薄くなるぶひ。それでも」
バンディーダは祈るように目を閉じて、手を合わせた。
「僕が生きている者である限り、その魂の安寧を願わずにはいられない。それがたとえ、自身を殺そうとした敵であっても」
─ッ!
「まぁ、だからといって殺される訳にはいかないぶひから、何とか押し通るぶひよ」
とりあえず指先から炎を燃やすバンディーダ。
霊は火を怖がるといった所以から導き出した対処法だ。
「もう、必要ない」
ニイナはカタリカタリと歯をかち鳴らす。
「お前は合格だ、バンディーダ。そこのチビは当然不合格だが、この優豚に免じて許してやる」
「は?」
「もし、二人とも死者の心も分からぬ愚者であったのであれば、このまま眷属にするつもりだったが気に入った」
ニイナの頭部が震え始め、遂にはバンディーダの脇から飛び出す。そして、探していたはずの胴体と手足の骨がどこからか飛んできた。
「本当はな、お前たちを騙していたんだ」
かしづくニイナは問われるまでもなく、語り始める。
「馬鹿な骨のフリをして、お前たちを住処に呼び寄せてその肉体を奪おうと思った。ここから助かる方法があるとでも言ってな」
「それが、どういった心変わりで?」
皮肉るように嘲るクシス。
その表情からは怒りと悔しさが滲み出ている。
「さぁ? ただ、この男が祈っている姿を見ると、その気が失せてしまった。それだけのこと」
「つまり、全部嘘だったということぶひか?」
バンディーダの言葉にニイナは首を振る。
「
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