第28話 骨は跳ねる されど 見つからず

「探すことに関してはもう構わないけど、心当たりはあるの?」


 クシスが気怠げにニイナに問いかけると、ニイナは自信満々に「あるにはあるが、どちらかと言えばない!」と返した。

 その返答に、クシスの額に皺が深々と刻まれていく。


「そもそも、どういう経緯でバラバラになったんぶひか?」


「よくぞ聞いてくれたべ!さすがオラが認めた豚さね。そう。あれは忘れもしない二時間前のこと......」


「どう考えても忘れようがないでしょうが、それは」


「思ったよりもかなり最近ぶひね......。てっきり日を跨いでいるとばかり思っていたぶひ」


 辟易する二人を置いて、ニイナはしみじみと語り始めた。


「オラはいつも通りにをしていたんだべ。んで、そろそろ切り上げるべさと思ったときにだ、ゴブリンが目の前に見えてよ、こりゃまずいと、ただの骨の振りをしようとして、全身を飛散させたんだべ」


「......」


「......」


 ...........


「自業自得ね」


「ッ!?」


「いや、驚くとこじゃないぶひよ」


 それでもニイナがまたやいのやいのと騒ぎ出しそうなので、バンディーダは何とか宥めてその場を収めた。


「ちょっと気になったんだけど、さっき言ってたって何してたの?」


「......」


「どうしてそこで黙るのよ!?」


 クシスがどんなに声を荒らげても、ニイナはスンとも言わなかった。


「ああ、そう言えば、あの時おっ母の声がしたなぁ」


 無視するニイナに、今度はクシスが暴れだしそうになったので、バンディーダは獣を落ち着かせるようにどうどうと言いながら彼女の頭を撫でた。


「そ、それでおっ母とは誰のことぶひ?」


「オラを生んでくれた人べさ。おっ母は難しいことばっか言うけれ、オラはいつも何の事だかさっぱりだけども、とにかくオラはあの人から生まれたべ」


「どうせランジェのことでしょ。アンタは大方、暇潰しに造られた低能スケルトンってとこかしら?」


「いちいちムカつくチビ助さね!オラの代わりにあいつをどついてけれ、!」


、ぶひ」


 バンディーダはもう仲を取り合わないぞと思いながらも、の声がしたという点に思考を巡らせる。


「そのおっ母に声をかけられたぶひか?」


「いんや、どうやらおっ母の目当てはあのゴブリンたちだったぶひ」


「話を聞いてたぶひか?」


「全部は聞こえんかったけんども、ちょっとだけなら分かったべ。最初の方は和やかな雰囲気だったさね。んども、女のゴブリンが声を荒らげてから険悪になって......それから先は骨を見つけてからだべ」


「ケチな骨ね。見た目通りに」


「おめぇは小便臭ぇけどな」


 ギャーギャー騒ぐ二人を他所に、バンディーダは辺りに目を凝らすが、骨どころか土以外なにも見当たらない。


「飛散させたって言うぶひけど、そんなに勢いよく飛ばしたぶひか?」


「......」


「アンタさぁ、そんなに黙りこくってたら分かるもんも分からなくなるのよ? 何を隠してるのか知らないけどとっとと白状しなさいよ」


「んむむ、どうやらここには無いべさ」


「はぁ!?」


「安心しろチビ助、あるにはあるって言ったべ?」


 どういうことか、とクシスが頭を悩ませていると


「オラには他の部位の探知機能があるべさ。さっき黙っていたのは─「「それを早く言え!!」ぶひ!」


 二人の怒号に流石のニイナもたじろいでしまう。


「ん、んだども、これは魔力の消費が激しいからあんまり使いたくなかったべよ......」


「使う使わないはどうでもいいから、情報の共有くらいはちゃんとしなさいよ。アンタ、ほんとに協力してもらうつもりあるの?」


「う......」


 クシスの詰問に思わず言い淀んでしまうニイナ。

 遂にはバンディーダの脇から捻り落ちて、逃げるように前方に跳ねていった。


「もういいべ! おめぇらをあてにしたオラの目が節穴だった! 後は自分で探すべさ! おめぇらはあてもなくゴブリンたちを探して彷徨い続けろ!」


「えぇ......」


 ニイナの逆ギレに、怒りを通り越して困惑するクシス。

 バンディーダに至ってはもはや無関心の境地にまで達していた。


「おそらく、見えなくなるかならないか位の近場で地面に伏しながら泣き言漏らして同情を誘ってくるぶふよ。ああいう手合いはそういうことするぶひから」


「やけに詳しいのね」


「苦い思い出ぶひ」


 バンディーダは苦笑しながら、学園時代につるんでいた貴族子弟たちの顔を思い浮かべる。

 思い起こせば、彼らはまさにそういった人の良心に付け込むような処世術を貴族の嗜みであるかのように皆身につけていた。

 それを分かっていながら乗じていた己もまたどんなに滑稽なものだったか。


「今は前を向きましょう」


 クシスの声にバンディーダは視線を上げると、そのサファイアの瞳は澱みなく己を照らしていた。


「そうぶひ、ね」


 今は進むしかない。

 そう思いながら、二人は何も言わずに足を動かし続けた。





「ぅぅぅ、ぐすっ」


 歩いて数分も立たぬうちに、足元から嗚咽が聞こえてくる。


「あら、ほんとにバンが言った通りだわ」


「オラが悪かったべ〜! こんの通りだぁ〜! もう一度だけオラに慈悲を〜!」


 クシスは地面に額を擦り付けるニイナを掴みあげると、握り潰す勢いで手に力を込める。


「ひょ?」


 ミシミシと音を立てて、骨は粉塵を落としていく。


「まどろこっしい駆け引きはもう結構。死にたくなかったら、知ってる情報を洗いざらい吐きなさい」


「い、いいさね!? オラを殺すとゴブリンたちの場所が分からんくなるべよ!」


 ニイナはバンディーダに訴えかけるように叫ぶが、バンディーダは腕を組みながら目を瞑っているだけで何も言わない。

 ピシ、という音とともに、小さなヒビが頭頂部に入る。


「わ、わがっだ!話すから、話してけれッ!!」


 ニイナは遂に観念したのか、涙声で降参した。

 クシスは満足げに鼻を鳴らしながら、手を開いてニイナを地面に落とす。


「こんのチビ助、身体が戻ったら覚えてろよ......」


「何か言った?」


「なんも!それで、知ってることだったべ?全部話してやるべよ」


 ニイナは焦りながら強引に本題へとすり替えた。


「どうせ、ここまで探してもないなら近場にはもうないべさ。多分、おめぇらのお目当ての場所に、オラの身体がある」


「勿体ぶらずに言いなさい」


「おっ母はあの拠点ごとゴブリンたちをに連れていった。何でも、変異のために環境を変えるとか何とか言ってたけ?」


「ッッ!」


 クシスの表情が明らかに強ばる。

 だが、彼女は何も言わずに押し黙っていた。


「そんときにオラの骨も混ざって持っていかれたべ。なんて運のねぇことだ」


「だったら、少しまずいわね」


 クシスは真剣な表情をしながらバンディーダの方へ振り返る。

 それに呑まれてバンディーダもまた、自然と顔に力が入ってしまう。


「オラの骨がか?」


「アンタのはどうでもいいのよ」


 クシスは吐き捨てながらニイナを一睨みすると、今度は考え込むように顎に手を当てて呟き始めた。


「最近のゴブリンたちは明らかに保守的だった。以前は己の死すら気に留めぬほどに好戦的だったのに、バンから聞いてた話の限りだと今は仲間の死すら恐れるほどになっている。それを、ランジェは快く思わなかったのでしょうね」


「オラ、身体があってもにはいきたくねぇべ。あんな場所、骨が何本あっても足りねぇ。あそこはまさにだべよ」


 その言葉を皮切りに、辺りの空気がどんどん重みを増していく。


「さあ、急ぎましょう。、全滅してしまう前に出会えるかもしれないわ」

























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