第26話 ダンジョンという名の牢獄で

 ・◎・


 バンはローダたちと合流するためにゴブリンの村に向かうことを提案し、クシスもそれを了承した。その道すがら、知らぬうちにドラゴンたちの里に足を運んでいた。正確には、

 彼らの目に入ってきたものは死体、廃墟、死体、死体と凄惨な光景だった。


「ヴィーラがやったのね」


 クシスは死体の状況からそう判断する。


「あいつは一体なんなんだぶひ?」


「ちょうどいいわ。この死体にもがあるはずよ」


 クシスは死体が着ていた服を脱がすと、胸の辺りにあるを指差した。


「『封魔呪印ベルヘイトロ』。これを刻めば、術者の意思で対象の魔力を自由に操れる。それは、私たちにとって首輪を付けられたも同然よ」


「そんなデタラメなものがあるぶひか......?」


 魔力を有する者と言えばほぼ全ての生物に該当する。ある一部の生物を除いて、多くの生物は微量な魔力を持っているものなのだ。


「それは彼女達が桁外れの魔力を有しているからこそ可能な芸当であって、普通なら弾き返されて終わりでしょうね」


 クシスは苦笑を漏らす。そして、死体を放った後に、爺の家があった場所に向かう。

 バンディーダは死体に手を合わせ、彼女の後ろに着いて行った。


「ところで、不思議だとは思わなかった?」


 前を歩くクシスはほんの少しだけ歩く速度を落とした。


「この場所は嫌になるほど溶岩が吹き出しているというのに、階段を一つ跨ぐと、今度は全く違う地形になっている」


 質問の意図が分からない。

 バンディーダにとって、だったのだ。今更そのような疑問を抱くことはない。


「愛玩動物とか飼ったことない?


 バンディーダは一瞬、背筋が凍るが新たなる疑問がそれを溶かした。


「なら、どうして僕らは自由に階層を移動できるぶひか?君が考えるようなを果たしているというのなら、それは不自然だぶひ」


。それが彼女たちの持論よ」


「それじゃあ、此処は!?」


「言ったでしょう?此処は地下牢獄ダンジョン。悪魔たちの巨大な実験室よ」


 バンディーダは戦慄する。

 もはやスケールが大きいという次元ではない。一体なんの目的で、いつからこんなものが存在しているのか。どうして、今まで発見されることがなかったのか。これから、自分は何をするべきなのか。

 溢れ出る疑問は尽きず、脳内処理はショート寸前までに陥る。


「彼女達の目的は私にも分からない。ただ、


「なぜ、ぶひか?」


「私も爺からの伝聞でしかその話は知らない。たしか、『』なんてこと言っていたわ。おそらく、彼女達もその例に漏れない」


 綴られぬ歴史。

 その陰に何があったのか。本当に自分たちの世界と関係があるのか。

 その答えは前に進むことでしか得られないという結論に至った。


「ねぇ、バン」


 クシスは足を止めて、振り返る。



 そのサファイアの輝きは、揺れることなくこちらを射抜く。


「私の夢は。私だけでなく、この牢獄に囚われた皆を解放すること。でも、それはきっとに不本意な結果をもたらすかもしれない。それでも私は君と共に歩んで行きたいと思っている」


 彼女の決意は荒ぶく炎よりも熱く、冴ゆる氷よりも清らかで固い。

 その告白とも言うべき宣誓にバンディーダは思わずたじろいでしまう。


「今ここで即答しなくてもいいよ。これは私の勝手な願望だから。でも、いつかその答えを聞かせて欲しい」


 彼女は泰然として目を閉じると、再び前を向いて歩き始めた。

 対して、バンディーダの心情は気が気でない。まさか、いきなりそのような事を言われるとは思わなかったのだ。

 バンディーダがクシスに抱いている感情は恋愛というよりは友人や仲間に対する親愛の情。

 これがもし、であったなら、双方にとってよろしくない。

 だとすれば、現状においてバンディーダが出せる最適解はなのだった。


「ゴブリンたちは上の階だったわね」


「そうぶひ」


「というか、よくゴブリン達と意思疎通なんて出来たわね。言語を介さずに、どんな方法を使ったの?」


 やはり、クシスもゴブリンに対して同じような認識をしている。彼女が知っている彼らも低知能で、言葉を話せないといったステレオタイプのものなのだ。


「いや、彼らは言葉が通じるぶひ。それに、通常のゴブリンと比べて、遥かに強い力をもっているぶひ」


「そう。なら、彼らもの可能性が高いってわけね」


 その言葉で、ヴィーラがクシスのことを何かしらの数字で呼んでいたことをバンディーダは思い出す。


「私もそうよ。彼女たちは、封魔呪印の支配下に置いている種族たちで実験を繰り返している。あらゆる因子をでたらめに配合して、一体何を作り上げようとしているのかしらね」


 聞くだけで悪寒が走る。非道という言葉だけでは足りない。

 まさに

 そうとしか言い表せない。


「ここから先は知らないから、後はバンに任せたよ」


 階段に到着するとクシスは足を止めて、バンディーダの後ろに着く。

 バンディーダを先頭にして階段を上がる二人だが、その足取りは重い。


 これはかなり、ぶひ。


 押し寄せるように突きつけられた事実たちは、たった一人の人間が抱えるには荷が重すぎるものだと言えよう。

















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