第25話 何が悪いの!?
「おやぁ、またまたこれは久々に見た顔ですね〜」
ヴィーラはクシスを舐めまわすように視線を動かす。
「試験体『9号43番』、放逐後の経過は良好ですかね?自主申告で構いませんよ」
「その名前で私を呼ぶな!」
「もぉー、相変わらず生意気なんですから。それが生みの親に対する態度ですかって話ですよ。まあ、生み出したのはランジェお姉様ですが」
クシスはバンディーダを庇うようにヴィーラの前に立ちはだかった。
「止めておいた方がいいですよ。何のために、こんな暑苦しい檻で貴女を閉じ込めてると思ってるんですか?」
「だからって、黙って死ぬ訳にはいかないのよ」
「おやおや、なんて可愛い勘違い。別に取って食おうってつもりじゃありませんよ。
「ッ!?」
「通りで此処へ来られる訳ですよ。なんたって、君はあの人の忘れ形見だったのですから」
「何を言ってるぶひか......?」
「話せば長くなりますので続きは帰ってからにしませんか?」
ポン、と軽快な音を立ててヴィーラはバンディーダの肩に手を置く。
「彼から離れなさい!」
クシスが腕を振り上げるのと同時に、ヴィーラは杖で彼女を地面へと叩きつけた。
「うぐっ!」
「はぁ、与えた教材が悪かったんですかね? でも、仕方ありませんよ。データベースにはそれくらいしかなかったのですから。まったく、外ではもっとまともな本を読んでいて欲しかったものです」
グリグリと杖を腹に捻り込む。
「ぐああ!」
「止めろ!」
「貴方も少し大人しくしていてください」
ヴィーラが手を開くと、バンディーダは数メートル先の岩まで吹き飛ばされた。
「ぶがっ!」
その衝撃で頭を打ってしまったのか、バンディーダはガクンと項垂れてしまった。
「そういえば、貴女が好きな本にも豚が出てきていましたね。というか、主人公でしたか?確か、豚の王子が兎の姫を救う話でしたっけ?」
ヴィーラは漏れでる笑みを片手で抑える。
「自分がそのお姫様にでもなったつもりですか?夢を見るのも大概にしてくださいよ。貴女も一応、そういう発達段階からは脱しているのですから」
「.....が、..ぃ」
「はい?」
「何が悪いの!?この地獄みたいな場所で、あの話だけが唯一の拠り所だった!それを夢見ることの何が悪いっていうの!?」
「あらあら、やはり思考の発育に問題ありですか。聞いてるこっちが恥ずかしいですよ。ねぇ、豚さん?」
ヴィーラがバンディーダの方へと振り向くと、静かなる炎の渦が目の前まで迫っていた。
「『
「びゃっ!」
不意打ちに思わず怯むヴィーラ。
クシスとの会話に夢中になっていた彼女はバンディーダの気絶したフリに気づかなかった。そして、完全に場を掌握しきったと油断していた彼女は僅かな魔力の揺れすらも気づくことができなかった。
「『
そして、流れるように放たれた閃光。一瞬ではあったが、怯んだヴィーラの視界を奪うには十分な光量であった。
「ァァアアアアアア!」
その一瞬の隙を突いてクシスは雄叫びを上げながら、龍へと姿を変える。そして、怯んでいるヴィーラを思い切り地面へと叩きつけた。さらに、追い打ちをかけるように爪の連撃を放つ。
君はあの時の─!
龍となったクシスの姿を見て、バンディーダはようやく気づいた。彼女があの氷の龍であったことに。
いや、今は戦闘に集中するぶひ。さっきは不意打ちは上手くいっただけ。ここで一気に畳み掛けなければ勝機はないぶひ。だからこそ、君ならきっと躱してくれると信じてる。
「
バンディーダは全身全霊を持って、自身が放てる最大火力の魔法を詠唱する。
クシスは練り上げられる巨大な魔力に気づき、攻撃の手を止めて、その場から離脱した。
「『
燃え盛る氷がヴィーラのいる場所へと炸裂する。その衝撃はヴィーラがいた辺り一帯に隕石が落ちたような窪みが生じるほどで、改めてこの魔法の威力を実感させられる。
「ぶぅ、ぶふぅー、ぶふー」
全ての力を注ぎ込んだバンディーダは満身創痍になり、その場に膝を着く。
なんて凄まじい威力の魔法なの......。こんなのが使えるならどうしてあの時に....。とクシスは疑問に思ったが、近くにいたゴブリン達の存在を思い出し、納得した。
そうか。その甚大な威力故に、状況によっては仲間を巻き込みかねないのね。それなのに、今ここで唱えたということは私ごと帽子を始末しようとしたか、それとも私が避けると信用していたのか。
どちらにせよ、バンの判断は間違っていなかった。そうでもしないと、こいつは.......。
「いやぁ〜、驚きましたねぇ!まさか、氷と炎魔法を同時に使えるどころか『
よいしょ、と立ち上がるヴィーラは傷まみれではあるが、軽快に土埃を払うほどの余裕を持っていた。
「これも愛の力というやつですかね?なんて興味深い!!」
彼女が嬉々として叫ぶと、ほんの少し顔の皮が剥がれた。
「おっと、興奮して思わず中身が出ちゃいそうになりました。失敬、こうして人の皮でも被っておかないと、私たちは抑えきれないのですよ。色々なモノがね」
ヴィーラはステップを踏みながら、顔に手を添える。
「このままだと本当に殺しちゃいそうなので、ひとまず帰ります。これからたまーに観察がてら遊びに来ますので、精々他の実験体やらお姉様方やらに見つかって始末されないでくださいね。それでは!」
彼女は一礼をして、今度こそ本当に姿を消した。
「追い払えたの.......?」
静寂の中、クシスは未だに信じられないといったような声を漏らす。
「悪くない、ぶひよ」
息絶え絶えになりながら、バンディーダは彼女へ言葉をかける。
「え?」
「僕だって、あの本に、夢を見ていた。だから」
─君は何も悪くない─
「──ッ。そう.....」
彼女はそっぽを向いて、沈黙する。しかし、数秒も経たないうちに、抑えるような嗚咽が聞こえてきた。
「く、うぅ。くふぅ」
彼女は彼に自分の弱い部分を見て欲しくはなかった。しかし、それでも溢れ出る感情は止まらない。抑えようとしてもどんどん内から湧き出でしまう。
「ううう!」
それは彼女が生まれて初めて流す、歓喜と安堵が入り混じった嬉し涙であった。
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