第22話 二人の囚人

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「ほら、食えよ豚野郎」


 運ばれてきた食事がバンディーダの目の前でぶちまけられる。


「てめぇらみたいな奴にはこれでももったいないくらいだなぁ、あっはっは」


 食事を持ってきた若い龍族の男は笑いながら、その場から去っていった。


 ふむ、ドラゴンといえど下品な奴は下品ぶひねぇ。


 バンディーダが訝しげに観察していると、隣でクシスが散らばった料理を貪り始めた。


「はぐ、あぐ」


 その形相はバンディーダは思わず見入ってしまうほどに必死なものだった。


「あら?君は食べないの?」


「僕は遠慮しておくぶひ」


「そう。でも、ここでの食事はこうやってしかない出されないから、今のうちに慣れておいた方が身のためだと思うけど」


「いや、僕には別の考えがあるぶひから」


 バンディーダはこの牢屋から出る方法を考えていた。そのためには、まず手足の枷をどうにかしなければならない。この枷には魔力を抑え込む力もあるようで、魔法が唱えられないのだ。


 この枷、ぶひ。ということは、少しでも痩せればその障壁を抜けられるかもしれないぶひ。可能性は低いけど現状ではそれしかないぶひ。


「無駄よ。ここに居る者たちは肉体の変化に気づかないほど間抜けな奴はいない。見るからに痩せ細っていたら、それに合うように付け替えられるのがオチね」


「ならどうすればいいぶひか?」


「えぇ。だから、ここから出ようなんて思わずに生き残ることだけを考えたら?」


 不敵に笑う彼女の顔を、バンディーダは黙って見つめ続ける。


「なに?そんなに見つめられても無理なものは無理よ。諦めなさい」


 いや、そうじゃないぶひが、これは言うべきか?ただ、彼女の神経を逆撫でするだけのような気がするぶひ。


「どうして君は捕まってるぶひか?」


「また質問?まあ、暇だから答えてあげる。いい子ちゃんでいるのって結構辛いのよ?どうせ畏まっても腫れ物扱いされるのに変わりないっていうのに。いっそ、殺されてしまった方が気が楽、なんてね。あのお堅い爺連中は掟だのなんだので私を殺せないから私が自死するのを待ってたりとかしてるかも? どう?これで満足?面白かった?」


 先ほどから答えにもならない返答。しかし、饒舌に語られる彼女の言葉からは確かにバンディーダへと伝わってくる思いがあった。

 泣き癖の着いた目元、そして切実に訴えてくるこの言葉。彼女は間違いなく


 


 と叫んでいる。そして、それはこの囚われている惨めな豚に対しても同じ。彼女は誰かに早く救って欲しいのだ。いくら偏屈に取り繕おうとも、それだけはしっかりと訴えてきている。


「何だか懐かしい気分ぶひ」


 もこんな感じだったような。会話にならない会話を繰り返して、それでも相手はしっかりとその意思を伝えてくる。素直を弱みだと思っているのか、それとも単に恥ずかしいだけなのか。

 そういった類のコミュニケーションは彼にとって造作もないことであった。

 だが、皮肉にもそのやり取りによって、彼自身が如何にの声を聞けていなかったのかをひしひしと痛感させた。思い出すのはいつも輝かしい思い出ばかりで、ここ最近の彼女の顔はちっとも浮かばない。何を話し、何を食べ、何を思っていたのか。


「はは、何をやっていたんだか......」


「いきなり感傷なんかに浸り出して、随分と余裕なのね。あー、羨ましい」


 彼女の言う通り、今は感傷に浸っている場合ではない。どうにかして、この窮地から脱する方法を試行錯誤しなければならないだろう。しかし、


「ばぐっ!はぐぅ!ぶふっ!」


 バンディーダは目の前の食事にのしかかるように食いついた。


「要らないんじゃなかったの?」


「お腹が減ったぶひからね」


「そう。人間って単純明快なのね」


 彼女はきっと自ら助けを求めはしないだろう。しかし、自身の死を仄めかすほど追い詰められていることも事実。それを黙殺できるほどバンディーダの心は凍ってはいなかった。


「そうぶひ」


 彼女と協力するには、まず彼女との信頼関係を築く必要がある。その中でおそらく人間という種族との確執が大きな壁となっているはずだ。その壁をいかに取り崩すか、どれたけ親近感を持ってもらえるかが重要になってくる。


「そういえばまだ名乗っていなかったぶひね。僕はバンディーダ・シモンぶひ。気軽にバンとでも呼んで欲しいぶひ」


「は?」


 そのためには、とにかく話しかけまくる。相手が嫌だと思おうとも、とにかく会話を続ける。無視されたとしても、口を動かすのを止めない!


「いやぁ〜、ドラゴンの食事も人間の物とそう変わらないぶひねぇ」


「これ、残飯なんだけど。人間って余程貧相な食事をしてるのね」


「そういえば、ここってダンジョンのどの辺りにあるぶひか?」


「ここは龍族の里。君が倒れていた場所からそんなに離れていない場所にある」


「それにしては熱くないぶひねぇ」


「当たり前でしょ。だって、それは、ゴニョゴニョ」


「........?」


 彼女が後半に何を言っているのか、バンディーダは本当に聞き取れなかった。顔を上下させながら、何かを言い淀んでいた彼女はやがてそっぽを向いて寝転んでしまった。


「それよりも、ドラゴンが僕たちと似たような姿になれるとは驚いたぶひねぇ。てっきり、あの巨体で過ごしていると思っていたぶひから」


「.......それは、にとってその方が管理しやすいからよ。人型くらいの大きさが一番都合がいいの」


「そのって─「あーもうしつこい!うるさい!いい加減にして!」


 彼女の鬱憤は遂に大爆発した。


「君はなんなの!あーだのこーだの、どれだけ私に聞けば気が済むの!?」


「そうぶひねぇ。まだまだ聴きたいことは沢山あるぶひ」


地下牢獄ダンジョンのこと?のこと? それとも、まさかのこととか?もう好きにして結構。飽きるまで付き合ってあげる」


 半ばやけくそに自嘲の笑みを零しながら、彼女は吐き捨てた。


「じゃあ、ぜひとも君の事を聞かせて欲しいぶひねぇ」


「えっ」


 少女は呆気に取られた表情をする。自虐的に発した提案がまさか採られるとは思いもよらなかったようだ。


「なんで......?」


「まずはお互いを知るところからぶひ。僕と君はまだお互いの名前と種族ぐらいしか知らないぶひからね」


 バンディーダが微笑むと、クシスもまたほんの少しだけ口角を上げた。しかし、その直後、彼女の表情は険しくなり、バンディーダの顔に向かって唾を吐きかけた。


「簡単に騙されると思うな、人間!そうやって、私たちをここへ追いやった癖に!上辺だけの同情で過去を清算した気になるなよ!ふざけるな!どうせ、お前も私の事なんて......!」


 その怒号の末に、彼女は俯いて動かなくなってしまった。


 なるほど、想像以上に心の傷は深いぶひ。ある一定の距離までは何ら異常のない関係を保てるぶひが、ひとたび彼女の領域に踏み込もうとすれば尋常でないほどの拒絶反応を起こすぶひ。これは中々手強い相手になりそうぶひ。


 ほとぼりを冷ますには時間の経過が有効だと考えたバンディーダはそのまま睡眠を摂ることにした。起きた頃にはだいぶ落ち着いているだろうと思いながら、ゆっくりと目を閉じる。

 その数分後、バンディーダは微睡みの中で少女の啜り泣く声を耳にした。




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