第21話 囚われ豚と謎の少女

 :


「あら、どうしたの?こんなに夜遅くに。子どもはもう寝る時間よ、バン」


「母上、少し相談したいことが......」


「まぁ!なんでしょう!もしかして、恋の悩み!?ナティナちゃんのこと!?」


 興奮気味に詰め寄る母に少しだけ物怖じてしまった。母は一度思い込んだら、その勢いは凄まじいのだ。だから


「違うから!魔法のことだから!」


 こちらも相応の勢いで突っぱねなければならない。


「恥ずかしがらなくてもいいのよ?他の誰にも言わないから。そう、パパにだって言わないわ」


「最近、氷の魔法を唱えようとすると、どうしても炎の魔力が邪魔をして上手く発現できないんだ。父上にも相談してみたんだけど、そういうのは母上の方が詳しいっていうから聞きに来たんだけど」


 母を無視して話を続けると、ようやくあちらも諦めたのか、スンッと落ち着いてしまった。


「ああ、二属性特有の『不游ベルゴ』ね。前にも話したけれど、貴方の魔力たちはとっても仲が悪いの。だから、片方のご機嫌だけを取ってたら、もう片方は拗ねて出てこなくなっちゃうのよ。バンが炎ばっかり使うから、氷の機嫌が悪くなっちゃったのね。大丈夫、ちゃんとお話すれば分かってくれるから」


「う、うーん」


『不游』は魔力流動の不調だって分かるけど、アドバイスに関してはよく分からないなぁ。まあ、母上の説明って昔からこういう風なところがあるから、出来れば父上に教えてもらいたかったんだけど、この際はしょうがないか。


「魔力にだっての。どんな時だって貴方の気持ちに応えてくれる。出てきてって切にお願いすれば、ちゃーんと出てきてくれるのよ?」


 またまたメルヘンチックなお話だなぁ。


「じゃあ、母上はいつもどんな気持ちで魔法を唱えているのさ?」


 その質問に母上は少し考え込んでから


「秘密よ」


 と、頬にキスをして、化粧台の方へ小走りしていった。


「夜更かしはダメよ。お話はまた明日。お外で練習もしましょうか」


 その時のキスはちょっとだけ冷たかったような気がした。



 "◎"


「ぶひ......」


 あれ? 僕は確か......


「ぶっ!」


 飛び起きて辺りを見渡す。しかし、そこにはドラゴンの姿もゴブリン達の姿も見えない。


「おはよう」


 話しかけてきたのは蒼色の髪をした少女であった。その身体は傷だらけで、手足には枷が付けられている。


「随分いい夢を見てたんだね」


「君は....ッ!」


 バンディーダはそこでようやく、己にも同じような枷が付けられていることに気づいた。そして、ここが牢屋のような部屋であることにも。


「オークかと思ったら、だったんだ。よかったじゃない。殺される前に気づかれて」


「ここはどこなんだぶひ。ローダ達はどうしたぶひか?」


「ぶひぶひって、豚じゃないんだからさ。笑わせないでよ」


「質問に答えろっ!」


 バンディーダの怒号など、どこ吹く風な少女は鼻で笑いながら「知らないよ」と吐き捨てた。


「大方、誰かに始末されたか、逃げ切ったか。生憎、私が相手したボンクラは私と君しか連れてきていない」


 だとすれば、彼女たちは逃げきれた可能性が高い。ひとまず、それは安心してもいいだろう。


「なぜ、僕を生かしているぶひか?」


「質問ばっかり。なんで私がそんなに答えなきゃいけないの?」


 彼女はヘラヘラと笑いながら、天を仰ぐ。


「それなら私の質問にも答えてよ。どうして、


 その声は怒りと憎しみ、そして哀しみが入り混じっていた。


「お前らのせいで、私たちはこんな地底にまで追いやられて、を受けてるっていうのに、これ以上私たちから何を奪おうっていうの?何もかも?全て奪わないと気が済まないってわけ?」


「言っている意味が分からないぶひ」


 バンディーダは困惑していた。矢継ぎ早に繰り出される単語は、まるで地上から地下へと彼女たちを追い出したかのように聞こえる。しかし、そんな話、どの国にも伝わってなどいない。


「過去は関係ないってわけ?人間の一生は短いものね。でも、龍族の爺どもはその時からずっと生きてる当事者。貴方に利用価値などなかったら、即座に八つ裂きにしていたほど人間という存在を憎んでいる。それを理解しておいた方が身のためよ」


 龍族? 龍は東洋の言葉でいうドラゴンぶひ。 ということはここはドラゴンたちの居所ぶひか?


「君は一体......?」


「知ったところで意味はないわ。どうせ、すぐにお別れですもの」


 彼女の言葉とほぼ同時に、何者かが牢屋の前に現れる。


「醜い姿だな、人間。大いなる存在に与えられた仮初の権力に溺れ、肥え太った姿はまさしく豚よ」


 見た目は人間のようであるが、額から生えている髭のような部位がそれを否定する。


「爺.....!」


 少女が苦虫を噛み潰したような顔でその男を睨みつける。


「クシス。要らぬことを口走ってはいないな?」


「さぁてね。もしかしたら、爺の恥ずかしい秘密まで話しちゃったかも」


「ふん! 魔より生まれし忌み子が。貴様など同族でなければ即刻打首だというのに......」


 さて、と男はバンディーダに視線を移す。


「貴様も打首といきたいところだが、重要な役割があるのでな。その最期の時までその薄汚い小娘と戯れるといい」


 そう言い残し、男は去っていった。


「なんなんだぶひ......」


 状況が一切飲み込めないバンディーダはただただ疑問の声を漏らすしかなかった。


「君、を開けてここに来たでしょ?」


 蒼の少女、クシスは頭を抱えるバンディーダに問いかける。


?もしかして、ダンジョンコアのことぶひか?」


「あれは投影装置でもあり、地上と此処を繋ぐ穴でもあるの。本来は私たちを地上に送り込むために一方通行でしか機能しないはずなんだけど、君は何故か此方へ来られた。それはおそらくを持っていたからに他ならない」


「投影装置?鍵?」


 ますます混乱するバンディーダ。彼女の話など半分も頭の中に入ってきていない。


「鍵の権限はしか有していないはず。何の因果か、君は此処に居る者たちが自由に外に出られるとなった」


「はぁ......」


「理解していなくても孰れ解るわ。きっと、も君の存在には気づいているはず。これからは君を賭けた争奪戦がこの地下牢獄ダンジョンで勃発するでしょうね」





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