夢は再び

第20話 氷の龍

 ◎


 バンディーダは硬直してしまった。まさに、竜に睨まれた豚。予想外の事態に思考は一旦シャットダウンし、再び最適解を導き出すためにフルスロットルで回転する。


 このドラゴンは奴の仲間ぶひか? ドラゴンに仲間意識なんてあるぶひ? 敵対させられないぶひか?いや、まずはシトンの解放ぶひ。


 バンディーダはシトンの拘束を解き、新手のドラゴンに注意を払い続ける。


「散レ!」


 トトの一喝でバンディーダを除く全員が散開した。トトは集団で逃げるよりも個々で逃亡した方が生存率が高いと判断したのだろう。元よりその連携力があったゴブリン達はトトの咄嗟の判断にほぼ同時で反応できたが、新参のバンディーダはワンテンポ遅れての始動だ。しかし、バンディーダはこの状況を逆手にとった。


「僕が囮になるぶひ!」


 狙い通り、新手は逃げ遅れた豚に釘付けになっている。


「さあ来い!」


 しかし、その声には一切反応しなかった。ただ、彼をじっと見つめ続けるだけで、微動だにしない。


「グギャゴオオオ!!!!」


 視界を奪われていた個体が目に光を取り戻し、こちらへ向かって怒りの咆哮を轟かせる。しかし、その間に


「グオオオオオ!!!」


 が入ってきた。


 仲間割れぶひ!


 これを好機と捉えたバンディーダはその場から一気に離脱する。その光景を見届けた他の者たちも、その足を止めることなく、一気に駆け抜けた。


「グギャルルル!!!」


 未だに威嚇し合う二匹を尻目に、バンディーダは全身の肉を揺らしながら走り続ける。


「ぶひっ!ぶびっ!びぶっ!」


 だが、悲しいかな。彼に纏わりつく脂の塊が体力を大幅に減少させている。そのため、瞬発的な運動に支障はなくとも、持続的な運動が続かない。最初こそは勢いが良かったものの、度重なる激しい運動と一向に弛まぬプレッシャーにより、現時点での彼の体力はほぼ限界近くにまで陥っていた。

 その足取りはもはや子どもの歩みの方が速いと言えるほどにまで遅いが、仲間たちは彼の離脱を確信しているので、バンディーダの方に視線を送ることはない。そうして徐々に、徐々にその距離が離れていく。


「ぶはっ!ぶはっ!ぶぶぅっ!」


 遂には大きな息切れとともに足を止めてしまった。魔力は乱れ、彼を覆う冷気も薄くなり、その相乗効果によって更に体力が奪われていく。


 あ、焦る必要はないぶひ。ここで無理をして行き倒れなんてことになったら、それこそ終わりぶひよ。あの場所からはかなり距離が空いたはずぶひ。あとは、ゆっくりとここから離れれば......


 彼は脂まみれの汗を拭いながら、自身に何度も"大丈夫"だと言い聞かせる。


 ─ドゴォォォン!


 視界の隅で何かが岩に衝突する。を確認する間もなく、風の刃がバンディーダの身体を切り刻んだ。


「ぐああっ!」


 右腕と脇腹。幸いにも、その傷は肉を削り取るだけにしか到らず、生命に支障はない。


「ぐぅぅ!!!」


 例のごとく、傷を焼いて止血する。そして、予め持ってきていた薬草を口に含み、ぐちゅぐちゅと歯で磨り潰してから、それを傷口に塗りつけた。

 湿った傷口は火の粉靡く熱風によって目を閉じる間もなく、乾いていく。


「風魔法ぶひか......」


 上空には視界を奪ったいた方のドラゴンが滞空していた。その周りには囂々ごうごうとした風の流れが入り乱れている。以前に戦ったドラゴンはこれに加えて雷と闇も扱っていた。つまり、これらの魔法はドラゴンが標準的に有している属性だと考えてもいいだろう。


 そうだとしても、僕の『絶界紀行』であれば打ち勝てる見込みがあるぶひ。けど、それを唱える体力はもう残されていない。せめて、もう少し息を整える時間さえあれば!


 遠くからはローダ達の声が聞こえる。バンディーダの異変に気づいたようで、大声を上げながらこちらへと向かってきている。


 ドラゴンは手負いの豚を仕留めるべく、予断を許さない速度で一気に下降した。大剣を思わせるような大きな爪を振りかざしながら。


「まずっ......」


 思考ばかりに囚われていたバンディーダはその攻撃に反応できなかった。もはや彼は目を見開くことしか許されない。その一撃がバンディーダに届くかと思われたその時、大きな影が彼の視界を遮った。


「クギィィィ!!!」


 それはだった。先程、岩に衝突していたのもそのドラゴンであり、体勢を立て直した彼(?)はバンディーダを庇うように爪に一撃に割り込んだ。その爪が腹に食い込み、苦痛の声を上げるが、負けじと尻尾を使って、薙ぎ払おうとする。そして、二匹は取っ組み合うような形にもつれ込んだ。


「ッ!?」


 バンディーダは驚きを隠せなかった。彼にとって、今の行動はどうしてもようにしか見えなかった。いくら、頭に血が昇っていたしていたとしてもわざわざ攻撃を受けるほど、ドラゴンの知能は低くないはず。それならば、どうして彼奴はそのような行動をしたのか、バンディーダには理解できない。


「カァァァァ!」


 やがて、痺れを切らした一匹が火炎を放つために、口を大きく開けた。


「ァァァァ!」


 もう一匹もまた、それに応えるように口を大きく開く。


 その際、バンディーダはに気づいた。


「冷気......?」


 その正体はすぐに判明した。なぜならば、その違和感は一瞬で一目瞭然の異質へと変化したからだ。


「まさか!?」


 傷を負っている方の鱗が青白く染まり始めている。また、微かに水滴が口の端から零れ出していた。


 吐息ブレス!?


 その疑問は放たれた一撃によって解消された。

 火炎と吹雪が一気に衝突し、とてつもない衝撃波が巻き起こる。その余波でバンディーダだけでなく、比較的遠くにいたローダ達でさえ大きく吹き飛ばされた。


 まさか、吹雪を吐くドラゴンまでもが存在するぶひとは......


 バンディーダは感心と苦痛に揺らめきながらも、地面の衝突と共に意識を失った。







































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