報告書 『天原の真玉』より

 バンディーダが溶岩地帯へと転移した頃、地上ではブレズが『愛しき者たちが眠る獄』に到着していた。


「フロール......」


 荘厳なる氷の城。これを見た者はみな息を飲み、彼女の並外れた魔力に敬服するだろう。彼女が命を賭して造り上げた恒久の氷壁は数年経った今も尚、溶ける気配はない。たとえ、ブレズの全力を持ってしても、水滴を垂らすことすら適わないと思われる。


「周囲においてバンディーダ様は見当たりません!」


 兵士の報告を聞いて、ブレズは諦めの溜息を吐いた。そして、そびえ立つ氷にそっと手を当てる。


「バンは、お前の下に行ってしまったか......」


 バンディーダとフロール、ブレズとバンディーダの間には親の魔力を子が継ぐという魔力継流まりょくけいりゅうが起こっている。本来、子が継ぐのは片方の親の魔力だけであるが、バンディーダは珍しく両親の魔力を継いだ。


「やはり、......」


 しかし、夫婦の魔力の差は歴然。もし、通常通り魔力継流が行われていたのであれば淘汰されているのはブレズの方だと考えるのが自然。しかし、バンディーダは継いだのだ。

 と言われる氷と炎の魔力を同時に!

 それ故に、彼は氷炎の貴公子と持て囃されていたのだ。


「当主様......」


 未だ完全に事態を呑み込めていない兵たちにはブレズにかける言葉を見つけられない。


「我が息子はこの城とした。我が妻と同じく、このが我が息子となったのだ」


「は?」


 突拍子もない言葉に周囲は理解不能の声が漏れる。その態度が無礼であるという思考を上回るほどの大きな疑問であった。


「なるほど、『魔力協奏コンツェルン』ですか」


 モノクルを掛けた透き通るほどの長い白髪の男が颯爽と現れる。


「なっ!あ、貴方様は、ぎ、ギルドマスター!」


 彼の姿を見た若い兵士は驚嘆し、舌足らずな言葉を発する。


「ナレジ・フォロナード。今は『天原の真玉』を捜索中と聞いたが?」


 ブレズは顔を顰めながら、彼に一瞥を送る。


「彼らとは連絡が着きましたので。その直後、貴方がに向かっていると部下が慌てながらに言うのですから、参上した次第ですよ」


 ナレジ・フォロナード。私営ギルドを全て取り仕切る、ギルドマスターの頂点に君臨する男である。その知見の深さから、迷宮に住まう賢者と称されている。


「『魔力協奏』とは魔力の波長が合う者同士の魔法干渉のことを言います。主に親が唱えた魔法を子が操作するといった事例ですね。これは魔力継流の際に、子の魔力が親の魔力とほぼ同質に受け継がれないと起こりえない事象だと考えられています。故に、子息殿は夫人殿の魔力をより濃く受け継いでいたとブレズ伯は仰ったのでしょう。しかし、それでいてブレズ伯の魔力も不足なく継承していたのですから、やはり子息殿は特別な才能を持っていたと言わざるを得ませんね」


「貴様はわざわざ長ったらしい講釈を垂れに来たのか?用がないなら、パトロン共に早く『研究成果』とやらを見せに行ったらどうなんだ」


「それは他の者に任せてあります。私にとって、今は此方が最優先事項だ」


「私を連れ戻すことか?」


 ブレズが呆れたように笑うと、エクスは真剣な顔付きで首を横に振った。


「これを聞けば、貴方の考えも変わるでしょうね」


「なに?」


「先日『天原の真玉』より、調で報告書が届きました。その結果を聞けば、心中などしている暇はないと思うはずです」


 辺りの気温が数度上昇する。

 ブレズの目は見開かれ、拳は血が滲むほど強く握り締められていた。


「質の悪い冗談か?」


 あくまで冷静を取り繕っているが、その声は震えている。


「冗談なのは貴方の方でしょう。伯爵の地位を持つ貴族が軽々しく命を投げ出さないでください」


 ブレズはナレジの胸倉を掴み上げ、漏れ出る魔力がその襟を焦がす。しかし、ナレジは汗ひとつ流すことなく、言葉を続ける。


「本題に行きましょう。まず、前提として。それはもうお分かりですね?」


「このまま丸焦げになりたいのか、貴様は?」


「いつにも増して親バカ妻バカじゃないですか。まったく、人の噂というのはあてにならない」


 ふわり、と風が吹くと、いつの間にかブレズとナレジの距離が空いていた。


「次に、コアはである。これも間違いありませんね?」


「それがどうしたというのだ!?」


 ブレズは理解できなかった。また、周りにいた他の者もその言葉の真意を読み取れない。


「落ち着いてください。一つずつ説明しますので。今回、調査したのはS級ダンジョン『龍の墓場』。既に踏破済みだけあって、前回よりも調査は捗ったと聞きます」


 落ち着かないのか、ナレジは仕切りに手首を捻ったり、擦ったりする。


「問題はここからです。通常、ダンジョンにはダンジョンマスターという強力な魔物がコアを守るように鎮座しています。しかし、今回の調査ではそれが見られなかった」


「なにっ!」


「そして、コアもまた円形ではなく、上が円形、下が方形と、まるで鍵穴のような形をしていたのです!」


 沈黙が支配する。理解の追いつかぬ事実に脳内の処理が追いつかず、誰一人として言葉を発さない。


「一体何が起こったのか。彼らは調査に調査を重ねました。触れ、傷つけ、あるいは破壊しようとした。けれど、全て無駄でした」


「なんだと!?」


「程なくしてコアは元の円形へと戻ったそうです。しかし、ダンジョンマスターはいつまで経っても湧いてこない。痺れを切らした1人がもう一度、コアに攻撃を加えると今度は問題なく傷が着き、ダンジョンマスターもスポーンしました。ただ、一つだけ奇妙な点があったのです」


「いちいち回りくどい言い方をするな!」


「あぁ、これでも端折って説明していますが、それでも話の半分は理解していないでしょう。まあ、ブレズ伯はともかく、知識の乏しい者たちにとってはもっと基本的な知識がなければ解らない話になってきていますからね」


 ナレジは腕を摩りながら、氷の方に眼差しを送る。


「それは出現した時点でとなっていました。腹には切り傷、


 ─────。


 静寂。ここに居るものたちは驚きのあまり息をすることすらも忘れてしまった。


「この奇妙な現象は一体何なのか?ダンジョンマスターを降した彼らは大きな疑問を抱いた。そして、そのコアを彼らが持つ全ての力を持って徹底的に調べ上げた。そのため、連絡が一時的に途絶えていたようです」


 ナレジはモノクルを外し、大きく息を吸って、吐き出した。そして、懐から一枚の紙を取り出す。


「そして、これが先程届いた報告書です。曰く、《コアは根にあらず茎である》」


「なっ!では、まさか!」


「えぇ。つまりだったということでしょう」


 それは世界を揺るがす衝撃の事実。ダンジョンは自然発生するものであり、コア自身が有する何らかの力で、ダンジョンを構成しているというのが通説。しかし、その中核を担うコアが単なる通り道であったということは、その向こう側の空間が存在しているということ。そして、それらはおそらく───


「ありえない......」


 誰が何のために、そんなものをつくったというのだ。もし、それが事実だとするならば、今までのダンジョンは.......。


「これは私の想像なのですが.......いえ、続きは彼らを交えてからにしましょうか」


 ナレジは踵を返し、ブレズを手招きする。


「『天原の真玉かれら』は一度ギルドに帰還するそうです。そこでこれからの事についてじっくりと話し合いましょう」









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