第19話 徹底的撤退戦略

 ー◎ー


「アノ話は本当か、バン!」


 道すがら、トトは焦りを隠せない表情で、バンディーダに問い質していた。


「昨日の夜、シトンとそんな話をしたぶひ。最後に何か呟いていたぶひが、それはおそらく独りでいく決意を固めていたぶひ」


「クソッ!アイツ、まだ諦めてナカったのカ......」


 ダンジョンを駆け巡ること、数十分。バンディーダたちは例の溶岩地帯へと辿り着いた。


「相変わらず、ここは暑すぎるぶひ」


 バンディーダは冷気を纏い、また他の者たちにも冷気を施した。


「バン、オレたちはいい。その分の魔力はとってオケ」


「ワタシも平気ダ!」


「そうぶひか。お言葉に甘えるぶひよ」


 バンディーダは汗を拭きながら、その魔力を断ち切った。


「シトンー!どこに居るんダー!」


 ローダが叫ぶが、返事は返ってこない。



 ぶひっ! 遭難用の魔道具さえあれば、僕の魔法ですぐに見つけられるというのに!


 バンディーダは唇を噛み締める。武器以外、ほぼ手ぶらな状況ではこの広大な階層を駆け回って探すことしかできない。


 ─グオオオオオ!!


 遠方から咆哮が轟く。


「アッチだ!」


 ローダが左奥の方に手仕草をして誘導する。


「ブジで居ろヨ......!」


 ローダの絞り出すような声がバンディーダには痛々しく胸に響いた。





「ウオオオオオ!」


 シトンは未だ健在であった。ドラゴンの吐く火炎を華麗に躱し、身を翻しながら斬撃を繰り出している。


「シトン!」


 ローダの声により、シトンの集中が途切れる。


 まずい!戦闘中の合流は、全員の気が削がれて危険ぶひ!


「目を閉じるぶひ!『天煌フラン』!」


 バンディーダの指先から眩い閃光が放たれる。


「キシャアアア!!!!」


「グァ!」


「ウっ!」


 しかし、それは敵だけでなく、反応できなかった味方の視界を奪う結果となった。


 これでいいぶひ。満点を狙う必要は無いぶひ。及第点でいいぶひ。これでひとまず、戦況がリセットされたはずぶひ。


「ウラぁ!!!」


 唯一、バンディーダの閃光から逃れたトトはその一瞬の隙を突いて、攻撃へと転じていた。彼が取った行動は斧の投擲。それは手斧というにはあまりにも巨大な斧であったが、彼は軽々とドラゴンに向かって正確無比に投げつけたのだ。


「ッ!澄み渡る静止の波よ『静海ヴェラディネ』!」


 バンディーダは斧が標的に衝突したのを確認する前に、自身らを囲むように氷の波を展開した。


「何ヲッ!?」


 行動範囲を制限されたトトが疑問の声を上げる。

 しかし、バンディーダの行動が正しかったことを、その数秒後に理解した。


「デタラメの火炎カ......」


 視界を奪われたドラゴンは全方向からの敵の攻撃を寄せ付けぬように、回転しながら炎を吐いていた。トトが投げた斧も、火炎により溶けて消えていた。


「やはりブが悪イ......。逃げるゾ!」


 トトの号令により、バンディーダとローダは撤退態勢を整える。しかし、シトンだけは頑なに臨戦態勢を取っていた。


「バカ!」


 ローダがシトンの頭を思い切り、引っ叩く。その衝撃で、シトンの意識は一瞬だけ刈り取られた。その一瞬でバンはシトンの手足を凍りつかせ、拘束する。


「トト、抱えるぶひ」


「アア」


「クソ!離セ!オレは戦えル!」


 シトンは必死にもがくが、トトの腕から逃れられそうにない。


「帰ったラお仕置きだナ」


 ローダが笑いを堪えながら、撤退の先行をする。


 ドラゴンの奴はまだ視界が戻っていないぶひ。このままいけば無事に.......。


 瞬間、肌がヒリつく。100℃以上の温度上昇の兆候。炎の魔力が暴れている感覚だ。つまり、


 火炎ブレスが来る


「『静海ヴェラティネ』ッッ!」


 方向が分からない以上、広く浅く魔法を張るしかない。しかも、無詠唱であるから、先程よりも幾分も頼りない防御壁となっている。故に、火炎の着弾を待たず、バンディーダは次の詠唱の準備を整えていた。


「ほんとにすごいナ、バン......。オマエが居なかったラ、ここまでラクにドラゴンから逃げらレてないゾ......」


 トトは感嘆の声を上げた。


「感謝なら村に帰ってからぶひよ。......猛ける炎に魅せられた妖精に合いの手を『炎妖精の踊りフレミィ』」


 壁を貫通し迫ってきた火炎が、バンディーダの魔法と呼応し、踊るように屈折する。前回のように溢れ出る余波はなく、炎の膜は完璧に火炎を捉えた。


駸々しんしんと駆ける日に、涔々しんしんと積もりゆく粉雪よ『冬暁霧ウィローグ』」


 間髪入れずにバンディーダは粉末状の氷を大量に撒き散らし、融雪霧ゆうせつぎりを作り出し、視界を遮る。溶岩地帯のため、炎魔法を展開せずに作り出せたのが幸いか、魔力の使用量は少ない。


「このまま逃げ切るぶひ」


 ここで断言しておこう。。撤退において、一挙一動、ほぼ完璧だと誰もが口を揃えて評価するだろう。だが


「なっ.......」


「モ、.......!?」


 。たった、それだけで彼は一気に地の底へと叩き落とされたのだ。そして、今この時もまた......


「フシュルルル......」


 その運命に苦しめられる。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る