第17話 重なる面影

「着いたゾ!ここがミノタウロスの狩場だ!」


「ぶひ」


 バンディーダは辺りを見渡す。先ほどの階と比べ、特に大きな変化は見られない。空気が薄くなった気がする程度である。


「あー、今日はバンがいるから帰りが楽でいいゾ」


 ローダは既に帰還のことについて話している。ミノタウロスの狩りに関しては微塵も不安を感じていない様子だ。


 普通に考えれば、ゴブリンが何十匹集まろうがミノタウロス一匹に対して手も足も出ないぶひ。けれど、以前の食卓に出てきた肉はローダが狩ってきたという。そして、そのローダの足取りはいまもなお兎狩りに行く貴族のように軽いぶひ。ここは僕が手を出さず、一先ず彼女の初撃を窺ってみるぶひ。


「今日はどこかナ〜......あ、居たゾ!」


 ローダが指さす先には牛頭の巨人がいた。


「ヨシ、見テろ!ソレ!」


 彼女は背負っていた剣を標的に目掛けて投擲する。そして、地を蹴り、懐に潜り込む。ミノタウロスは投げられた剣に注目しているので、懐のローダには気づいていない。


「ハッ!」


 彼女は着地した勢いで、半身を捻り、突きを繰り出した。


「ボギァ!」


 その一撃はミノタウロスの巨体が宙に浮く程の破壊力。如何なる武闘家であっても、でミノタウロスの足を浮かすことなど出来ないだろう。


「ソリャ!」


 彼女はそのままを手に取り、ミノタウロスの片足を切り飛ばした。


「ウモ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙!」


 まさに一瞬の出来事。バンディーダでさえ、辛うじて目で追えるほどの速度で行われた。ミノタウロスにとっては剣が飛んできたと思っているうちに、腹を殴られ、いつの間にか足を切断されてしまったという感じだろう。


「ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!」


 ミノタウロスは怒った。

 誰がこんな事をしたのか!自分をこんな目に合わせた奴を許さない!絶対に殺してやる!

 と吠えた。


 その声に呼応するようにもう一匹のミノタウロスが現れた。


「番持ちぶひ!」


 バンディーダは腕を上げる。


水は滔々と流れることを許されず河もまた淡々と立ち尽くすのみただ凍れ氷銀河キャロル』」


 氷塊の吹雪。弾丸のように射出された魔法は的確に増援の肉を抉り、片目を潰した。


「オオオッ!」


 ローダはバンディーダが展開する銀の世界に釘付けになっている。


「余所見するなぶひ!まだ敵は沈黙してないぞ!」


「アッ」


 彼女が振り向いた時には既に遅かった。片足のミノタウロスの拳が彼女の全身を完璧に捉える。


「グッ!」


 腕による防御も足腰の踏ん張りも手遅れ。敵の握り拳は彼女の脇腹をミチりと音を立てながら殴り飛ばした。


「グバァッ!」


「ローダッッ!」


「ブルルッッ!!!」


 ミノタウロス達は怒り心頭に達している。足を失っても、目を潰されてもなお、凄まじい殺意をこちらに向けている。


「『炎翁幕バレス』!」


 2匹とローダを遮るように炎の幕を閉じる。敵の注意をバンディーダ1人に向けようとするが、片方はローダから注意を逸らす気はなさそうだ。下半身を引きずりながらも、倒れている彼女へと向かっている。


「チッ! 煌々ときら─「ブモモモ!!!!」


 バンディーダが詠唱しようとするが、片目のミノタウロスが無数の礫を無造作に音速で投げつけてくる。


「『氷朝コーテ』!」


 バンディーダは詠唱を中断し、防御に転じた。


 クソッ!!手をこまねいてる暇はない!!全力だ!!!


沈黙いのり─「ウギャギャギャアアアアアアア!!!!」」


 強烈な咆哮がこの場にいる全員の身を竦ませる。


「痛イじゃネーか!このクソッタレ!!!!」


 ローダがミノタウロスの眼前に躍り出る。そして、その首を蹴り飛ばした。ミノタウロスの頭はその威力に耐えきれず、胴体と首が離れ離れになる。


「ローダ!」


「ミナゴロシだ!テメーら!!!」


 ローダは怒りで我を忘れているようだ。目の焦点は定まっておらず、口の端からは泡が湧き出ている。


「ブモーーーーーー!」


 片割れを殺されたミノタウロスもまた激昂の咆哮を上げた。そして、ローダに向かって一直線に突進する。


「ギャギャッ!」


 ローダはありえない体勢で跳躍し、ミノタウロスの腹を手刀で穿いた。


 ─おう、ぎ『こくよう』......


 ローダの姿があの時の光景と重なる。忘れられぬ悪夢。地獄の始まり。己のせいで死んでしまった愛しき者。しかし、ローダの影と重なったのはその者ではない。むしろ───


「ハァ、ハァ、ハァ」


 動悸がひどい。淡い光が目の奥で点滅して、耳鳴りも五月蝿い。落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け!


「バン......?」


「ッ!」


 思わず、身構える。目の前にいたのは、心配そうな顔をしていたローダだった。


「終わったぶひか......」


「ア、アァ。ワタシが油断したせいで少し手コズったナ。すまなかっタ」


 ローダが申しわけなさそうに頭を下げる。


「それよりも身体は大丈夫ぶひか?」


「アバラは折れたかもナ。けど、血が出てこないから内臓モツは無事ダ、多分ナ」


 彼女は脇腹を抑えながら苦笑する。


「痛むぶひか?」


「チョットだけ」


「なら、少し手を退けるぶひ。『安冷ヒーヤン』」


 爽涼感と共に痛みが消えていく。


「オオ!痛くなくなったゾ!」


「一時的な痛み止めぶひ。効果が切れる前に帰るぶひよ」


「オウ!」


 ローダはミノタウロスの死体を縛り上げ、ズルズルと引き摺る。


「僕が持たなくていいぶひか?」


「今日はワタシのせいで苦戦したんダ。これくらいはしナイと!!」


「なら、遠慮なくお願いするぶひ」


「アア。それよりも、オマエの魔法スゴイな!」


 和気藹々わきあいあいと村に帰っていく両者であるが、バンディーダの心の中には何かモヤッとしたものが立ち込め始めていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る