第14話 オークとゴブリン

 @◎@!


「ワタシが初めて狩ろうとしたエモノはオークだった」


 驚くことはない。ゴブリンは悪食だ。それは先の転移前でも確認した。飢餓状態ならたとえ身内であっても食い殺す。言葉が通じるから食べるのを躊躇うというのは人間の価値観だ。


「ソイツは群れから離れていたオークだっタ。一体一ならワタシも勝てる。そう思って剣を持っタ。けど、そこでジャマが入ったんダ」


「ドラゴンぶひか?」


「ギャッギャッ、サスガに違う。あんなキケンなトコロに初めから行かないゾ。ジャマをしたのはヘルハウンドだ。ワタシが狙うその後ろから更に狙ってきタ」


「漁夫の利を得ようとしたぶひか。ヘルハウンドは狡猾だからぶひねぇ」


「その時の傷がこれだ」


 ローダは右の脇腹を指さす。そこには痛々しい噛み傷の痕が残っていた。


「あの時、ワタシは死んだと思っタ。もうダメだと諦めてたんダ。でも、ワタシが狙っていたオークがヘルハウンドを殺した。一瞬だけ安心したケド、すぐにワタシはオークに殺されると思っタ」


「当たり前の感覚だナ。実際、狩り損ねたエモノに殺されたナカマは多い」


「デモ、ソイツはワタシを殺さなかっタ。逆に傷の手当をしてくれた。ソシテ、ワタシを村まで送り届けてくれたんダ」


「あの時は村全体が騒ぎになったナ」


 トトが感慨深げに頷く。


「ソレ以来、ワタシたちはオークを狩らなくなっタ」


「ローダの希望だ。あの事態は村のミンナが知ってる。ダレひとり反対するモノはいなかっタ」


 ─ぐうう〜


 腹の音が鳴り響く。そう言えば、起きてから何も食べてないな。


「腹が減ったカ?」


 ローダは自分が食べていた菓子をバンディーダに差し出す。


「食エ。ラックルの実を干した奴ダ」


「ありがとうぶひ」


 バンディーダは一つだけ指で摘むと、それをまじまじと見つめた。


「どうしタ?ラックルは嫌いだったカ?」


「少しだけ」


 甘酸っぱい想い出も今となっては苦い過去でしかない。バンディーダはそれを口に放り込むとひと噛みだけして、すぐに飲み込んだ。


「飯ナら他にもアる。オレが持ってくるゾ」


「ありがとうぶひ、トト」


「気にするナ。オマエはもうオレ達のナカマなんだから」


 トトの笑顔がいつの日かの父の面影と重なった。そう言えば、父は無事なのだろうか。あの日を境に凍りついたように冷酷になってしまった。もう、あの頃のように笑い合える日々は来ないのだろうか。


「どうしタ?オレの顔に何かついてるカ?」


「なにもないぶひ」


 バンディーダは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。


 トトが食料を持ってくると、そのまま食を囲む団欒が始まった。


「この村はどのくらいの規模ぶひか?」


「キボ?」


 少し難しい言い回しだったぶひか。


「この村には何匹のゴブリンがいるぶひか?」


「アア、それならわかるゾ。16だ」


「皆、血は繋がっているぶひか?」


「アア、ミンナ『ハハ』から生まれてきた」


?」


「ハハはミンナを産んだ後、すぐ居なくナる。だから、オレがミンナの面倒見てる」


「トトが一番歳上だからナ!」


「そうぶひか」


『ハハ』という存在。確証はないが、ダンジョンコアだと考えてもいいぶひ。


モンスターの生命源はダンジョンコアから供給される魔力というのが通説。故に、コアが破壊されない限り、絶滅することはない。逆もまた然り。彼らが食事をするのも、獲物に含蓄された魔力を摂取するためだと考えられている。


「まァ、カゾクみたいなものダ。それで、他に聞きたいコトはあるか? 何でも聞いてクレ」


 そうだな.......あ!あるじゃないか。一番気になることが!


「なぜ、僕の言葉が分かるぶひか?」


「?」


 バンディーダの疑問にトトもローダも首を傾げる。


「そう言われて見ればそうだナ。どうして、オレ達はオークと話せるンだ?」


「別にいいじゃナイカ。話せナイより話セた方がワタシは嬉しいゾ」


 いや、有耶無耶にしていい事案ではないことは確かぶひ。だが、彼らにも心当たりがないとなると、現状は打つ手がないぶひねぇ。おそらく、鍵は『ハハ』が握っているぶひ。


「帰ったゾゥ!」


 テントの外から爽やかな声が聞こえてくる。


「オ! シトンが狩りから帰ってきたカ」


 トトはおもむろに立ち上がり、去り際にこう言いった。


「アイツもきっとバンのことを気にいるゾ」


 トトが去ったが、ローダは未だテントに残っている。


「ローダは迎えに行かなくていいぶひか?」


「ふン!ワタシはアイツが嫌いダ!いつもワタシにイジワルするからナ!だから、アイツもワタシが嫌いなんダ!」


 ローダは忌々しげに、ナッツを噛み砕いた。その姿を見て、バンディーダはほんの少し寂寥感を含んだ旧懐に口元を窄めた。


「ン?ナニカ面白かったカ?」


「いや、ラックルが酸っぱかっただけぶひ」


「ヤアッ!オイラはシトン!初めマシテ、オークのバン!」


 第一印象は騒がしい奴。やはり、彼もどこか人間らしさを持ち合わせている。


「よろしくぶひ」


「ゼヒトモ!しかし、ナニカと煩いローダが迷惑をかけたダロウ?この筋肉バカムスメに代わって、オイラが頭を下げル!スマナカッタ!」


「何だヨその言い方ハ!勝手ナことバッカ言ってバンを困らせるナ!」


「ぶははっ」


 二人のやり取りが何とも可笑しかったので、堪えきれず声を出して笑ってしまう。


「....ギャッ、ギャッギャッギャッ!」


 釣られるようにローダもシトンも笑い声を上げた。


 その日はシトン帰還のお祝いとバンの歓迎も兼ねて、ほんの小さな宴がゴブリンの村で開かれた。








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