第13話 オークでもいいや

 -◎-


 何かいい匂いがする。


 そう思いながら目を開けると、ローダがお菓子をつまんでいた。


「オ! やっぱりオークだけあって食べ物にビンカンだナ!」


「ちっ......」


「オマエも食べるか?」


 バンディーダは尚、口を閉ざす。


「イラナイのならワタシが全部食べるゾ?イイのか?」


「......」


「......なあ、ワタシはオマエと仲良くなりたいんだ。オマエはワタシのことがキライなのか?」


「...........」


「そっか、じゃあ悪かったナ......」


 ローダは俯きながら立ち上がり、テントから出ようとする。泣きそうなのか、少し声は震えていていた。


「なぜ、僕を助けたんだ?」


 まさに外へ出る直前にバンディーダは口を開く。今にも消え入りそうなほどか細い声で。


「オークには恩があっタ。ダカラ、ワタシはオマエを助けタ。それだけダ」


「そう、か」


「オマエがワタシを嫌っていても別にイイ。そんなコトでキズだらけのまま追い出したりはしないからナ」


 言い終えたローダが外に出ようと前に振り向くと、バンディーダは自身の名前を呟いた。


「バンディーダ、僕の名前ぶひ」


「!」


 それを聞くとローダは踵を返し、バンディーダの方へと駆け寄った。


「オーク!」


 ローダは嬉しそうにバンディーダの手を握る。そして、ブンブンと縦に振った。その力は強い。


「待て、オーク、オークって言うが僕はオークじゃ─「よろしくナ!バンディーダ!ウン、長いナ!舌を噛みそうダ!バンでイイか!」


 はぁ、こっちの話をまったく聞きやしないか。いや、別にいい。とにかく、彼女たちは悪い奴じゃないことは確かだ。彼女たちに対していつまでも大人気ない拗ね方をしているのはあまりにも情けない。


「なあ、バン!ここに居てもイイか!? 嫌じゃナイか!?」


「あぁ、構わないぶひよ。僕だって独りで寝てるのは暇ぶひ」


「やった!じゃあ、他のヤツらも呼んでくるゾ!ミンナ、オマエと話したがっていたからナ!」


 そう言って、ローダは駆け出した。そして、数分ほど経った頃、


「本当にオークだ!」「初めて見た!」「すげぇデブ!」「腹の肉、ぷにぷにしてそうダ。触ってもイイか?」


 続々とゴブリンの子どもたちが入ってきた。


「うおっ!」


 たちまち、バンディーダは取り囲まれ、揉みくちゃにされる。


「コイツらはワタシのキョウダイだ!よろしくナ、バン!」


「おい、これはさすがに唐突すぎて......痛てて、まだ腹は触らないでくれぶひ!治ったら触らせてやるぶひから、今は駄目ぶひ!」


「ブヒブヒ言ってるゾ!面白いナ!」「ぷにぷにしてる。柔らかいゾ」


「ギャッギャッギャッ。ミンナ、ホドホドにするんだゾ。バンはまだケガ人だからナ」


 ローダの忠告は子どもたちには届かない。結局、数十分ほど、バンディーダは子どもたちの餌食となった。


「はぁ、何だか疲れたぶひ」


「すまないナ。アイツらはゴブリン以外の種族を見るのは初めてなんだ。ワタシもこうして他の種族と話すのは久しぶりで、とてもワクワクした」


 ローダはバンディーダの向かいに座り込む。


「思えば、ケガ人に対して少し煩かったかもナ。オマエが怒るのも当然ダ。すまなかっタ」


「謝るのは僕の方ぶひ。助けてくれた君に対して、無礼な態度を取ってしまったぶひ。本当に申し訳ないぶひ」


 バンディーダが頭を下げると、ローダはその上に額を重ねた。


「なら、これでおあいこだナ!」


「ほう、いつの間に仲良くなったのカ」


「トト!」


「やっぱり、腹が空いて機嫌が悪かったんだナ。とりあえず、これで一安心ダ」


「トトはワタシの兄だ。トト、オークの名前はバンだゾ。これからはそう呼ぶんダ」


「ウム。よろしくナ、バン」


 トトが手を差し伸べると、バンディーダはその手を握った。


「こちらこそ、よろしく頼むぶひ」


 会話の中にトトも加わり、バンディーダは彼らから情報を聞き出す。


「そういえば、ここは何処ぶひか?ゴブリンの村ということはわかってるぶひが、あの場所からどのくらい離れてるぶひ?」


「オマエがいたドラゴンの巣からはかなり離れてるゾ。この村はアソコから階段を三つほど上がった場所にある」


「ということは、やはり此処はダンジョンぶひか」


「ダンジョン?」


 聞き慣れない言葉なのか、ローダが首を傾げる。


「そういうオマエこそ、なんであんな場所にいたんダ? 群れなら分かるが、ひとりで行くなんて自殺行為だゾ?」


「ローダ!デリカシーのないことを聞くナ!バンにはバンの理由があるンだ!」


 バンディーダは考える。あそこにいた理由。おそらく、ダンジョンを破壊しに来たといっても彼らには伝わらない。それに、目的は君たちを殺しに来たと言うようなものだ。それは避けたい。


「迷ったぶひ」


 なら、言う必要はない。コアに触れたら、突然あの場所に飛ばされたのだ。嘘は言っていない。


「群れからはぐれたのカ?」


「いや、元々独りぶひ。群れなんてないぶひよ」


「なら、ワタシたちと暮らそう!」


 ローダが飛び跳ねる。


「どうして、ここまで僕に優しくしてくれるぶひか?」


「ギャッギャッ!たとえ、オマエ以外のオークが倒れていたとしても、ローダは同じように接していただロうナ。ローダはそういう娘ダ」


 トトは豪快に笑う。それに釣られて、バンディーダも笑みを零した。


「あ、そういえばもうひとつ気になるぶひ」


「なんダ?」


「あのドラゴンがいた場所にどうしてローダも居たぶひか?」


 あの場所にいるのは自殺行為。彼女自身がそう言った。しかし、なぜか彼女も居たのだ。矛盾していると言わざるを得ない。


「ああ、ソレは狩りの帰りだっタからダ」


「狩り?」


「昨日食べタだろう?ミノタウロスの肉。アレはワタシが狩ってきたものダ!」


 彼女は誇らしげに胸を張る。


 ミノタウロス。主にB級ダンジョンから出没するモンスターだ。だとすれば、彼女はB級冒険者以上の実力者だといえる。


「ミノタウロスは食べて、オークは食わないぶひか?」


 思わず疑問が口に出る。口に出してからバンディーダはしまったと後悔した。オークはローダの恩人だと言った。ならば、食うはずがないのだ。


「ローダはオークに恩がアる。それ聞いたカ?」


 バンディーダはコクンと頷く。


「イイ、ワタシが話す」


 ローダがトトを制止すると、ローダは静かに語り始めた。


「あれは、ワタシが初めて独りで狩りに出た時だ」











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