第12話 敵か味方か
。◎ 。
それは突然、目の前に現れた。
「オーク、か?」
緑色の肌をした少女。一見してゴブリンのようにも思えるが、顔を見れば人間のような面立ちをしている。
「怪我、してるな。ジッとしてろ」
少女は懐をまさぐると、ジェル状の物体を取り出した。
「待ってくれぶひ、君はなんなんだぶひ」
制止するバンディーダの手を押し退けて、少女は患部にそれを塗った。
「ぐおっ!」
その痛みに思わず蹲るバンディーダ。
「染みるか?効いてる証拠だ」
少女は満足気に頷いた。
「ワタシはローダ。オマエははぐれオークか?」
まずい。痛みで意識が......。
「おい、しっかりシロ!」
少女の問いかけも虚しく、バンディーダの意識は闇へと消えた。
───────────
「これは?」
「これはタヤの分のお菓子だよ。いつも僕らばっかり食べてるでしょ?偶にはタヤも食べてよ」
「しかし......」
「いいんじゃない? 貴女だって、甘い物は好きでしょう?」
「はい。ありがとうございます。バン様、ナティナ様」
彼女たちは嬉しそうに笑っていた。
それが思い出せる最後の顔。
以降の記憶は何だかボヤけて上手く映し出せない。
─────────
「目覚めタか?」
少女がこちらを覗き込んでくる。
「君はさっきの......それにここは?」
「ワタシ達の村だ。オマエの傷、ドラゴンにヤラレたんだな? よく生き残った。運がイイ」
「オークが起きタのか?」
大柄な男がテントの幕を開けて、様子を窺ってくる。
「あぁ、思ったよりも元気そうダ」
「ギャッギャッギャ、そりゃなによりだ」
その笑い方に心がザワつく。忘れかけていた怒りと後悔が燻りだすようで、自然と拳に力が入る。
「お前たち、ゴブリンか?」
「そうダ。そういうお前こそ、オークの癖してなんであんな所に居た?あそこはドラゴンたちの巣屈なんだゾ?自殺しようとでもしたのカ?」
「答える必要はない」
魔法を唱えるために魔力を練ろうとすると、全身に激痛が迸る。
「ぐあ!」
「ナニしてんだ!? オマエの怪我はまだ全然治ってないんだゾ!じっとしてないとダメだろ!オマエはバカなのか!?」
「黙れ......ゴブリンが......」
「ローダ、ソッとしておいてヤレ。きっと、群れから離れて気が立っているンだ。飯でも食べたら少し落ち着くだろウ」
そう言って男の方は去っていった。
「オマエ、名前はなんて言うんダ?」
ローダはバンディーダの前に座り込む。
「.......」
バンディーダは不貞腐れたように顔を背けた。
「まあイイや。もうすぐトトが飯持ってくるから一緒に食オう!」
ローダは朗らかに笑う。その表情を見たバンディーダは憎しみに不純なものが入ったような心地がして、思わず唇を噛んだ。
「持ってきたゾ。ほら、オークも食え」
先程の男が盆を3つ持ってきた。乗っているのは肉料理だ。
「むぐむぐ、美味い!」
バンディーダを尻目に、2人は料理を一心不乱に掻き込む。
「どうシた?食わナイのか?」
「何の肉だ.....?」
「安心シロ。オークの肉じゃナイ」
「何の肉かだって聞いているんだ!」
バンディーダの剣幕にローダは肩をすくませる。大柄の男、トトはローダを庇うようにバンディーダの前に割り込む。
「ミノタウロスの肉だ。フゥ、この娘はオマエの恩人なんだゾ?もう少し優しくデキナイのか?」
呆れたように溜息を吐くトト。その事実にバンディーダは反論できず、頭を掻き乱す。そして、肉を鷲掴みして、口の中に放り込んだ。
「トト、ワタシは大丈夫ダ。アリガトウ」
「イイか、オーク。オレ達はオマエの敵じゃない。もし、群れに居場所がナイのなら、オレ達と住めばイイ。ミンナ、歓迎するゾ」
トトの言葉にローダは頷く。バンディーダはただ黙って、肉を貪っていた。
「ふー、食った食っタ。お、オークも全部食べたのカ。美味かっタか?」
バンディーダは何も答えない。
「ゆっくり休めヨ。じゃあ、オレは片付けてくるゾ」
トトは盆を重ね持ち、外へ出ていった。
「ワタシも寝るとするカ、じゃあなオーク。おやすみ」
誰も居なくなったテントの中で、バンディーダはただ呆ける。
ゴブリンは敵だ。憎い仇だ。殺すべきだ。
いや、彼らは己を助けてくれた恩人だ。なぜか言葉が通じるし、友好的で無礼な態度にも寛容。どちらかと言えば人間に近い彼女たちをあの事件と結びつけるべきではないはずだ。
怒りと良心の葛藤に脳内処理が追いつかない。遂には、寝転んでしまい、目を閉じてしまった。
まだ身体が重い。ひとまず寝るか。
「ぶごー、ぶごー」
寝転んでから、一分も経たないうちに眠りに落ちてしまった。
「ぷ、ぎゃぎゃ」
バンディーダの様子が気になり、ローダは幕の隙間から覗いていたが、彼のイビキが可笑しくて吹き出してしまった。
「何か面白いコトでもあったカ?」
「イヤ、何もナイゾ♪」
少女はこれを自分だけの秘密にしようと思い、心の中で愉しみながら自分の床に着いた。
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