豚とゴブリン

第10話 目覚め

 "とける"感覚は心地好い


 まるで母の揺籃に身を委ねているみたいだ


 この永遠とも思える瞬間


 意思なき空間でそう感じるのは当然であり


 、再び意思は戻り来ぬ。



「ぶ、ひ?」


 予期せぬ目覚めに困惑せざるを得ない。己は母たちとためにここへ来たのだ。なのに、なぜ


「寒くなければ氷の魔力も感じない。だとすれば、ここは母の魔法の影響を受けぬほどの下層階か?ぶひ」


 ならば、再び上層へと目指して悲願を成さなければいけない。


「この口癖、染み付いちゃったか。自分で言うのもなんだけど、みっともないぶひねぇ」


 頭を掻きながら、上層へと上がる階段を探す。


 生き物の気配がない。


 まるで己以外の全てのモノが停止しているように思えるほどの静寂。


「行く道を示せ、『探知ロマーサ』」


 空上に現れた長針が右前方、短針が左後方を示す。長針は下り、短針は上りを意味する。


「対角線型ぶひか」


 ダンジョンの構造はある程度、パターン化されている。高難度出ない限り、階層の構造は統一されており、ある程度の知識と理解さえあれば『探知』をせずとも攻略できる。


「道もそれほど複雑ではない。どこからどう見てもF〜D級にしか見えないぶひね」


 いや、だからこそあの怪物たちは容易に地上へと出られたのではないか。


「あぁ! 今はそんな事考えないぶひ! 今は、今は──」


 足が止まる。


 忘れたいあの悲


 忘れがたきあの日


 逃げるのか


 敗北したまま


 何も救えぬまま


 約束を違えたままで


「タヤ......。母さま......」


 決着をつけなければならぬ


『タヤ・フロール』


 その名付け親として


 奪われた者として


 バンディーダ・シモンとして


「もう少し待ってて、ぶひ」


 バンディーダは踵を返して長針の指す方へと向かう。


「僕がこの地獄を破壊する攻略する、ぶひ」


 夢に肥えた醜き豚は


 再び現実へと歩き出す


 しかし、それは彼が思うより過酷で苛烈な


 地獄への歩みに他ならない。


 ・◎・


「結局、この階には何一つとしてなかったぶひね」


 そもそもここが何階であるのかすら不明だ。母の呪文の影響下に無いことを考えるとかなりの下層だと考えてもいい。


 下層への階段を降る時も生物の気配はなかった。


「もしかして、ダンジョンマスター以外はあの時に全て始末したぶひか?」


 ダンジョンのリセットはコアが再生する時に行われる。そのため、コアが傷つかない限り、討伐した魔物や宝はリスポーンしない。


「ぶふ、そもそも奴らがダンジョンのモンスターであるとは限らないぶひ」


 だが、外部から魔物が侵入したとは考えにくい。


「もし、奴らがダンジョン内の魔物だとするならコアを破壊するだけでいいぶひが、そうでなければかなりマズイぶひね」


 何にせよ、進んでみなければ分からない。最大限の警戒をしながら、奥へ奥へと進む。


「『探知』は上と同じ対角線型ぶひか。確定は出来ないぶひが、ある程度その見積もりを持って進むぶひ」


 それから、いくつか階層を下るが一向に生物の気配が感じられない。そして、なにより


「相当な深さぶひね」


 現段階で確認されているダンジョンで最も深い階層は200。シモン領東部に位置するS級ダンジョン『龍の墓場ロン・ボトム』だ。あのダンジョンを攻略したのは『天原の真玉ローンドル・エクティマ』と呼ばれる一行パーティのみ。その素性は誰も知らない。


「あれから数えただけでも20は下っているぶひね。それでも一向にコアへとたどり着く気がしないぶひ」


 これは勘だ。バンディーダはダンジョンに潜れば、何となくその深さと難易度がわかる。それはブレズの教育とバンディーダの才能のおかげだ。それ故に、この計り知れぬダンジョンにバンディーダは少々の焦りと恐怖を覚える。


「お?」


 下る回数が30を超えた時、ようやく生物の痕跡を見つけた。


「骨、ぶひか」


 そこには少年大ほどの骨があった。頭蓋骨の形からして人間ではない。おそらく、のものだろう。


「風化はそれほど激しくない。かと言ってここ最近のものでもないぶひか」


 考えられるのは共食いか、上位捕食者によるもの。後者ならば、極力戦闘は避けた方が懸命だ。


「今の僕でもあのゴブリンとは1対1でなければ勝てないぶひ。それよりも強いものがいるなら、勝てる見込めはないぶひ」


 ならば、これまでよりも慎重に歩みを進めなければならない。足跡だけでなく、臭いや魔力の残留にも注視しながら、己の痕跡も消す。


 さらに20階ほど下るが、何の痕跡も見られない。


「やはり、このダンジョンには既に生物はいないぶひか。それにしてもこのダンジョンは異質ぶひねぇ。どれだけ下りても構造が変わらないぶひ」


 通常、ダンジョンは深度を増すにつれ、階層は広くなり複雑化する。しかし、このダンジョンは構造がまったく変化しない。同じような道をただ繰り返し、歩いているだけ。


 そのため、バンディーダ自身も有り得ないと思うほど早い速度で下っている。


「っ!? これは!?」


 80階ほどだろうか。遺骨の集団を見つけた。先ほど見つけた骨と同一のものだ。近くには黒ずんだ血痕とそれが付着した槌が散乱している。


「原因は共食いぶひね」


 ダンジョンの魔物といえど、生物には変わりない。空腹は感じるし、食事を摂らなければ餓死する。ダンジョンの更新がされなければ、糧となる物すら湧かない。故に、閉じ込められた彼らがこの惨状に至るのは必然だといえる。


「これを見る限り、生き残りはいないと考えてもいいぶひ」


 そう言いつつも、細心の注意を払いながら再び下層へと向かう。


 バンディーダはここに至るまでに大きな見落としをしている。


 それはダンジョンの目玉ともいえる鉱石や宝箱といった資源が一切見当たらないという不自然さ。


 いくら低級なダンジョンといえど、それらの物はそこらじゅうに点在している。たとえ、一直線に下層へと向かっていても1度は目にするものだ。


 それをここに至るまで1度も確認していない。


 生物に気を取られ過ぎた故か、この重要な点に疑問すら浮かべなかった。









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