閉幕 夢の終わり

 ◯


「何やら騒がしいなと思ったら、こんな大変なことになってたなんて!」


 フロールは口に両手を当てて驚く。


「俺にとってはお前の魔法の方が驚きだ。相変わらずデタラメな魔法を放ちやがって」


 ブレズがため息を吐く。目の前では先ほど襲ってきていたゴブリンたちが氷漬けになっていた。


絶対零度の魔女フロル・ディーテォ。その名の通りの実力に感服致します」


 タヤが頭を下げる。


「ありがとうね。でも、私はその名前ちょっと苦手なの。だって、それって私が冷たい女みたいじゃない?」


「私はカッコいいと思いますよ」


「そう?タヤちゃんがそういうなら悪くないかもかしら」


 フロールは顎に手をあてて考える。


「タヤ殿、お願いだ。あそこにもう一匹、馬がいるだろう。ここは俺たちに任せて、あれで子供たちを追ってほしい」


 フロールを他所にブレズは真剣な顔でタヤに頼み込んでいた。


「承知しました。では、私はお嬢様たちを追います。どうか、お達者で」


「健闘を祈る」


 タヤは手早く馬に乗り、バンディーダたちの後を追った。


「あら、タヤちゃん行っちゃったわ」


「おい、呆けてないで俺たちはダンジョンの入口を見張るぞ。とりあえず、聖騎士団には連絡がついてる。最高戦力を持ってこちらに向かってるはずだ」



 一方、バンディーダたちは王都へと最短で向かっていた。


「ナティナ、きっと大丈夫だから」


「...」



 ナティナは顔を上げない。バンディーダは彼女を抱き締めたかった。しかし、小さな身体は馬を繰ることで精いっぱいだ。


「ギョア!」


 だから、群れから離れていた一匹の怪物に気づくことができなかった。


 ゴブリンは2人の死角から飛び掛かり、思い切りその槌を振り下ろした。


 メキャ と鈍い音と共にバンディーダは馬から叩き落された。


「バン!? きゃっ!」


 手綱を握る者がいない馬は猛り、か弱き乙女を振り落とそうとする。


「ナ、ティナ」


 せめて、彼女だけは......


 混濁する意識の中でバンディーダは道を塞ぐように木を焼き倒した。ゴブリンがナティナの乗った馬を追わぬために。


「グゥギィ? カカ!カカ!」


 弱った獲物が魔法を外したと勘違いしたゴブリンは彼を嘲笑する。無様だ!滑稽だ! と面白がる。


「ごめん、ナティナ。約束、守れそうにないや」


 ここで僕は死ぬ。万全の状態であってもおそらく敵わない相手だ。勝機は皆無。できて時間稼ぎ。その間に君は遠くに逃げて。


「ギャオィ!」


 ゴブリンは仕留めると言わんばかりに飛びかかってくる。その速度にバンディーダは反応できない。


「絶技『しろがね』」


 踊るように割り込むタヤがゴブリンを刻み、蹴り飛ばす。


「遅くなりました!バンディーダ様! まだご存命でしょうか!?」


「なん、とか。 ナティナは、あの先に......」


 バンディーダは倒れた木の方向を指差す。


「早急に始末します! それからお嬢様を追いましょう!」


 タヤが今まで見せたことのない顔で叫ぶ。それほど、事態は緊迫しているのだろう。


「ガァァァァァ!!」


 蹴り飛ばした個体は未だ絶命しておらず、怒りに震えて雄叫びを挙げる。


「一気に仕留める!」


 タヤは両手に短剣を構えて、目にも留まらぬ疾さで腕を振るう。


「乱技『こはく』」「連技『ひすい』」「曲技『こうぎょく』」


 手負いのゴブリンに縦横無尽に舞うタヤを捉えられない。次々と傷を増やしていく。


「奥義『こくよう』」


 幾度に刻まれた首の傷は遂に頭の負荷に耐えられず、千切れ落ちる。それでようやくゴブリンは絶命した。


「はぁはぁ、まさかこの大きさの相手にここまでしないと倒せないとは思った以上に深刻ですね。さぁ、行きましょ───」


 振り返ったマヤの目に移ったのは、今にもバンディーダにその刃を下ろさんとする新手だった。バンディーダは回復しきっておらず、未だ足元がふらついていた。回避は見込めそうにない。


「バン様!」


 地を蹴ってバンディーダを突き飛ばす。


「がはっ!」


 敵がそれを咎めぬはずがなかった。突き出された彼女の腕を切り飛ばし、その脇腹を流し斬った。


「え? タヤ......?」


 状況が飲み込めぬバンディーダはただただ困惑と絶望に染められる。


「お、う、ぎ」


『こんごう』


 既に腕をも振り、ゴブリンに技を繰り出すタヤ。


「ギィ!」


 返り討ちにせんと応戦するゴブリン。


「グバァッ」


 結果は相打ち。タヤの刃は最小限の力でその命を刈り取り、相手の凶刃はタヤを致命へと導いた。


「タヤァァァァァ!!!!!」


 バンディーダの叫びが森に木霊する。それに応えるかのように季節外れの雪が降り出してくる。


「僕が! 僕さえ強ければ!!君が!!こんなことに!!!」


「バン......様」


 絶え絶えながらも言葉を振り絞るタヤ。


「いいから! 喋らないで! 応急処置をすればまだ助かるから! だって、ナティナが待ってるんでしょ!? なら、駄目だよ! こんな所で!」


「どうか、どうか、ナティナ様のことを、頼みます、豚の王子様」


 タヤの瞳から光が消える。願い儚く彼女の命の灯火は消え入ってしまった。


「タ.....ヤ....?」


 雪光る森の中に悲しみが佇む。


 それはこの場所だけではない。



「どうにもこうにも、こうするしかないでしょう?」


「止めろフロール! あともう少しだけだ! 応援が来れば何とかなる!」


「そんなのただ死人を増やすだけじゃない。それに、その前に愛する貴方が死んでしまうわ」


「だからといってお前が犠牲になる道理はない!」


「いいえ、これが私の役目です。ブレズの妻として、バンディーダの母として、その務めを全うします」


 フロールが己の持つ魔力を全て開放する。


「フロールゥゥゥゥゥ!!!!」


「もう、こんなことになるならもう一度あの子のこと、ちゃんと抱きしめておけばよかったわ」


不破極獄エターナル


 その日、シモン家に新たなるダンジョンが生まれた。


 難度は推定S以上。国指定の禁域とされ、何人の一切の立ち入りを禁じられる。


 諮問の際に、今にも消え入りそうなシモン家の当主と子息が呟いた言葉から


 愛しき者たちが眠る獄タヤ・フロール


 と名付けられた















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