その7 地獄の門がひらくとき
◯
朝、その日は珍しくバンディーダは寝過ごした。
「人が起こされているところを見るのって何だか新鮮ね」
ナティナはパンを齧りながら、未だ眠り眼のバンを見る。タヤはバンディーダの着替えを用意していた。
「さあ、私がカーテンになりますからその間にお着替えください」
タヤが長い布を広げて、仕切りをつける。
「別に私はそのまま着替えたって構わないわよ?」
「バンディーダ様が嫌がるでしょうに」
「うーん」
バンディーダは目を擦りながら、服を着替える。
「着替え終わったら、朝食ですよ」
「う、ん」
よたよたと歩くバンディーダを横目でチラチラと見るナティナ。そして小声で「こういうバンも可愛くていいわね」と呟いて、その言葉を押し込むようにスープを飲み干した。
「あれ?ここって?」
「貴方の領地よ、寝坊助さん。まったく、らしくないわね」
「あ、そうか。僕らはダンジョン探索に来てたんだ」
ようやく頭がはっきりとしたのか、バンの目が開かれる。そして、目の前の朝食に手をつける。
「今日は確かダンジョンを一通り歩くのよね?」
「うん。大まかはね」
「基本はバンディーダ様主導で私がその補助をします」
「まぁ、タヤがいるなら心配要らないわね」
二人は朝食を終えると、拠点の本部へと向かっていった。
「万が一、だ!聖騎士団と近場にいるS級冒険者を手配してくれ!早急にだ!」
その怒号はテントから離れているバンディーダたちにもよく聞こえた。
「父上?」
バンディーダは少し早足で、テントへと入る。
「父上、一体何が?」
「バン、良いタイミングだ。お前たちは即刻この場から避難しろ。先ほど調査隊からの応答がない。何が起こったのかは知らんが何やら胸騒ぎがする」
「...わかりました。父上、どうかご無事で。母上にも」
「ああ。馬車は用意してある。早く逃げろ」
バンディーダは振り返り、ナティナたちの方を見る。
「ナティナ、聞いた通りだ。ナティナ?」
しかし、そこにナティナの姿はない。そして、タヤの姿もみえない。
「ナティナ!」
バンディーダは勢いよくテントの外へ出ると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。視界の隅でナティナは呆けるように固まっていた。タヤもまた同様に。
「なんだよ、これ」
ダンジョン入口で嗤う血みどろのモンスターたち。その姿はゴブリンにみえるが纏う気配は
一番最初に動いたのはタヤであった。ナティナを庇うように、標的にならぬように立つ。その動きに一切の気配を殺した。悟られぬよう、注目を射られぬように。
「ギョギョゲェギャア!」
1匹が何かを叫ぶと、それに呼応するようにゴブリンは一気に散開した。
「お嬢様!決して動かないで!」
「バン、俺の後ろに隠れろ!」
テントに向かって来たのは2匹。バンディーダも応戦しようとしたが、ブレズがバンディーダの前に立った。
「ギィギ!」
ゴブリンたちは踊るように宙を蹴り、ブレズやタヤに刃を振りかざす。
「熔けろ『
「舞踏『くろがね』」
熊型の炎がブレズに向かってきたゴブリンもどきを包み込む。また、タヤはゴブリンもどきの動きを嘲笑うかのように短剣で切り刻んだ。
「ギヤァ!」
ゴブリンたちは苦痛にもがき苦しんでいる。しかし、二人の表情は硬さを増す。一線、二人の頬に赤い筋が刻まれる。
「死んでいない、か」
「なんて頑丈なのかしら。この技で仕留めるつもりだったのよ...」
「グギギ、アアアアア!」
ゴブリンは怒るように叫び声を挙げる。その声で、周りにいた仲間たちが全て集結していた。拠点にいた人間たちの首を腰にぶら下げて。
「貴様ら...!」
ブレズの顔が怒りに染まる。
「グギャァァァァ!」
ゴブリンたちの怒りもそれにひけをとっておらず、数匹は地団駄を踏んでいた。
「いいか、バン。俺が合図をしたら、あそこの馬車に向かえ。騎乗とは勝手は違うが、お前なら扱えるだろう」
「父上、それでは」
「私からもお願いがあります。バンディーダ様、ナティナお嬢様のことをどうかよろしくお願いします」
「タヤ!嫌よ!私は貴女を置いて行けない!」
「バン、俺のことは心配するな。あいつもいるしな。まだ寝てるが、こんな状況で暢気なもんだ」
「お嬢様、私は大丈夫ですよ。なんたってあなた様の従者なのですから」
バンディーダはナティナを抱き抱え、馬車がある方向に構える。
「バン、お願い!私は!」
バンディーダは唇を噛み締める。父の魔法であの程度の傷なら己の魔法など役に立たぬ。ここで己が出来ることは逃げることのみ。強くなると決意したのに、結局未だに弱者のままだ。
「オア!」
ゴブリンたちが一斉に飛びかかってくる。
「行け!」
バンディーダはおもいっきり地面を蹴った。人生で一番速く走るように脳に信号を伝達する。
走れ!走れ走れ走れ走れ!
バンディーダは決して振り向かなかった。どんなに後ろが気になっても、ただ馬車に最速で乗ることだけを考えていた。
「バァン...」
ナティナが泣きそうな声でその名を呼ぶ。バンディーダは悔しさで叫びたくなるが、その哭びを呑み込んでナティナに一言、「ごめん」と呟いた。
バンディーダは馬に乗ると、馬車と繋がっている紐を焼き切った。そして、手綱を握り締めて馬を蹴った。ナティナは顔を伏せて、ただバンディーダにしがみついていた。
馬が走り出した瞬間、二人は冷たくも暖かい風を確かに肌に感じ取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます