その6 暗雲


「新しいダンジョンの見学?」


「うん。また、新しくできたみたいでね、領地の北西の方なんだけど今回はシモン家が調査するみたいなんだ。だから、僕も父上から許可を貰えれば自由に拠点を出入りできる」


「で、それに私もついてきて欲しいってわけ?」


「タヤとね」


「まあ、私の父からの許可は降りるでしょうね。でも、ブレズさんが簡単に許可を出すのかしら?」


「周辺地域に涌いたモンスターから推定F~D級らしいからタヤさんがいれば安心だし、なんなら僕でも一人で探索できるよ」


「えーっと、タヤはどれくらい強いんだっけ?」


「準A級でございますよ」


「なによ、その"準"って」


「それは僕から説明するね。級の前に準がついてると、その級に昇級する資格があるってことなんだ。タヤさんは現在、級で云えばBだけれど、実力であればAと同等だよ」


「じゃあ、なんでA級に上がらないのよ」


「それは─「バンディーダ様」


 バンディーダが説明しようとすると、タヤが遮る。バンディーダがタヤに視線を向けると、タヤはじっとバンディーダを見つめていた。


「僕にも分からないや」


「ふぅん、何か隠してるようだけど別に良いわ。興味ないし」


「それで、ナティナ。一緒に行ってくれる?」


「構わないわよ。貴方とならどこに行っても退屈しないしね」


「ありがとう。返事は三日後に帰ってくるから。出発は四日か五日ぐらいかな」


「わかったわ。それよりも、バン。今日のお菓子は?」


「今日はね───」




 三日後、バンディーダの元に了承の手紙が届く。そして、その翌々日にバンディーダたちはシモン領地へと向かっていった。


「バンディーダ様、今回のダンジョンはどのようなダンジョンなのですか?」


 タヤは興味津々にバンディーダに聞く。


「今出てる情報だと、一階層にはスライムとゴブリンがいて、二階層にはコボルトとオークの集団、三階層にダンジョンマスターがいるって感じかな?」


「一般的な量産型初心者向けダンジョンですね」


「だからこそ、まだ10歳の僕でさえも見学が許されたんだ」


「タヤってダンジョンに興味あるの?」


  タヤの後ろで横になっていたナティナは眠たそうに尋ねる。


「これでも、お家に雇われる前は一端の冒険者でしたから」


 タヤは ふん、と胸を張る。


「準A級だもんね。聖騎士団から直接に引き抜かれてもおかしくないよ」


「じゃあなんでうちになんて来たのかしら?」


「旦那様には昔、家族が御世話になりましたから、その恩返しですよ。今は旦那様よりもお嬢様に恩を感じていますが」


「あの父が?貴女を助けたの?」


「お金を融通してくれたのです。でも、結局返せなくて、私がここで働くことで許してもらえました」


「なるほど、ね。結局、貴女を手に入れたいがためのマッチポンプ」


 ナティナは気だるげに息を吐く。


「それでも、家族は助かりましたから」


「お人好しね」


「貴女ほどじゃありませんよ。従者の中で浮いていた私を専属に指名した貴女ほどでは」


 心地よい、とバンディーダは背もたれに身を預けて、目を閉じる。


「バンディーダ様もお休みですか?」


「いや、もうそろそろ着くころだろうから。ナティナ、起きて」


「まだ眠いわ」


「揺れる馬車より、拠点のベッドの方がよく眠れるよ。僕らのためにわざわざベッドが用意されてるんだから」


 それを聞くと、ナティナは渋々起き上がった。


「着きましたよ、坊っちゃん。あそこに領主様がおられます」


 馬車から降りると、御者がバンディーダたちを案内する。


「まずは父上に顔を見せに行こうかな」


─ォオオオォォォォン─


「ん?何か言った?」


「いえ?何も言っておりませんが?」


「そっか」


 気のせいか、と思いつつ、ナティナと手を繋いで拠点の中心部に向かう。テントの中に入るとそこにはブレズとフロールがいた。


「バン、ナティナ嬢、よく来たな。ここはそれほど危険ではないから、将来の仕事の予習としてゆっくりと見学していってくれ」


「バン、何かあったらすぐに魔力を揺らしなさい。大声は駄目よ、モンスターを刺激しちゃうから」


「もう、母上。ナティナの前ですよ」


「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。ね、ナティナちゃん?」


「そうですわよ、バン。いくら貴方が氷炎の貴公子でもまだ子供なんですから、ふふふ」


 堪えきれなかったのか、ナティナは最後に吹き出してしまった。


  女の掌で転がされるとはやはりまだまだ子供だな


 ブレズは腕を組んでその光景に頷いていた。


「そう言えば、ナティナちゃん。楽器を嗜んでいるんですって?」


「ええ、弦楽器を少々」


「私、ピアノが弾けるの!今度一緒に合奏しましょうね」


「はい、喜んで。その時はタヤも一緒にしましょう。この子、歌声が綺麗なの」


「まぁそうなの!タヤちゃんもよろしくね!」


「はい、私でよろしければ何とぞ」


 女子たちが会話を弾ませてる中、シモン父子は予定を確認している。


「今日は今からでは遅いから探索は明日以降に」


「はい。では、今日は雑務ですか?」


「いや、今日はもう休め。馬車の長旅でお前もナティナ嬢も疲れたろう。ベッドでゆっくりと休んで明日に備えろ」


「ありがとう、父上」


「なに、感謝されるほどのことでもない」


 一通り話し終えた後にバンディーダたちはテントへと向かう。


「ふぁぁ、私もう寝るわね」


「まだ夕飯も食べてないよ。せめて、何か口に入れてから寝よう」


「スープでも作ります」


  タヤがテントの外へ出て、食事の支度をする。


─ォオオオォォォォン、グチチチ─


「ん?何か聞こえない?」


「? 何も聞こえないわよ」


「うーん、僕のお腹の音かな?」


「すぐに準備致しますからしばしのお待ちを」



 

 その時、三階層に潜っていた調査隊は忽然と姿を消していた。いるはずのダンジョンマスターとあるはずのコアとともに......





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