その5 デート


「今度はこっちに言ってみようよ、ナティナ」


「ちょっとバン、引っ張らないでよ」


 ここは王都の商店通り。ナティナも既に初等科に入っていたので、共に過ごす時間がそれこそ一日となることも少なくなかった。


「おじさん、ラックルジュース二つ、それとフライドナックも」


「あいよ!デートか、小僧!すけこましやがってよ!ナックはおまけだ!」


 紫色したジュースと鶏肉のような肉を揚げたスナックが二人に手渡される。


「これはなんですの?」


「いいから食べてみてよ」


 促されるまま、ナティナはナックにかぶりつく。サクッと音ともに肉汁が口内を満たす。


「ん、すごい肉汁ですわね。それに濃い味。美味しいですけど少しもたれそうですわ」


「今度はこっちを飲んでみてよ」


 ラックルジュースと呼ばれる飲み物を飲む。スッキリとした酸味としっかりとした甘味が鼻を突き抜ける。


「これは...!」


「最高のコンビネーションでしょ?友達に教えてもらったんだ」


 ナックの重たさをラックルが洗い流す。無限ループの始まりである。


「お腹いっぱいですわ」


 ナックを食べ終えて、満足げに口を拭うナティナ。その姿をみて、バンディーダはまた嬉しくなった。


「ちょっと休もうか」


 二人は近くの公園のベンチに座った。


「それにしても、さっきからタヤがチラチラと視界に入ってきて煩わしいわ」


 遠くの茂みからタヤがこちらを見ている。視線を向けるとシュバッとその中に隠れてしまった。


「仕方ないよ。さすがに護衛なしで僕ら二人でお出かけは危険だから」


「バンがいるからいいじゃない」


 ナティナは不満げに足をバタつかせる。


「でも、タヤさんも気を遣って遠くにいてくれてるじゃないか。本当なら付きっきりじゃないとダメらしいのに」


「むぅ、確かに。あの子にはいつも苦労かけてるし、我慢しますわ」


 学校でのこと、魔法のこと、友達のこと、色々なことを二人は話していた。タヤにはその二人の空間が他の世界と切り離されているように見えて、その空間が一生続けばいいと思えた。


「さぁさぁ、坊っちゃん嬢ちゃん見てらっしゃい、これから始まるのはとても愉快な喜劇だよ」


 二人の近くで背広の広い男が何やら用意をしている。


「お見せするのは人形劇、物語は見てからのお楽しみ。よい子には飴玉もあげよう」


 そう言うと、大量の子供が人形師に集まった。バンディーダはという単語に少し懸念を抱きつつ、ナティナに声をかける。


「さて、そろそろ行こうか。行ってみたいお店はまだまだあるんだ」


「バン、少しだけを見ていきましょう」


 ナティナは頬杖をついて、人形劇場の方を見ていた。ここから動く気はなさそうだ。


「わかった。見ていこう」


「さてさて諸君、準備はよろしいかな?それでは物語の始まり始まり」


 人形劇は始まった。最初に出てきたのは綿だった。


「あ」


 何かに気づいたようにナティナが声を挙げる。


「ねぇ、これって豚の王子様じゃない?あの痩せ細った豚。きっとそうよ」


 ナティナは嬉しそうに声を挙げる。確かに繰り広げられているのは豚の王子様だった。本の内容よりも大袈裟に表現されていた。飴を舐めていた子供たちも人形劇に夢中になる。


「兎のお姫様、どうか僕と結婚してください!」


 少しだけと言いつつも物語は後半に入っている。ナティナは見惚れるように劇に釘付けになっていた。バンディーダもまた、しっかりと劇を見ている。



「ありがとう!豚の王子様!愛してる!そう言うと兎のお姫様は豚の王子様にキスをしました。こうして、動物たちは幸せに暮らしましたとさ。おしまい」


 わぁ!と大きな拍手が公園に響く。二人もまた、両の手を打ち鳴らして感嘆の意を示した。


「これにて今日はしまいだよ。それではまた来週」


 人形師は片付けを始める。子供たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「バン」


「なんだい?」


「私は兎のお姫様」


「なら、僕は豚の王子様だね」


「そう。なら兎のお姫様から少しだけ早いご褒美よ」


 ナティナは立ち上がり、バンディーダの額にそっと口づけをした。新緑の風が吹き抜け、太陽が二人を照らす。


「ナティナ、好きだ」


「知ってる」


「多分君が思ってるよりも君が好きだ」


「それを言うなら私の方もよ」


「必ず君を幸せにしてみせる」


「いつまでも待ってるわよ、豚の王子様」


 陽はまさに頂点に座す。しかし、その輝きは今しがた口付けを交わした彼らに敵うことはない。



 



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