その4 約束


「来週から王都の学園の初等科に通うことになったんだ。だから、これからはもっと簡単に会えるね」


 バンディーダは嬉しそうにナティナに告げた。


「...最悪ですわ。もう顔も見たくないのに」


 相変わらず悪態を吐くナティナであるが、その声は上擦っている。


「ナティナ、これからはお出かけもしようよ。シモン領から王都までは距離があったからそこまでする余裕がなかったけど、僕は寮生活だからそれもできるようになったんだ」


「い、や、で、す、わ。貴方とお出かけなんて死んでもしたくない」


「恥ずかしいからですか?」


「タヤは黙ってて!」


 最初の方こそは黙って二人の会話を見ていたタヤだが、最近はこのように会話に割って入ってくるようになった。それが、バンディーダにとって、とてつもなく嬉しいことだった。


「とにかく、私はバンディーダと出かけることなんてしない!それじゃまるで、で、で」


「デートですか?」


「タヤ~~!」


  彼女が、ナティナがこんなに感情豊かに接してくれるようになった。僕のことを嫌いって言うけれど最初に感じた憎しみは一切感じられない。それにタヤさんもよく笑うようになった。嬉しいな、嬉しいな。


「何を笑っていますの?不愉快ですわ、不愉快!」


 ナティナは頬を膨らませながら、テーブルにあるお菓子に手を伸ばす。


「ん、美味しい。これはなんてお菓子?」


「これはマカロンっていうんだ。今は苺の季節だから、苺のマカロン」


「ふぅん、中々に、モグモグ、気に入りましたわ」

 

 五つほどあったマカロンは既にあと一つだ。ナティナは手を止めて、バンディーダとマカロンを交互に見る。


「食べていいよ。僕はいつでも食べられるから」


「ふん、温室育ちのお坊ちゃんが。お礼なんて言いませんよ」


 ナティナは勢いよくマカロンを口に放り込む。その直前、「ありがとう」と小声で言っていたのをバンディーダは聞き逃さなかった。


「ねぇ」


 マカロンを飲み込んだナティナが唐突に話し出す。その声のトーンから先程の和やかな雰囲気ではなさそうだ。


「バンディーダはなんで私に優しくしてくれるの?」


「急にどうしたの?」


「私たちが出会ってからもうすぐ半年、この半年間で私は貴方に悪口を言い続けたわ。それもたっくさんね」


「そうだね。最初は泣きそうになったけど今は全然平気だよ」


「どうして?なんで私と婚約しようと思ったの?初対面なんて我ながら最低の女だと思ったわよ」


「それはね、ナティナが泣いてたからだよ」


「前にも同じようなことを言ってましたわね。どういうことですの?」


「僕も泣き虫だからよく分かるんだ。ナティナの目の下に腫れ癖がついてた。それに僕を憎いって言ってる時の声が泣きそうに聞こえたんだ」


「泣きそうに?」


「ナティナは自分は淡々としていたと思ってるようだけど、どことなく声が震えてた。僕も泣きそうになるとよく声が震えるんだ」


「貴方と一緒にしないで。...でも否定はできないわね」


「でも一番は一目惚れかな」


「はぇ?」


「こんな綺麗な人と結婚出来たら幸せだなぁ、と思ったから。酷いこと言われてもまた君に会いたくなった」


「ばっ!」


 ナティナは何かを言いかけて俯いた。


「ナティナ?」


「なんでもない!」


 俯いたまま、話を続けてとジェスチャーする。


「それで豚の王子様を一緒に読んで、君に豚の王子みたいって言われた時に思ったんだよ」


「それって─」


「うん。。あの物語が伝えたいことは違うことだろうけどね」


「それはということよ。あれから離れない限り、私に幸せは訪れない」


「なら、彼みたいに強くなればいい。ライン家から君を連れ出してみせるよ」


「本気で言ってるの?」


「あぁ、誓うよ。君と一緒に読んだ、あの本にかけて」


 バンディーダの目に決意が宿る。その表情からいかに真剣であるかが読み取れる。ナティナは椅子から立ち上がり、バンディーダの方へ歩み寄る。そして、めいっぱいにバンディーダに抱きついた。


「約束よ。破ったら地獄行きだからね」


 バンディーダはこの瞬間が人生で一番の輝きだと思った。


  ああ、なんて綺麗な、可愛い笑顔なんだろう。絶対に君を幸せにしてみせる。絶対に


 バンディーダが学園に入ると、氷炎の貴公子というあだ名がたちまち王都中に広まった。



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