その3 豚の王子様
○
バンディーダは今日もライン家に向かう。あの日からバンディーダは一週間に一回、ライン家に通っているのだ。
破談になると思われていた縁談はバンディーダの了承によって締結された。了承の返事を送ってきたシモン家に対してゲーテは大層驚愕したそうだ。そして、感謝の文言を添えた手紙と共に大きな宝石を携えた指輪がシモン家に送られてきた。手紙の中にそれが婚約指輪であるとの明言があった。
「おはようございます、バンディーダ様」
ナティナの従者が頭を下げる。
「あ、タヤさん。こんにちは」
シモン家には専属従者を付けるという慣習はなく、バンディーダにはそれが珍しく目に写った。
「ナティナ様はいつものお部屋でお待ちです。ご案内致します」
「ありがとうございます」
いつもの部屋とは最初に話し合っていた客室である。二人はあれからいつもそこで出会っていた。
バンディーダは片手にお菓子袋を携えてタヤの後を付いていった。
「また今日も懲りずに来ましたのね」
バンディーダが部屋に入るや否や、ナティナの嫌味が飛んでくる。だが、もう慣れたのか、バンディーダはそれに怯えたりはしない。
「今日はマフィンを持ってきたんだ。乾燥させた果物を混ぜて焼き込んでいてとても美味しいよ」
「いらないわ。帰ってちょうだい」
「タヤさん」
バンディーダはタヤに菓子が入った袋を渡す。
「すぐにご用意いたします。バンディーダ様も椅子に座ってお待ち下さい」
バンディーダはトテトテと駆け足でナティナの向かいに座る。
「ナティナ、今日は本を持ってきたんだ」
「そんな幼稚なもの、つまらないわ」
「この本、僕の領地でとても流行ってるんだよ」
バンディーダが取り出した本には『豚の王子様』と書かれている。
「実は僕もまだ読んだことないんだ。一緒に読もうよ」
「嫌。不快だから今すぐそれを仕舞って」
「僕が読み聞かせてあげるね」
バンディーダはナティナと関わることによって心に耐久力がついた。ナティナの冷たい態度は次第にバンディーダの精神も強くしていたのだ。
「豚の王子様。ある日、豚の国に─」
"ある日、豚の国に王子様が生まれました。その王子様はとても弱虫で豚なのにとても痩せているので国の人たちにとても笑われていました。王様も、もっと太りなさいと王子様に言いますが、王子様は豚の国の食べ物が苦手なので全然太りません。それが悲しくて、また王子様は泣いてしまうのでした。
王子様が大きくなった時に、馬の国と兎の国の戦争が始まってしまいます。馬の国はとても強く、あっという間に兎の国を倒してしまいました。それから、兎の国は馬の国へとなりました。それから、馬の国の使いが豚の国へとやって来るのです。
「これから、私たちは牛の国と戦います。牛の国はとても強いので、もし豚の国と同時に戦ったら馬の国は負けてしまいます。だから、兎の国の領地を半分あげるので攻めないでください」
豚の王はわかったと言いました。それから、王子様はもらった兎の国の統治を任されました。そこには美しい兎のお姫様がいました。豚の王子様はそのお姫様に一目惚れしてしまいます。
「なんと美しい姫君なんだ」
しかし、姫君はいつも泣いています。それを見て、王子様も悲しくなって泣いてしまいます。きっと、馬の国に支配されて悲しいのだろうと王子様は思いました。そして、王子様は決断します。馬の国を倒してやる、と。
「兎のお姫様、私が馬の国を倒して兎の国を生き返らせます。だから、馬の国を倒したら僕と結婚してください」
「本当ですか?豚の王子様。それが本当ならば喜んで結婚します!」
それから王子様は嫌いな食べ物をたくさん食べてどんどん太りました。それから、いっぱい戦いの練習もしました。馬の国が牛の国に勝ったとき、豚の王子様は馬の国に戦いを申し込みます。
「馬の国よ、これ以上は好きにさせないぞ」
強くなった王子様に馬の国はかないません。次々と馬の国の軍隊を倒して、ついに豚の王子様は馬の国に勝利します。
「馬の国に支配されてきた動物たちよ、我々豚の国は君たちを支配しない。君たちは君たち自身の国で生きよ!」
王子様は宣言しました。その言葉に多くの動物たちが喜び合います。
「豚の王子様万歳!豚の王子様万歳!」
そして、兎のお姫様も豚の王子様に抱きついてキスをしました。そうして、動物たちは泣き虫だった豚の王子様のおかげで平和に暮らしました。"
「おしまい」
「ふん、くだらないお話ね」
「最後まで聞いてくれてありがとう」
「暇でしたから。それにしても、この豚は貴方にそっくりね。泣き虫ってところが特に」
ナティナがしたり顔でそう言うとバンディーダは笑ってこう返した。
「それじゃあ、君は兎のお姫様だね」
「私はこんなに泣いていません!」
ナティナは机を叩いて怒りをあらわにする。
「ううん、泣いてるよ。僕よりもすっごく」
「もう帰って!」
ナティナは叫んだ後、顔を俯かせた。
「この本、君にあげるね。それと、マフィン食べてね。また来るね」
バンディーダは名残惜しそうに部屋をあとにする。
「タヤ、バンディーダ・シモンを見送って」
「かしこまりました」
部屋の隅で控えていたタヤも部屋を出ていく。
誰もいなくなった部屋で一人、ナティナは椅子に座り直す。そして、目の前に置かれたマフィンを齧り、裏表紙になっていた本をひっくり返して再び一ページからめくっていった。
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