その2 二人のお茶会
○
「あの」
僕は勇気を出して、目の前にいる女の子に話しかける。父上に頑張れって言われたから、声をだすことができた。
「はい」
返ってくる声の冷たさに泣きたくなる。いままで会ってきた人たちの中で、こんなに無機質で感情のない声をした人はいない。皆、暖かくて、時折怖いときもあるけど、でも生きてるって感じがした。この子の声は何だかゴーレムみたいだ。
「ナ、ナティナさんはお菓子好きですか?」
「え?」
「えっと、僕、お菓子持ってきたんです」
「僕も大好きな美味しいお店のお菓子だから、どうぞ」
袋を彼女の前に出してみる。食べてくれたらいいんだけど。
ナティナは袋から一枚、クッキーを取り出して一口囓る。
「美味しい」
「でしょ!いっぱいあるからいっぱい食べてね!」
やった!美味しいって言って貰えた!僕が作ったわけじゃないけど、とても嬉しい気持ちだ。帰ったらおばさんにお礼と報告しよう!大成功って!
「その人の作るお菓子、クッキーだけじゃなくて他のお菓子も美味しいんだ!また今度、別のお菓子も持ってくるね!」
スゴい!どんどん言葉が出てくる!初めて会う人とお喋りできてる!
引っ込み思案のバンディーダにとって、親のいない中での積極的な会話は初めてだった。その初めての体験は彼をとてつもない高揚感を与えた。
「愛されてますのね、貴方」
憎々しげに放たれた言葉。その言葉はバンディーダの高揚感を一気にどん底に落とした。
「えっ」
「本当は一言も喋りたくなかった。お父様に対するせめてもの反抗として、ね。でも、貴方のその幸せそうな顔を見てると虫酸が走る」
「え?え?」
なんで?どうして?この人はこんなことを言うのだろう。お菓子、美味しかったんじゃなかったの?どうして、「ありがとう」じゃなくてこんなことを言われなければならないの?
バンディーダは悲しみと困惑にうちひしがれた。その目にはうっすらと涙も見える。
「たったこれだけの言葉でもう泣きかけているのかしら。いかに甘やかされて生きてきたのか丸分かりですわね」
ナティナは口元に手を当てて嘲る。その目には憎しみ混じりの羨望も見える。
「私はただのお人形、いかにライン家にとって利益を産み出すか教育された駒。それで今なお力を伸ばすシモン伯爵家に取り入るモノとして選ばれた。言ってる意味はお分かり?」
バンディーダは解らなかった。いきなり彼女は何を言い出しているんだろう。悲しみは薄れて困惑の色が強くなる。
「ただの成り上がり貴族なら、黙って受け入れていたでしょうね。でも、貴方のその愛に溢れてきたであろう生活を思うと腸が煮えくりかえりそうになる」
「ナティナさんは誰かに愛して欲しいんですか?」
頭を精一杯使ってバンディーダが導き出した答え。彼女が言いたいであろう本音をバンディーダは問うた。
「ぐっ、うるさい!」
ナティナはテーブルに置かれたクッキーの袋を叩き飛ばす。
「温室育ちのお坊ちゃんが分かったような口を聞かないで!」
「随分と盛り上がっているようだね」
「ッ!」
いつの間にか、父親たちが部屋に戻って来ていた。
「ちょっと様子を見に来たら、何をしているんだ貴様は。客人に、これから婚約しようとしている者に対してなんという態度だ。ふざけるなよ」
「その気持ちは私とて同じですよ、ライン卿。本日はこれにて帰らせていただく。こんな無礼な娘にこれ以上愛しい我が子を傷つけられたくないので」
ブレズも眉間に皺を寄せながら、バンディーダの元へ歩み寄る。
「大丈夫か、バン。すまない、こんな辛い思いをさせて」
「父上、僕は大丈夫です」
「帰ろうか」
半ば引っ張られるようにして、バンディーダはライン家をあとにした。
「この話、無かったことにしようか」
帰りの馬車の中、父から破談の提案をされるバンディーダ。窓の外からライン家の方をじっと見つめていたバンディーダは、首を横に振った。
「どうしてだい?あの子にたくさん悪口を言われたろう?それに、サントおばさんが作ったクッキーも無碍にされた。もうあの子と一緒にいるのは嫌じゃないのかい?怖くないのかい?」
「父上、僕はあの子ともう少しだけお話してみたいです」
ブレズはバンディーダの目に少しの勇気と優しさがこもっているのが見えた。きっとこれ以上反対してもこの子は言うことを聞かないだろう。そう思ったブレズはバンディーダの意思を尊重した。
領地に帰ってから、バンディーダは真っ先にサントおばさんのお店に寄り、渡したクッキーは好評だったと伝えた。
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