回想録 何故豚たるか?

その1 出会い

 ○


 バンディーダは7歳の頃、領地内でひどく可愛がられていた。親類にはもちろん、使用人にも領民にも大層人気があった。容姿が良かったというもの一理。だが、何よりも庇護欲を掻き立てるような貴族らしからぬ弱々しさが受けていた。


 バンディーダは弱虫で臆病だった。大きな音が聞こえれば、ビクンと身体を震わせて近くにいる使用人の裾を握る。喧騒が聞こえれば目に大きな涙を浮かべてしまう。怒られれば、その日は一日泣いている。


 そんなバンディーダを皆、受け入れていた。彼が怯えていれば優しく抱き抱え、涙を流していればそっと涙を拭ってあげていた。特に、父のブレズと母のフロールはとてつもない親バカであったと聞く。ブレズはバンディーダが怖がるモノ全てを迅速に排除。フロールは一日の半分をバンディーダと共にしていた。

 

 また、バンディーダが人気であった理由はその弱々しさに垣間見える優しさである。弱っていた鳥を介抱し、野生に返す。枯れかけていた花を植え直して綺麗に咲き返させる。困った領民が入れば、己の小遣いを出して解決する。想いやりのある子だとシモン領民は感心していた。またシモン家もそれを誇りに思っていた。


 そんなバンディーダにある縁談が舞い込んでくる。ライン公爵三女であるナティナ公爵令嬢との婚約。母フロールはまだ早いと反対していたが、父ブレズは良い経験だと、話を聞くだけだと押しきって了承した。


 縁談の日、その日はあまり天気はよろしくなく、どんよりと曇っていた。


「本日はお招きいただき光栄でございます、ライン公爵」


「まぁ、そう固くなさらず肩の荷を下ろしてくれ、シモン伯爵」


 この日はシモン家がライン家に訪ねるという形だった。 


「ほら、バン。隠れていないでライン家の方たちに挨拶しなさい。あれほど練習しただろう?」


「ナティナ、いつまでそこに座っているんだ。早くこっちに来て挨拶しなさい」


 ブレズの足元に隠れていたバンディーダはブレズに優しく押し出され、遠くに座っていたナティナは足早にこちらに向かってきた。


「うぅ、バンディーダ・シモンです。本日はおまねきいただき、ありがとうございます。ラインこうしゃくさまにおあいできて光えいです」


「ほう、君がバンディーダくんか。聞くところによると大層優秀らしいじゃないか。この年にして二属性術師ダブラなんだろ?」


 ライン公爵は舐め回すようにバンディーダを見つめる。その視線に「ヒッ」とバンディーダは声を挙げた。


「お止めくださいライン卿。子どもが怯えております」


「失礼、少し不躾な視線だったね。...おい、さっきから何を黙ってるんだ。挨拶しろと言っているだろう」


「申し遅れました。ライン公爵が三女、ナティナ・ラインでございます。本日はお目にかかれて光栄でございます」


「重ね重ね、無礼で申し訳ない。これでもしっかりと教育しているんだがね」


「いえいえ、子どもとは思えぬほど綺麗な作法で驚きましたよ」


「さて、早速だが我々はお暇させていただこう。子ども同士、我らがいたら話しにくいことあるだろう?」


「確かに。バン、父上は出ていくから一人でもしっかり頑張りなさい。大丈夫、バンはできる子だ」


 ブレズがバンディーダの背中に手をやると、バンディーダはコクンと頷いた。


「上手くやれよ、ナティナ」


 ゲーテはナティナの耳元で囁く。ナティナは何も言わず、ただバンディーダを見つめていた。


 部屋に二人を残して、皆出ていった。残された二人は小さなテーブルを挟んで座る。バンディーダは どうしよう と手をモジモジさせながら俯いていた。ナティナはただ黙ってお茶を啜っていた。



 




 





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