第9話 地獄行き

 ●


「ブレズ様、ご子息はこのような書き置きを残していたそうです」


「なんだと!早く寄越せ!」


 家で歓迎会の準備をしていたブレズは慌てて御者から紙をひったくる。


「バン、お前まさか...」


 ブレズの顔から血の気が引く。一気に5年ほど老けたような顔つきになった。


「今すぐ聖騎士団に捜索を要請しろ!場所は愛しき者たちが眠る獄タヤ・フロール!私もすぐに向かう!!!」


「領主様!あそこは危険です!貴方の身に何かあればシモン領地はどうすれば良いのですか!?」


「バンが死ねば遅かれ早かれこの家は滅ぶ。遠縁の奴らにこの領地暴れ馬は乗り込ませまい」


「領主様!」


  すまぬな、バン。気づいてやれなんだ。しかし、あの場にはゲーテがいたのだ。あそこでああでも言わなければ奴はお前から目を離さん。フロールが死んでから、お前には苦労ばかりかける。であろうお前が、豚伯爵と後ろ指を指されなければならないなんてな。全ては私の責任、私の弱さが故に招いた悲劇。バン、死ぬときは一緒だ。次は地獄で三人で暮らそう。


 ブレズは数人の兵士たちと共に現世の地獄と呼ばれる場所へと向かっていった。



 バンディーダはシモン領地北西端にいる。そこには多重の門で厳重に封鎖された一帯があった。バンディーダは親指を噛んで、その血印を門にかざす。門は音をたてて全て開く。


「母上」


 眼前に広がるのは大きな氷山。数年前、バンディーダの母フロールが命を賭してこのダンジョンの入口を封鎖したのだ。


「きっと"来るな"と言うでしょうね。でも、僕はダメだったんだ。できなかった。なれなかったんだ。だから、地獄行き」


 一歩一歩、氷山へと近づいていく。母の墓前で現状を報告する息子のように。


「母上、何がいけなかったんだろう?貴女がいなくなってから父も相当やつれてしまった。僕らシモン家は病んでしまった」


 氷山の一角にそっと触れる。指先から融けてしまいそうなほど冷たく、そして暖かった。


  母上、さみしいよ。また、笑ってよ。まだ、ナティナと一緒にピアノを弾いてないじゃないか。


「弱かった。強くなったと思ってたのに。あの豚の王子様のようになれたと思ってたのに!」


  違う!僕は、僕は強くなってなんかいない!ただ、貪っていただけだ!強くなろうとなんかしていない!


「ねぇ、母上。強さってなんだろう?どうしたら、僕はあの子を幸せにできたんだろう?」


  父上も僕と同じこと、母上に言ってたよ。きっと、母上は知っていたんだろうね。


 愛しき者が眠る獄タヤ・フロール、現世の地獄と呼ばれた場所に名付け親の少年がゆっくりと融けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る