第8話 敗北者
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バンディーダが目を開けるとそこには真っ白な天井が広がっていた。
「お目覚めですか、バンディーダくん」
眼鏡をかけた若い女性。この学園在中の回復術師だ。
「なにやらこっぴどくやられたみたいでしたね。彼の協力なしでは完治は不可能でした」
彼。きっとブレイクルのことだろう。
「いいお灸になったんじゃありませんか?これを機に普段の生活を改めたらどうです?成績はいいんですから、もったいない」
彼女がグチグチ言っていると、ノックなしに二人の男が入ってきた。
「無様だな、バンディーダ」
一人はバンディーダの父であるブレズ・シモン。
「君には失望したよ」
もう一人はナティナの父であるゲーテ・ライン。
「貴様のような弱者はこの家に必要ない。領地に荷物をまとめに来い。勘当だ」
「平民に負けるようじゃ、貴族の風上にもおけやしない。それに、今ここでシモン家の人間でなくなった君に何の価値もない。ただの豚だよ」
そう彼らは言い残して、部屋を去った。
「...」
気まずい沈黙が部屋の中を満たす。
「バ、バンディーダ君。こ、この学園にはね、特待生制度ってものがあって平民でもなんでも優秀だったら──」
彼女の言葉を遮るように今度はドアがノックされる。返事も待たず、入ってきたのはナティナであった。
「あ、貴女、よく顔を出せますね。たった今勘当されたんですよ、彼。聞くところによると、この発端は貴女の浮気でしょう?何とも思わないの?」
「お菓子、美味しゅうございました。さようなら」
ナティナは一礼すると、部屋を出ていった。
「はぁ、因果応報といえども気の毒ね」
回復術師は同情の眼差しをバンディーダに向ける。バンディーダ自身はまだ意識がはっきりしていないのか、目の焦点が揺らいでいる。
「シモン君!」
飛び込むように部屋に入ってきたのはワゲンである。
「先生、シモン君の容態は!?」
「ワゲン先生、少し落ち着いて。身体の容態は問題ないです。ただ、精神面は保証できないですね」
「そ、そんな!」
「実の親から勘当宣言、婚約者の父からの罵倒、婚約者からの別れの言葉、そしてなにより決闘の敗北。発狂してもおかしくは...」
「シモン君、だからあれほど根っからに生きろと...!」
ワゲンはボロボロと泣きながらバンディーダの手を握る。
「シモン君、君の面倒は私が見る!長期休みの時は私の家で過ごしなさい!学園のことなら心配はいらん!私が学園長に推薦しておく!なぁに、あいつとは竹馬の友だ!任せておけ!」
そう息巻いて、ワゲンは部屋から出ていった。
「全くみんな騒がしいですね。病人にはそっとしておいて欲しいんですが。それより、喉渇いてませんか?お水、取ってきますね」
回復術師も水を取りに部屋をあとにする。
扉が開いたときに、バンディーダは聞き覚えのある声を耳にした。
「金で脅されてたんだ!俺だって自分より下の豚に好きで媚びへつらってたわけじゃないよ!他の奴だってそうだ!金が貰えるから従ってたんだ!金がなかったら誰もあの豚に従うわけないだろ!でも、もうあいつも終わりだ。さっき、親から勘当されたっていうからな。もう用無しだよ。これからはあいつに恨みを持ってる奴に情報を売って金儲けしようかな」
その声は取り巻き筆頭、ジジカのものであった。起きてから聞こえてきた全ての声をバンディーダはただ黙って受け入れていた。そして何かを思い起こすかのようにゆっくりと目蓋を降ろした。
─約束よ。破ったら地獄行きだからね─
人生の最高潮。あの輝いていた日々を思い返す。バンディーダは目を開いてベッドから体を起こす。ふと、鏡を見つめてみるとそこには王子様ではなく醜い豚が写っていた。
「地獄行き、だ」
「お待たせ。水差し探してたら少し遅くなっちゃった...ってどこ行っちゃったの。まだ自由も利かないあんな身体で」
ベッドの上に書き置きが一つあるのを見つける。
「これは?」
" 愛しき者たちが眠る地へといざ行かん"
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