第7話 豚と決闘

 ●


 放課後のグラウンドに何時にもなく異様な雰囲気が漂う。それもそのはず、これからナティナ令嬢を賭けて、バンディーダと平民の男の決闘が行われるからだ。周りには多くの野次馬と決闘を監視する聖騎士団が集まっている。


「バンディーダ・シモン、ブレイクル・ゼラス、両者は己の誇りにかけてこの決闘に臨むことを誓うか!?」


 二人が向かい合うと、聖騎士の一人が声を挙げた。


「おう!」


 平民の男、もといブレイクルが大きな声で返事をしたのに対し、バンディーダは黙って頷いた。


「始め!」


 号令がかかると一気に空気が張りつめる。両者が魔法を唱えようとして、空気中の魔力が揺れるからもっともなことだ。


「焼き尽くせ『紅蓮蝶ベルベルディア』」


 二つの大きな火の玉がバンディーダの背後から跳ねるように発射される。


「出たぁ!バンディーダ様の魔法!」


「すげぇ!あの平民、絶対丸焦げだぜ!」


 取り巻きたちが盛り上がっていると、ブレイクルの方も魔法を放つ。


「『水龍よ、唄えランギル・クラ』」


 大きな水柱が火を消し飛ばす。水柱の勢いは衰えず、そのまま渦巻いて龍に姿を変えた。龍は口を開いて、とてつもない高圧の水のブレスを吐き出す。


凍れ静寂を氷朝コーテ』」


 ブレスがバンディーダに直撃する直前、ブレスから遡るようにして水の龍は凍りついた。


「はん、ただの豚ではなかったみたいだな」


「詠唱破棄にこの技量、そして力。本当に平民か?」


 余裕そうなブレイクルに対して、息切れ気味なバンディーダ。互角のように見えて、早くも勝負が見えてきている。取り巻きたちは気づいてないが、一部の生徒や聖騎士たちはほぼ確信した。


 この勝負、の勝利だと。


「『炎閻魔紅光球ラダン・ヘル』」


 ブレイクルが先ほどバンディーダが出したような火の玉を右の手のひらから出す。しかし、そのかがやきは球の芯からして桁外れだ。


「『氷縹螺旋硫エーダル・ゲク』」


 左の手のひらから小さな吹雪の塊を出す。


「そう言えば豚、お前って氷炎の貴公子って呼ばれてるらしいな。どっちの魔法が強いか試そうぜ」


 そう言うと、ブレイクルは両の手のひらを圧縮するように閉じる。そして、バンディーダに向けて解き放った。 


「『南北の師よ、死が来たるデイク・ルダイ


 炎と氷が螺旋を描いてレーザーのようにバンディーダに向かってくる。


我に加護を母よ、どうか『──』」


 魔法がバンディーダに直撃する。凄まじい爆風が巻き起こり、決闘のために張られた聖騎士たちによる結界にまでヒビが入った。で。


「王族を護衛するために代々受け継がれてきた我々の結界がただの余波で!?」


「なんという威力だ...!」


 聖騎士団たちが驚嘆するなか、生徒たちは


「これ、豚伯爵死んだんじゃねーの」


「決闘って確か殺したら駄目なんだろ?」


「じゃあ、あの平民の負けじゃん。人生の敗者は豚伯爵だけど」


「貴様ら、バンディーダ様になんてことを!」


「主がいない汚い豚たちがイキってももう怖くねーよ」


「もうてめーらは金づるがいねーから終わりだよ!」


と決闘を余所に争っていた。




「ちょいとやり過ぎちまったか」


 ブレイクルはバツが悪そうに頭をポリポリと掻く。


「ま、死んじまっても俺の蘇生魔法で生き返らせてやるよ。豚でも流石に死んじまったら可哀想だからな」


 段々と煙が晴れてゆき、バンディーダの所在も分かってくる。


「はぁ゛、はぁ゛、ぜぇ」


 バンディーダは生きていた。だが、無傷ではない。むしろ、重症である。身体中に無数の切り傷、その出っ張った腹には酷い火傷、そして何より全身を庇っていたであろう


 その凄惨さにある者は叫び、ある者は嘔吐し、気の弱い者は気絶した。聖騎士もこれ以上の決闘は命が危険であると即刻勝負ありの宣言をしようとする。


「負け、たくない。これだけは、この決闘、だけは絶対に譲りたくない!」


 それでもなお、バンディーダの目には闘志が宿っている。残った左腕で魔法の準備をする。


「へぇ、思ったより根性のある豚だな。でも、もう勝負ありだ。豚の根性に敬意を表して最後に面白い者を見せてやるよ」


 そう言うと、ブレイクルの周りに炎、水、氷、雷、風、土、光、闇、全ての魔法陣が展開される。


全属性術師ラバー...」


「ま、そういうことだ。精霊が見えないお前に端から勝ち目なんてねーよ」


 ブレイクルが全属性術師、そして精霊が視える者。その事実はバンディーダに残っていた闘志をへし折るには充分すぎる事実だった。振り上げた左腕が地に落ちる。次いで、頭が地に着いた。


 圧倒的な完敗。新進気鋭の氷炎の貴公子は名も無き平民に完璧に敗れた。


 その決着の瞬間に声を挙げるものは誰もいない。渦中の人物、ナティナ・ラインは一部始終を黙って、しかし目を反らすことなく見つめていた。

 














 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る