第6話 豚は知る

 ●


「今日は早く授業が終わったからいつもより長くナティナと話せるぞ♪」


 ドタドタと駆け足になりながら、バンディーダは廊下を行く。しかし、高等科に着く途中、人気ひとけ少ない階段でバンディーダは足を止めた。あるものが眼下に入ったからだ。


 ウェーブに少し黒みがかかったブロンドヘア。その後ろ姿はナティナにそっくりだ。そして、隣には平民の制服をきた男子生徒。


 バンディーダは声を掛けようと思ったがその女子がナティナである確証がないので止めた。そして、耳を立てた。少しキンとする声ならばそれがナティナであるからだ。


「~~だわ!」


 その声を聞いて、バンディーダはそれがナティナであると断定。だが、それでもまだ声は掛けない。バンディーダはその巨体を潜め、監視するように二人の様子を伺った。


 もし、ここで声を掛けていたならば、また運命は違った糸を辿っていたのかもしれない。バンディーダの僅かな好奇心と小さな臆病心がこの運命を手繰り寄せた。


「貴方は私が世界を敵に回しても、同じように愛してるって言える?」


 バンディーダは耳を疑った。甘えるのような蕩けた声。婚約者である己でさえ聞いたことのない声色を他の男に向けて発していた。


「もちろんだぜ、ナティ」


 あまつさえ平民であるのに、馴れ馴れしくまた愛称で彼女の名前を呼ぶ。バンディーダは腸が煮えくりかえった。辺りの温度が5度ほど上がったように感じる。


 だが、その怒りも次の光景で全て吹っ飛んだ。二人は抱擁し、唇を重ねた。バンディーダの頭は真っ白になった。目を瞑りたくともなぜか目が離せない。口付けを交わした後に二人は愛を確かめるように額を擦り合わせる。


 バンディーダは叫びたくなった。「何をやっているんだ」と。「ふざけるな!」「その人は僕の愛する人だぞ!」「殺してやる!」

だが、声が出ない。口を開けても、喉を開いても、出るのは「カヒュ」という音だけだ。


 それでも、最後にほんの少し残された怒りが身体を奮い立たせ、足を起こして前に動かした。バンディーダの存在が二人にバレる。ナティナも男も全く動じておらず、堂々としていた。


「いつからだ」


「なんだ?」


 バンディーダの問いに男は何の悪びれもなく、逆に蜜月の時間を邪魔されたことを不快に思ったのか、不機嫌な様子で返す。


「いつから、お前たちは関係なんだ」


「高等科に入ってからだぜ、豚野郎」


 男はそう答えると中指を立てた。


「半年か」


「てめぇのせいでナティはずっと苦しんで来たんだ。今すぐぶっ飛ばしてやりてぇが、今は我慢してやる」


「ナティナ」


 バンディーダがナティナの方を向くと、ナティナはただバンディーダを見つめていた。その瞳には色んなものが入り交じっていた。



「そのクセェ口を閉じろ!ナティが怯えてんじゃねえか!」


 バンディーダの問いにナティナは静かに首を縦に振った。


「そう、か」


だ、豚野郎。俺に敗けたら二度とナティに関わるな。もちろん、婚約も解消だ。これは正式な申し込みだぜ。取り巻きたちは使えねぇよ」


 もはや、男の声はバンディーダには届いていない。バンディーダの中にはただただ絶望が渦巻いていた。



  

   僕は、なれなかったのか






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