星へ跳ぶ

御都米ライハ

星へ跳ぶ

 少女は電車に揺られていた。

 12月12日。

 まだ冬休みではない。けれども期末試験が終わって気が抜け始めた時期。つまりいつも通りに授業がある日だ。

 にも関わらず、彼女は真昼間から学校にも行かずに電車に揺られていた。

 車内に乗客はほとんどいなかった。まばら、どころの話ではない。彼女を除けば、腰の曲がった老婆がちょこんと座っているだけであった。

 この薄ら寂しい路線は過疎が進んだ集落地帯を進む路線。少女が風の噂に聞いた所によると、どうやら廃線が検討されている路線らしかった。

 しかし、だからこそささやかな逃避行に彼女はこの路線を選んだのだ。

 静かで、寂しくて。彼女が抱える心象と同じではないけれど、よく似た色を持つ世界に身を浸していたかった。

 少女は窓の外の世界に目を向ける。

 あったのはただの山道であった。線路は木々に挟まれ、広い世界など臨めない。ただただ木があって、それが延々と続いていく。

 移り変わらぬ景色を、少女は無心で眺めていた。



 終点に着くと、日はすっかり沈んでいた。

 腕時計を見ると、時刻は十七時三二分。遅い、とは言い難い時間だが、十二月の日は足が速い。あっと言う間に夜を運んできた。

 少女は終点の駅を後にする。

 夜の寒さが身に染みた。電車の暖房で火照った体はすぐに冷やされ、熱を失っていく。


「くしゅん」


 くしゃみを一つ。少女は寒さに耐えかねて持ってきていた防寒具を身に纏う。取り戻したぬくもりは何処か懐かしい人の匂いがした。それが誰の匂いかは、少女には分からないのだけれど。

 彼女は街灯がまばらな、かろうじて道と言える道を歩いていった。

 そして、しばらく歩いて足を止める。

 振り返れば遠くに駅の灯りがぼんやりと見えた。その灯り以外は夜の闇が覆い、よく見えない。

 彼女が此処に立っているのは、ひたひたと忍び寄って来た虚ろな心が胸を覆ったからだった。

 時折こういうことがあるのだ。理由もなく、意味もなく、ただただ心が平坦となってしまうことが。繰り返され、ただただ過ぎていく日常に耐えきれなくて、心は倦んでしまう。そうして虚ろな心は孤独を望む。だから誰からも触れられないように、誰にも触れないように、誰もいない場所へ逃避行をするのだ。

 彼女は沈黙のまま、気まぐれに空を見上げた。


「………」


 其処には星が広がっていた。彼女の住む住宅街からは決して見えない非日常であった。

 言葉を失った少女は無意識の内に、指先で星をなぞる。

 指の軌跡はオリオン座を描いていた。

 月の女神アルテミスの伴侶。どうして彼が星座となったのかなど、彼女は知らない。だが、星座になるほどの英雄だったことは知っていた。


「…………」


 英雄。きっと彼女が想像もつかない非日常を過ごしてきたのだろう。その点については、少々羨ましい。

 けれども、彼女はこうも思う。


「今、私は非日常の中にいる」


 星座になったオリオンよりは遥かに小さい。でも、この逃避行は確かに少女にとって非日常に違いない。


「……ふふ」


 少し笑ってしまう。何がおかしいのか、それはよく分からない。でも、おかしくて少女は笑ったのだった。

 気付けば倦んだ心は何処かに消えてしまっていた。それから衝動に身を任せ、少女はその場で大きく跳びあがる。

 見えない何かを飛び越えた。

 そんな気がした。

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星へ跳ぶ 御都米ライハ @raiha8325

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