荒川結愛
最近兄さんはとても頑張っている。
バイトのシフトを毎日入れて、学校から帰宅したらすぐ行って帰ってくるのは9時ぐらいだ。
過労死してしまうのではないかと思うほど、せっせと働いてお金を集めていた。
不思議に思って理由を聞くと、
「彼女に最高のサプライズをしたいんだ。それでな、プレゼントを渡した後に……」
と、聞いてもないプレゼントを渡した後のデートプランをとても楽しそうに教えてくる。
少し、胸がチクリと痛む。
少しでも兄の負担を減らそうと私も家事を頑張った。
数日後兄さんはバイトをやめた。
彼女さんに振られたらしい。
不謹慎なことだとはわかっているが、少しほっとした。
玄関のドアが開く音がした。
さっき買い物に出かけたお母さんだろう。
「おかえり〜」
「ただいま」
そう言ってリビングのドアを開ける。
反射的に視線を向けると、お母さん以外にもう一人イケメンな男性がいた。
「やあ。君が結愛ちゃんかい?」
「あ、はい。そうです」
男性は爽やかな笑顔で私の名前を確認する。
でも
歳は兄さんと同じくらいだろうか。
「神代裕也くんって言うの。これから一緒に住むことになるから挨拶しときなさい」
「…え?一緒にって…どういう…」
「そのままの意味よ?」
お母さんはキョトンとした顔で私を見る。
そんな顔で見られても私も今の状況を理解できていない。
私が戸惑っていると、神代と紹介された男性が説明をする。
神代さん曰く、私たちの家の事情に同情しよくわからない正義感とやらで自分の家で裕福に暮らして欲しいとの事。
でも話がうますぎる。なにか絶対に裏がある。
「ほら、早く支度しなさい」
お母さんは疑う素振りもなく、私を急かしてくる。
これは完全にお母さんは神代サイドだ。
支度を渋っているとお母さんがうるさいのでとりあえずすることにした。
支度を終え、再びリビングに戻る。
ソファでは神代さんとお母さんが仲良さげに会話をしている。
それもカップルみたいに。
なるほど、そういうことですか。
「お母さん、準備できたよ」
「あら、早いわね」
「じゃあ行こっか」
「え、待ってください!」
「どうしたの?そんなに慌てて」
お母さんは頭でも打ったんだろうか。
どう考えても一つ大切なものが欠けている。
「兄さんは?一緒に住むなら兄さんも連れて行かなきゃ」
今はバイトの時間だろうか。
前よりは早く帰るようになったが、毎日どこかに通っている。
「結愛、あのね?」
お母さんは真剣な目付きで視線を向けてくる。
自然と体が固まる。
「蒼太の彼女、相澤さんは実は蒼太の彼女じゃないの」
「それはどういう……」
「相澤さんは蒼太に
「そ、そんなわけない!!」
兄さんがそんなことするわけがない!
あんなに、あんなに楽しそうに話してたのに。
いつも彼女さんのことで私に相談してきて…それで、いい答えを言ったら頭を撫でてくれて……。
そんな兄さんがそんなひどいこと…!
「結愛ちゃん、本当なんだ。彼が振られたのは知ってるかい?」
「う、うん…」
「それはね、僕がなんとか写真を消すことができたんだ。それで彼は脅す材料がなくなって彼女を手放した。これが
神代さんは続けて話を進める。
「君の前ではいい兄だったんだろうね。でも、彼は学校では非道で最低なヤツだ。あまり信用しない方がいい」
「嘘だ…絶対に信じない…」
頑なに今の話を拒絶する。
絶対に嘘だ。私は信じない。
兄さんは優しくて、暖かくて、かっこよくて、世界一大切な人だ。
私が話を信じようとしない素振りを見せ続けると、神代さんの態度が一変した。
「ちっ。めんどくさい女だなあ。おい」
神代さんがなにか合図をすると、男の人たちが入ってくる。
「えっ…」
「いいから付いてこい!」
荒々しい態度の男の人が私の腕を強引に掴み引っ張る。
「や、やめてください!」
「大人しく…しろ!!」
そう言ってなにか刺された。
刺されたところからなにかが入ってくる感覚に襲われる。
「かっ…あっ」
「へへっ、即効性の麻痺毒だ。媚薬じゃないだけ感謝しろよ?」
「早く連れて行け」
「うっす」
私は為す術もなく車に乗せられる。
「あまり傷つけないでよ?高校生になったら水商売させるつもりなんだから」
「わかってるさ」
神代さん、いや神代はお母さんから私に視線を変えるとこう言った。
「君もそうやって
「あとはアイツにこれまでの鬱憤を晴らすだけだ」
意味のわからないことを言って前にある車に乗っていった。
兄さんは無事だろうか。
兄さんさえ無事なら私はどうなってもいい。
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