眠りすぎた様だ。

違法少女

あぁ。

生暖かい春の匂いに目が覚めた。


起きてすぐに感じた背筋を伝う寒気と異様に揺らめく謎に包まれた気持ちに身震いした。


とてつもない苦しみを帯びた嫌な夢、悪夢を見た気がする。


どれくらい寝たのだろうか。


つくづくこの病には悩まされる。


僕の身体は四季周期性過眠症という二か月に一度、一、二週間の過眠期に入る、


別名「眠り姫症候群」という、とても稀な病に侵されている。今も、その眠りから覚めたばかりだ。


ちらちらと顔を出す小さな光に誘われ、窓辺に行く。


カーテンを開け、昇り切った太陽の光を浴びた。


陰湿な空気から解放されたように感じると、正午を過ぎようとしている時計が


目にはいった。


グゥー


腹が空いた。突然の腹の虫にクスッと笑みを零した。


そうだ、近くの喫茶店に行こう。


その後は電車に乗って東京へ行こう。


寝ていた間の変化を見たい。


寝ていた間にできなかった事をしよう。


寝ていた間に会えなかった奴にも会おう。


あと少ししかないのだから。


起きたらその日の内に病院に行かないとならない。

昼食を食べてから行こうと、近くの喫茶店に行こうとしたとき、


インターホンが鳴った。


ドアスコープを覗くと、そこには響が立っていた。

響は僕と一緒の施設で育った幼少年からの幼馴染で、こうして時折僕の様子を見に来てくれる。

いつもはもう一人、幼馴染の誉と見に来てくれるのだが今日は一人の様だ。


「いらっしゃい。来てくれてありがとう。」


といつものように言うと、響も


「いいって。幼馴染として放っておけないからな。」


といつものように言う。


僕は何故誉がいないのだろうかと少し考えていると、


「誉が居ない事気になってんだろ?」


と見透かすように言ってきた。


「あぁ、いつも一緒に見に来てくれていたから今日はどうしたんだろうと思ってさ。

相変わらず響は僕の考えていること当てちゃうよね。」


「お前は考えていることが顔に出ているからな。そうだ、今回はどのくらい寝ていたんだ?

この間来た時、二週間経っていたのに出なくて心配したんだけどさ。」


そういえばどのくらい眠っていたか確認してないな、と思って何の予定もない、眠った日をメモしたカレンダーを見てみると、一ヶ月と一週間も眠っていることに気がついた。いつもは一、二週間で目覚めるのに、今回は異様なほどに寝込んでいた。早く病院に行った方がいいのではないか、どうすればいいのか、などとパニックになっていると、


「はぁ!?一ヶ月以上寝てんじゃん!バイクの後ろ乗っけてやるから早く病院行くぞ!」


響の大声にハッとして、僕は頷き、響の後ろに乗り病院に向かった。


病院に着き、診察室に入り、検査を受けた。

診察が終わり、先生と対面して開口一番に言われた言葉は、


「症状が悪化していますね。」


だった。そんなことは分かっていた。

でも、分っていただけで覚悟なんてしてなかった。

そのせいで、呆然としてまともに話なんて聞いてなかった。


僕は放心状態のまま家に帰った。


家に帰って椅子に座った瞬間、


「目を覚ませ!まだ寝てるのか!?」


と、響のものではない重低感のある声が聞こえた。

そこにいたのは誉だった。

僕が呆けていた間に響が誉に連絡してくれていて、「早く慧の家に来るように」と言われて、駆けつけてくれた。汗塗れで急いできてくれたことが分かると、途端に申し訳なくなり、不甲斐なさを感じた。僕と誉が並んで座り対面に響が座ると今までに見たことがないくらい真剣な顔をした。

響は、僕が話を聞いていなかったのが当たり前かのように、医者が話していたことをもう一度僕と誉に説明してくれた。

響が深刻そうに話した長ったらしい説明を省略すると、


「症状が悪化して来ていて、このままだと寝たきりになり起きなくなってしまう。

植物状態化してしまう前に食い止めるには、いつも誰かに起こしてもらわなければならない。

それに悪夢を見ているときは無理やりにでも起こさないとそのまま引きずり込まれてしまう。

だから、入院するかどうか。」


という話になる。

僕も誉も突然のことに驚き、一言も喋ることができずに二人ともぼうっとしていた。

しばらくして少し早めに整理がついていた誉が言った。


「俺が慧と一緒に住む。」


僕と響は驚いた。誉はいつも冷静でドライな反応だったので、誉の口から焦って吐き出す様に零れた言葉はあまりにもめちゃくちゃだった。

僕が驚いていると、響が


「お前、妹が生まれたんだろ。義実家とは言えお世話になったとこなのにいいのかよ。しかもお前『仕事で大役任された』って喜んでただろ。慧の前で言うのもなんだが、一緒に住むって大変だろ。」


僕が寝ている間に誉にそんなことが起きていたのかと、驚いた。

僕が質問する間も無く二人は会話を続けた。


「でも、このままじゃ慧は永遠に起きなくなってしまうんだろう?

俺はそんなの嫌だ。もっとお前らとバカやりたい。」


「そんなのめちゃくちゃだ!いくら何でも親友とは言え、そこまでしたらお前も、俺も、皆気に病むだろ!」


「だからって、慧をこのまま病院に預けて終わりかよ!お前はそれでもいいのか?」


「それは・・・」


二人の会話はあまりにも真剣で、あまりにも在り来たりだった。

でも僕は、今さっき誉の幸せな知らせを聞いたせいで、どうしても誉の言葉を素直に受け止めることはできそうになかった。

とてもうれしかった言葉を押しつぶすように、既に涙を流し、潤ませていた目と声で


「誉はそう言ってくれるけど、本当に大変だと思う。僕の病気は僕自身もお前らも面倒臭かっただろ?わざわざこんな面倒臭い方を選ばずとも、僕は入院するよ。」


と力を振り絞って言うと、途端に決壊したかのように溢れ出る涙を隠し切れずにはいられなかった。

二人はそんな僕を見つめ、少し寂しげな表情をした後、寂しさに取り付けたような微笑みで小さく頷いた。

二人が帰った後、僕は咽び泣いた。

止めどなく流される涙は、どうしても埋まらない空虚な寂しさと、突然に襲う恐怖を表した。


入院の日が来ると、響と誉が見送りに来てくれた。

二人と顔を合わせるとどうしても溢れてきそうな涙が出そうで、怖かった。

二人も気まずい雰囲気で、三人とも話す気は起きなかった。

病院に着くと二人は病室まで来てくれたが、そこで、


「またな。」


と目を潤ませ、去ってしまった

あっけない別れに思わず笑ってしまった。

 ナースが話しかけてくれたが、病室のベッドについている器具や、ナースの持っている厚い書類、大量に掛けられている点滴を見ると、もうここからは出られないことを悟り、この無駄に広い病室の中の孤独に飲み込まれるしかなかった。

 不味くて味のない昼食を食べ、薬を飲み、窓の外を見つめていると、細々としている僕を嘲笑うように大量のカラスが飛んで行った。

夜になっても湧いてこない眠気に嫌気が差した。

 そんなつまらない日々を送っていると梅雨が訪れる気配がした。

また眠ってしまう。そんなことを考えるほど睡眠欲が増してきた。

このまま寝てしまったらもう起きられなくなるのでは、もうこのまま楽になろうかなどと考えてるうちに眠りに堕ちてしまった。
















ここは夢の中だろうか。


何もない。


ただ、生温い空気とこの空間全体に広がる空虚だけを感じ取った。


何もない。


とても広く、塵一つも落ちていない大っ広い場所。


何もない。


独りだけで彷徨うには広すぎる。


何もない。


ただひたすら、走り続けた。何に縋っているかも分からずに。


何もない。


何に縋っているかなんて関係なかった。ただ生きること、もう一度響と誉に会いたい、ただそれだけを考えた。


 僕が目を覚ました時に、梅雨はもう終わり、夏中盤に差し掛かっていた。


ナースが僕の顔を覗き込み、「よかった、やっと起きた・・・何やっても起きなくて、途中から唸って心拍数が上がっていたので本当に心配しましたよ。」と声をかけてくれた。

 僕はもうすでに眠かったが、寝ることに対して恐怖を覚え、重く怠い身体を無理やり起こした。

着替えようと思い病室のカーテンを閉め全身を映す鏡を見ると、気持ち悪いくらいに痩せ細った腹と原型が浮き出ている肋骨が目に入り、病気をさらに実感させられた。

 食事をとる気力も、起きる気力もない僕は、ベッドに転んだ瞬間に、深い眠りに堕ちてしまった。








此処がどこだか分からない。


とても狭く座っていっぱいな明かりのない部屋に閉じ込められた。


何もなく、狭く、憂鬱になるしかないこの部屋で、何をすればいいのだろうかなどと考えていると、


誰かがこの部屋を揺らしているような感覚になった。


そこで恐怖を覚え、部屋の壁をたたき、助けを求めた。


でもその声は届くことはなく、僕は浮遊感のような感覚を覚えた。


これは、落ちているんだということがすぐに分かった。


僕はこれで目が覚めると思っていた。


でも、夢は終わらなかった。


もう一度目を覚ますと、果てしなく広くて真っ白な空間にいた。


僕が後ろを振り向くと、僕を生んだ日に死んだ母親と、それを追いかけるように自殺した父親。

娘を無くしたストレスで癌に苦しみ、もがき死んだ祖父、それを機に認知症になり事故にあった祖母など僕が生まれたのをきっかけに次々と亡くなっていった親戚が僕を睨んでいた。広く純白の世界に雲がかかり、僕を覆った。

 すると、声がした。遠く遥か彼方の方から声が聞こえた。それを頼りに必死に走った。

雲を抜け、また広くて白い世界に着いた。すると、遠くで響と誉が手を振っているのが分かった。

僕は泣きながら走った。響と誉だけを頼りに走った。その一筋の光は、ひどく光り、はっきりとしていた。

だがその光はあっさりと途切れ、僕は、また、暗闇に堕ちた。その暗闇はいつまでも続いた。僕が起きることもなく、ただただ光のない世界に閉じ込められた。僕はもうここから出られない。いつまでもこのままで居続けると悟り、全てを諦めた。あぁ、もう響と誉には会えないのか。もうあのころには戻れないのか。何もなくても笑えた、生きているだけで笑えていたあの時にはもう戻れないのか。


そう、もう戻れない、もう生きては帰れない。


あぁ、どうやら






























































眠りすぎた様だ。

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眠りすぎた様だ。 違法少女 @Nipponkoku_Kenpou

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