逃げる蟹
本を読むのに飽きると、海沿いの店を覗いて回った。
出会う路地のとば口の魅力よ。ココアパウダーのかかった板チョコレートとでも言うような色の石畳をずっと先まで覗かせて、しかし、口当たりよく複雑である、と半分は打ち明けているようなものだった。
騙す性質でないのは助かる。もし勇気を出して飛び込んだのに、迷子になったりゼエゼエ息をついたりして「なに? どうしたの? これくらいで」なんて言われることになったら……。
外国人の顔の見分けがうまくできないみたいにどの建物の外観もそっくりでしかなかった。なので、生きて(?)帰れることを考慮に入れた散策に徹することにした。
どこを向いても人が多い。観光客だろう。以前訪れたアジアの小路と違い、怪しげな日本語で怪しげな品を推す売り子はいない。魚介の料理も当然食べた。調理法も味も単純だったがおいしいと言えた。
日本では見たことがない海産物が並んでいる。着目点としてどうかと思うが、こちらの魚の顔は皆ユニークだ。日本の魚の方がキリッと締まっていて男前だと誰かが言っていなかっただろうか。芸能人だったか。正解と言える。
並んでいるエビやロブスターを見て急に思い出したことがある。
日本の、私の地元、魚屋さんが軒を連ねている市場で、逃げだした蟹のことだ。小さな台にプラスチック製の樽が置かれ、何杯もの生きた蟹が盛られていた。
自分の危機的状況をわからないはずもない。「杯」という数え方から「匹」へと復帰した一匹が脱走。お店のおばさんたちが大慌てで探しはじめたものの、蟹もなかなかで、簡単に移動させられない台の下へ潜り込んだ。
周りで見ていた人たちは皆人間の味方で、「そっち行ったよ、その下」とおばさんたちに加勢する。私だけは違っていた。蟹をそのまま逃してやりたかった。でも、私の町には海がない。ヒッチハイクしなければ帰れないなんて、惨めだ。
ゴートラスタの市場に並べられた魚たちはきれいに整列し、作り物のような姿で、動かなかった。
小魚のフライにも惹かれたけれど、買わなかった。人の隙間に漂う水っぽい臭いを吸い込んで、それを土産に市場を去る。
蟹と言えば、子どもの頃、飼っていた沢蟹も一度
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