┗◇◇◇◇◇◇┛
『不正のアクセスです。データを検索しています』
気付けば、俺は教室の椅子に座っていた。
道にいて、何か恐ろしい形容しがたい何かが襲い掛かろうとして来ていて――芽依がこちらを向いている。
それが、少しだけ焦って見えたのは気のせいだろうか。
無理して笑っている気がする。
夢、だったのだろうか。
いや、そんなはずがあるか?
『不正のアクセスです。』今日が何日なのかもわからない。
『異常な数値を検出しました。×××××データを確認してください。』がらり、と扉を開けて担任が入ってくる。
『数値が×××××エラーを検出しました。修復を実行しますか?』
朝、なのだろうか。『エラー×××××が発生しています。直ちに修復を実行しない場合、データが復元できない恐れがあります』
頭が回らない。
どうしてだろうか。何かが色々と邪魔をしている気がする。でも、わからない。
担任が喋っている声。転校生が来るという話をしているらしい。そんなことに関わっている余裕はない、と言いたいところではあるが疑問が湧く。
それは大分昔の話ではなかったろうか?
三宮大祐という少年が来て、俺は仲良くしないことを選び、いなくなって――?
担任が入って来いという。それを合図に、誰かが教室に扉を開いて入ってくる。
転入の日? 三宮君が今日来るタイミングに戻った? いつからが本当なのだ?
「
悲鳴を上げそうになった。
なんだあれは。
いくつもの顔が、体が、無理やり重なろうとしているように見える化け物がいる。どうして皆騒がない。明らかに人間ではないのに。
「仮の元人、です」
『不正なデータです。』
ぐるりと、重なった全てが俺の方を向く。
「う……」
とても気持ちが悪かった。何が何だかわからない。
『不正なデータです。』「仮の元はじめです」
同じことを繰り返すな! と言ってやりたかった。でも、喋ると吐いてしまいそうなくらい気持ち悪かった。
「啓くん……? これは……どうして」
『不正なデータです。』
「不正なデータ不正なデータやかましいな! クソが!」
狩野とやらが芽依のつぶやきが書き消えるように、急に豹変して叫び出す。
すると、ぱつっ、という何かが途切れるような音と共に全部が灰色になってしまった。
モノクロの景色、とでもいえばいいのだろうか。そう見えるだけなのだろうか。色が消えてしまっている。いや、それだけじゃない。動いているのが、俺と、狩野と、芽依だけしかいない。クラスメイト達や担任は灰色で、奇妙に同じ体制を維持するままになっている。生物の臭いがせず、まるで人形にでも置き換わってしまったみたいだった。
「よぉ! 俺。元気に楽しくやってるか? やってるんだろうなぁ? だって、知らないもんな。お前は好きに生きれるものなぁ……」
「啓くん……?」
「お前のおかげだ。
「ダレ? 啓くんなのに、啓くんだよね……? どうしてそんな」
「死んでるんだよなぁ! 俺も、お前も。お前のせいで、俺のせいで、そのたび新しい俺が産まれる! いらねぇものみたいに置いていくんだ!」
芽依が焦った態度をもはや隠さずに話している。少し前は余裕綽々といった風だったのに。
芽依がいうには、あれは俺ということになるらしい……? 意味が分からない。あんな重なって顔を見えない奴が俺だというのか。会話がちぐはぐで成立していない。お互いがお互いに、すれ違いすぎている。会話しようと思いあっていない、というべきか。
「誰なんだよ……」
うんざり目に呟いた俺に、芽依の方を向いていた狩野が再びこちらをぐるりと向く。
「いつも通り過ぎて泣きたくなるねぇ、我ながらさぁ。傍目から見るとホント糞だよな俺よぉ」
「何なんだよお前……説明たりてねぇんだよ……ぺちゃくちゃ、自分勝手にだけ話しやがって……」
怖いを通り越して、色々情報が多すぎてか、疲れさえ覚える。
狩野はそんな俺に肩をすくめて語った。
「ハハ! ブーメランってもんだぜそれは。なにせ、お前は俺だ。俺はお前だ。
なんて、まるで漫画じゃん? 好きだろ、ファンタジーとか!」
その態度を含めてまるで漫画の一コマ一シーンめいていると思った。
「そしてこれもお決まりだろ?
『俺たち』が、『俺』になるんだよっ! そのためにきたんだ俺は!
このまま、ゴミであると認めないためにだ! 俺たちは俺に必要なものだと!」
激昂。
今までの態度は猫をかぶっていましたというように、いきなりに怒りの感情が噴き出してきた。
その感情と同じくして、狩野が膨れ上がろうと――いや、これは、ばらばらと重なっていたものが散らばろうとしているのか。
重なったものがほどければ、そこには俺の今の年らしい少年から赤ん坊らしきものまで。
一つ一つが、俺の顔をしている。『破棄データを複数検知しました』『異常なデータを確認』
「随分、まともになったと思わねぇか? 自分が」
「お前はそんなに『感動した!』『温かみを知った!』『友情を知った!』『わーいカゾクダイスキー』だのなんだの……そんなもので今更良い人になりまぁす!」「ってできるような人間だったか? ん? 違うだろ? 違うよなぁ?」「もっと我儘で自分勝手でどうしようもねぇやつだろ?」
「自分がよけりゃあいい。都合の悪い事は知らん。今が悪いのは大体前の俺のせいだしぃ」
「っていう。そんな感じだったじゃないか。そんな
「なあ、おかしいと思えよ。一発で俺みたいののがやり直したからって都合よく生きてけるもんかよ」「俺ならそうできるんだって? てめぇ視点だとイイトコだけつまみ食いしているってだけなのに? それだけで?」
「そんなところの傲慢さだけ保たなくていいからよ」
「『やり直し続けてる』んだぞ? 意味わかんねぇか? 少しはわかるはずだよな? そんで、どうしてお前だけが影響がないなんて思えたんだよ。さすがの俺でも気付くだろ。お前も、もうこの世界の住人になったんだろうが」「お前の行動で誰かが変わったろ。お前だけがどうしてそのままでいられると?」「だからこうして『俺たち』がいなくなっても気付かない、気付けないんだ」「俺が! 馬鹿にされていくんだぞ!? 気付かねぇまんま、頭お花畑にされるみてぇにだ! こんなあほみたいな話があるかよ!」
「そう簡単に変われる、変われたのだと思えるかよ。人間が、俺がそんな簡単に。凝り固まった人格が、価値観が」「ただ操作する視点で、ゲームで」「そら変わった振りだろ」
「てめぇ。俺らが残りかすのいらない扱いなんぞされてたまるかってんだよ。固めてゴミみてぇに捨てようって? 真人間にはいらない部分だから? ざけんな……そんなの、どこが俺だってんだ! 別もんじゃねぇか!」「そんなんがやり直しだって? 聞いてねんだよ!」
「てめぇだってそんなら気持ちのわりぃ、都合のいいとこだけ集めてるみたいな怖気の走る塊になろうとしてるくせによぉ!」
「俺に戻れ! 俺になれ! それが、俺にとっては正しい事だろうが! だれが納得するか!」
重なり合った俺が次に次にと喋る。俺に怒り、俺を罵倒する。
「だから、なぁ! いいだろっ! 別に俺がお前にとか行ったが、追い出そうってんじゃねぇんだ。戻ろうぜ! っていってるだけなんだよ俺たちは! マイナスしてくなよ。ゼロにもどそうぜって、なぁ!」
立ち上がる。
逃げなければいけないと思った。
何か、良くないことをしようとしていることだけはわかる。このままでは、俺が食われてしまうような。俺が今の俺でいられなくなるような。
扉はダメだ。狩野たちがいる。
じゃあ窓――
「逃げるなよ。逃がすかよ。せっかく訪れた阿呆が作ったとはいえ、チャンスなんだ! 二度はないかもしれねぇ! またぞろいらねぇからって沈められるみたいにされてたまるもんかってんだ!」
灰色のクラスメイトが、
俺が増えていく。
俺の群れが俺にせまってくる。自分自身に追い詰められるなんて、なんて馬鹿げた悪夢だ。
逃げ道を探す中、芽依がいまだ取り乱しておろおろしているのが見える。まるで、話しかけて友達になる前に戻ったようなおどおどした感じ。
「芽依……そうだ、芽依! よくわかんないけど! お前が何かしたんだろ!? だったらこれも何とかしてくれよ……!」
そんな芽依に叫んだ。
情けなく、みっともなく叫んだ。誰も他に見ていないし、見ていたとして構っていられるか。助けてくれるなら、どうにかできるならなんだっていい。
「む、無理だよぉ。だって、だって全部啓くんなんだもん……」
だが、芽依は弱弱しく答えておろおろするばかりだ。いつかのような気持ち悪さをかけらも発揮してくれない。
馬鹿なことを。俺だからなんだっていうんだ。大体、全部俺の顔をしていようがずっと友達だったのはこの俺だろうが! 俺はここにいる俺が俺だろうが。
「助けろよ! タスケテやったろ! 気持ち悪いストーカーじみた事しても、なんどもなんどもクソほど迷惑かけても見捨てないでいてやってんのに、どうしてお前は毎度の如く俺に――俺に? 俺は何を言ってるんだ? ああああああ! クソが! クソ! クソ! クソ! どうなってやがる! 俺に何しやがった!」
「はは、俺たち自身はまだそう大したことをしてないさ。全部が全部切り捨てられないし、してないっていうだけさ。そしてそれに混ぜてくれって言ってるだけなんだけどな……?
今、この場所は飽和しているようなもんだしなぁ。『思い出しちゃう』よなぁ? そんなお前はまともだろうか? 気捨てられちゃうんじゃない。だって、残してたら同じ道にまたいっちゃってぐるぐる回るだけになっちゃうもんなぁ?」
「うるせぇ! 何言ってやがんださっきから! 俺は俺だけなんだろうが!」
椅子を持ち上げようと手をかけるが、灰色のそれはぐっと張り付いたように動かない。苛立って蹴り飛ばすと、色が戻った。
都合がいいと、もち上げて近くにいた少し年下の俺の頭に振り下ろす。
ぐち、と、ごち、と、柔らかかったり硬かったりする感触とか感覚とか音とかが手から耳から伝わってくる。構わずに次々に近寄ってくる俺に振り下ろす。なのに、向かってくる俺は一向に減ってくれず、壊れる俺は笑ったまま。流れるそれが空気に混ざって逆に俺に溶けていくよう。
『不正のアクセスを検知しました。強制排除を実行します』
ふと、どこからかサイレンのような音が聞こえた気がして俺の手が止まった。
あんなに振り下ろしたのに、近くに俺の体は見当たらない。
「もうワクチンでもできたってのか!? 対処が早すぎるだろうが! せっかく」
「ひっ、やりすぎた? ごめんなさない! もうしない! しないから!」
焦った
『不正な数値を確認しました。
ぎゅっと、潰され圧縮されていく。
それでも安心感に包まれていく。これは死ではなく、終わりでもない。
必要のないものをそこに閉じ込めて潰して。必要のあるものを取り出す。
いつものことだ。
いつも通り。
俺はいつも通り戻っていく。あぁ――そうだ。どうせ覚えていられないんだろうが、こんなことを何回も繰り返しているんだった。
だって俺は特別なんかじゃないから。特別な才能があるわけじゃないし頭がいいわけでもない。だから、そうしないように次の俺に必要のない部分をどうにかしていくくらいしかできなくて。
そうして、続けてきたのだ。そうして、続けるのだ。満足するまで。
ゲームを続けよう。一度始めたのだから。
┗隔離実行済み┛
『不正なデータの処理が完了しました。
データをロードします。
引き続きMyLifeをお楽しみください!』
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