→【裏目裏目に恨み恨め。】→お兄さんは最後まで踏んだり蹴ったり。


→お兄さんは最後まで踏んだり蹴ったり。




 気持ち悪い、と彼女は言った。

 その声だけがやけにその場に響いた。


 どろどろと溶けていった兄神を前にして呟かれた言葉は、いったい何に向けられたものだったのだろう。

 言葉だろうか。行動だろうか。存在そのものだろうか。

 それとも、反射的にでてしまっただけか。


 しかし――これまた、そんなことは考えてもいなかったろうけれど。

 ずっと、自分に酔っているとき以外には変わらない張り付けた笑顔。

 それが、嫌悪の表情に歪めるという事に成功していた。


 取るに足らない有象無象から、確かに特別になったのだ。例え、その瞬間だけだとしても。


 騒めきが止まらなくなってきた人々。

 

 それをしり目に、弟神からは表情がすっかりと抜け落ちてしまっていた。

 幼馴染神は、さすがに何かしらの危機感を覚えたか、人になってからは無視するようにしていた弟神にすがるように寄る。

 しかし、それを振り払う事すらなく、ただただ存在が目に入らないようにその場を去っていった。ついていくことに一瞥すらしない。それは、無視というより、目に映ってさえいないのだと思った。


 神である時、兄神に幼馴染神が興味がなかったように。

 弟神は、幼馴染がどんな形をしていてもあまり興味がなかった。

 兄神がいなくなったこの瞬間に、それすらもなくなったように見える。


『あぁ、いなくなってしまった。そんなことをしなくともよかったのに。

いつも通りに、自分に頼みでもしてくれれば、命じでもしてくれれば、いくらでも――』


 ぶつぶつとつぶやくさまは不気味ですらある。

 なんとなく、やはり兄弟、と感じる顔だった。






 何の才能もないのだ、と思っていた兄神は、弟神が思うように突き抜けていた。

 それは呪いという負の方向性で。


 それはとても強いものだった。

 その地丸ごと、やる気のないとはいえ惰性で継続していた弟神の加護をまるごと押し流さんとしていた。

 そして幼馴染神といえば、容易く飲み込まれてしまう。


 悲惨。

 悲惨だ。


 その地は溶けた瞬間から悲惨になった。

 やはり才能とはこういうことをいうのだろうか。


 なにせ、兄神が最後に思っていたのは


『もういい』


 ということ。


『恨んでやる』


 とかではない。投げやりな呪い。

 それで、弟神が押される一方なくらい、幼馴染神が一方的にやられるくらい、人々が地獄を見るほどに、呪いは強かった。


 その呪いも、俺が考えていたものとは違った。

 広がっていた呪いというのは、興味のない呪いだ。


 全てが全てに興味が失せる。


 それはやがて生きるということにさえ直結して、緩やかに全てが死に絶えるというものだ。


 なんというか、エグイ。

 考えようによっては、思っていたものよりもずっとえげつないものだと思う。


 しかし、『もういい』とあきらめの感情から発された呪いだとすればそちらのほうが納得はできる。

 もう、恨むのさえどうでもいい。


 望むものはなかったのだから、もろとも全て地にかえれ。


 一方的でどうしようもないものだが、筋は通っている。


 けれど、このままではおかしな話というわけで。


 まず行動したのはその地の民――ではなく、飲み込まれた幼馴染神であった。

 幼馴染神はこのままでは自らがまず存在事なくなってしまうと考え、呪いを歪めた。


 どうでもいい、というのはつまり方向性がないともいえる。

 それを都合よく解釈した。元より、都合よく動かすのが好きであることがうまく作用したのかもしれない。

 後は、兄神の最後の欠片だったか、最初に飲み込んだのが幼馴染神だったことが影響したか。


 散らしたのだ。

 そのやり口は、大祐が言っていた事と近いかもしれない、とふと思う。


 自分を想っていたという過去の事実を想起させて呪い方向性と紐づけた。融合した地面から浮き上がり、しかし繋がりを示すという意味で自らを山とした。

 そうして、自分を外すことはできないが、その地の人間に流すことで自分は通り道にしたのだ。


 そうして、離れられないが、死にきりはしないという――中途半端な地獄であるが、消えることだけは避ける形となった。


 というか、社がない、と思えば幼馴染神は山そのものとかいう。

 一応、神話になるからか自然現象もびっくりというか。神話にしては小さいともいうべきかもしれないが。


 しかも呪いの本流はこいつのせいなのか?

 と思ったがそこあたりで人間も弟神も関わってくる。


 人は死は回避できたものの、強制的に生贄に挙げられていることを知った。

 だから、滅ばないために更に呪いを集中させることにしたのだ。


 しかし、方法がわからない。

 だから、弟神に相談をした。


 弟神はそこで考えた。

 兄神を残せるというか、復活させられる道があるのではないか? ということを。


 だから、あえて言ったのだ。

 社をつくれ、と。


 できた山の上に自分と兄の社をつくらせることで、自分が操作する形で呪いを収束し、兄を形成しなおしたのだ。

 完全に呪いそのものというより、現象となっていた兄神を。


 『もういい』という、恐らく強いとはいえその地を滅ぼせば終わったはずのものを。

 幼馴染神が、人が、弟神が歪めて集中して補強して強化した。

 それがこの土地である。らしい。


 だから、この時初めて負の意味で、負の感情をもって、兄神は呪いと化した。


『そうかそうか。

そんなに可哀そうがられたく、構われたいならそうしてやろう。

お前に似たものは全てそうされるようにあれ。思われたいのだろう、思ってやろう』


 として、幼馴染神に似たように容姿端麗か比較的能力が高いモノは負のイメージを強制的に抱かれるようになった。

 しかし、手当たり次第にされては困る。能力が高いから、徒党を組まれれば一方的に負けてしまう可能性がある。

 そう考えた人間側が、生贄というシステムを利用した。


 生贄には、いってはなんだが、神によって捧げるものというものがあると思う。

 神の好みによって。

 その感情を抑え込むために。


 つまり、歪めて収束した呪いをさらに生贄を捧げるという形をとって。

 どうしたか。


 容姿端麗なもの、関係性を想えば異性が良い。

 いなければ同性。

 順序を付け、捧げものという理由付けで力が集中するようにした。結果、自らに負のイメージを持ち、能力も封印された用に弱まらせる傾向にさせることに成功したのだ。


 弟神は、もはや封印されたように不自由な状態にあったし、力も弱まり続けているがそれでもほくそ笑んだ。

 これで、兄神は消えることはなく、むしろ姿を保ったままに突き抜けたものを己に見せ続けてくれるだろうと。


 ただ、よくわからないが、来たものを皆殺しにしたいとかそういうのじゃないのだ。

 弟神は弟神で歪んでいる。


 助けを求められれば、それに答えてしまうようなところがあった。

 お願いしますと言われれば、できる範囲で手は貸そうとしてしまうのだ。


 そう、例えば、俺が大けがをしたとして、どこにあるかしらない弟神の社に頼んだとしたなら――――――


 したなら?


 …………治る、と思う。うん。

 何か、凄い一瞬ぞわぞわした気がするが、そもそもこの状況が異常だから仕方ない事か?

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